突然ですが、質問です!
仮に「ミィ」というポケモンと、
「ガルルドン」というポケモンがいたとすると、
どっちが体が大きいと思いますか?
もしかして
「なんとなく『ガルルドン』の方が大きそう」
と、思いませんでしたか?
この「なんとなく」が「おそらく、なんとなくじゃない」
ということを教えてくれるのが、言語学者の川原繁人さん。
名前と音の不思議な関係をたっぷり話していただきました。
題材はまったく堅苦しくなく、
ポケモン、プリキュア、メイドさんの名前ですよ。
川原繁人(かわはら・しげと)
慶應義塾大学言語文化研究所 教授。2000年カリフォルニア大学サンタクルーズ校に交換留学。同大学言語学科、名誉卒業生。2002年マサチューセッツ大学言語学科大学院入学。2007年同大学院より言語学博士号取得。
- 川原
- こんにちは 川原繁人です。
- 今日は「名前と音」のお話をしたいと思います。
- 川原
- この授業の数日前に起こった出来事なんですが。
私、娘がふたりいるんですね。
下の子が質問してきたんですよ。
上の娘にも前に同じ質問をされたんですけどね。
それが、
「言葉ができる前ってどうやって物に名前つけたの?」
という質問です。たしかに、不思議じゃないですか?
「これはこう呼びましょう」と決めるためには
言葉が必要なのに、その言葉がないうちに、
物の名前をどうやって決めたんだろう?って
思ったんでしょうね。
親バカですけど、いい質問だと思います。 - 「言葉ができる前に、どうやって物に名前つけたのか?」
という問題は、言語学の世界でも未解決なんですよ。
でも、この問いの立て方だとあまりに難しすぎるので 、
今日は「言語において意味と音につながりがあるのか」
という質問に置きかえたいと思います。
もし、つながりがあるんだとしたら、
「その物を示すために適した音」を使うことで、
名前を決めた可能性が出てきます。 - で、この「言語において意味と音につながりがあるのか」
という質問には大きくわけて二つの立場があります。 - 一つの立場はソシュールという人が言ったことです。
- 川原
- ソシュールは、ざっくりいうと
「近代言語学を作った人」って感じかな。
その人が、言語の原則の一つとして、
「音と意味のつながりは恣意的ですよ」
と言ったんです。つまり、
「音と意味のつながりは、てんでバラバラ。
ランダムですよ」と。
彼が言うには、
「そうじゃなかったら、全ての言語で同じ物に対して、
同じ名前をつけることになりますよね!」
ということです。
これがひとつの立場です。 - もう一つの立場はソクラテス。
- 川原
- ソクラテスといえばプラトンの『対話篇』。
ソクラテスといろんな人が
対話したものをプラトンがまとめている本ですが、
このテーマについても『クラテュロス』の中で対話しています。
そこに出てくるソクラテスは、
「音そのものに意味がありそう」という立場なんです。 - 議論の仕方も面白いんですよ。
彼はね、機織りの例を持ってきて。
「機を折る機械って、機を折るための道具だから、
それに適した形をしている。
言葉っていうのは、『物を指す道具』。
だから、物を指し示すのに適した形を
しているんじゃないの?」
みたいな議論が進んでいきます。 - 今日はどっちかっていうと、ソクラテス的なお話ですね。
「音そのものにも意味がある」と。
これのことを「音象徴」と言います。
時々これ、
音象徴(おとしょうちょう)って
読んじゃう人がいるんですけどね。
音象徴(おんしょうちょう)です。 - で、ここからはたのしく、
プリキュアとポケモンとメイドさんでいこうと思います。 - お客さんの中に「フレッシュプリキュア!」を
知ってる方いますかね?
「プリキュア」はこども向けのアニメ番組で、
女の子を中心に非常に人気があります。
で、「フレッシュプリキュア!」には
登場人物が4人いるんです。
それぞれ「ピーチ」「パイン」「ベリー」「パッション」
という名前です。 - その日川原家は、「フレッシュプリキュア!」をテーマに
バレーボールをやってたんです。
長女がね、プリキュア大好き全盛期で。
彼女はピーチになったんです。
奥さんがパインだったんですよ。
私がベリーで、
下の娘はまだハイハイしてたんですけど、
パッションになったんですね。 - 上の娘は本気になると、
「父ちゃん」「母ちゃん」って呼びあうと怒るんですよ。
「ピーチでしょ!」って。
「 パインって呼んで!」って怒るの。
だから、
「いくわよ! ピーチ!」「こっちよ! パイン!」
とやってたわけです。 - そう、連呼してたのね。プリキュアの名前を。
そしたら「あれ!?」って気がついたんですよ。 - だから、ちょっと、発音していきましょう。
みなさーん。さん、はい!
- 乗組員一同
- ピーチ! パイン! ベリー! パッション!
- 川原
- そう。
名前の最初の音に注目してもらうと、どうです? - 両唇が閉じるんですよ。
- 「 やべえなこれは!」と思って。
「 両唇音(りょうしんおん)、見つけちゃったわ!」
ってなったんですね。 - そこで、フレッシュプリキュアごっこは休憩して、
歴代のプリキュアシリーズのキャラクター本を
見てみました。
そこで「魔法使いプリキュア!」を見つけました。
「魔法使いプリキュア!」、知ってる人いますか?
これにでてくる主要人物の名前は、
「マジカル」、「ミラクル」、「フェリーチェ」なんです。
これも、みんなでいきましょうね。さん、はい!
- 乗組員
- マジカル! ミラクル! フェリーチェ!
- 川原
- そう、「マジカル」と「ミラクル」も両唇が閉じますよね。
「フェリーチェ」も、いい名前ですね。
この一番はじめの、「フェ」っていうのも、
両唇は閉じないけど丸まるんです。「両唇音」なんです。 - だから「フレッシュプリキュア!」も
「魔法使いプリキュア!」も主要メンバーの名前が
「あっ、名前のはじめの音が両唇を使った音だなー」
って発見しちゃったんですよ。 音声学者とーちゃんは。
それで、全部調べることにしたんです。
(つづきます)
2024-10-14-MON
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こちらの授業のダイジェスト版が
ほぼ日の學校YouTubeでご覧いただけます!
『「あ」は「い」より大きい!?』
(だいわ文庫 2024年10月12日発売)
著/川原繁人今日お話ししたようなことが音声学的に詳しく書いてあります。
まだアメリカから帰ってきて間もない川原くんがけっこうガチな話をいかに面白くしようとしているかの奮闘記とも読める本です。
(川原さん)『フリースタイル言語学』
(大和書房 2022年5月)
著/川原繁人コロナ禍で溜まったストレスを書くことによって自分で癒してる感じ。
裏話的なエピソードが多いのがこっちです。ちなみに上白石萌音さんが気に入ってくれた本でもあります。
(川原さん)