コロナ禍に入ってまる2年が過ぎました。
少しずつ、かつての「日常」も
見え隠れするようになりましたが、
それでもまだまだ「いつも通り」とは言えない状況です。
お芝居の現場にいる人たちは
この2年、どんなことを考えてきたのか、
そしてこれからどうしていくのか。
相変わらずなにかを言い切ることは難しい状況ですが、
「がんばれ、演劇」の思いを込めて、
お話をうかがっていくシリーズです。

第5回にご登場いただくのは、
劇作家・演出家・俳優の長塚圭史さんです。
長塚さんは「阿佐ヶ谷スパイダース」での活動をはじめ
演劇界で長く活躍されている方のひとりですが、
’21年4月からは、
KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督に就任し、
そこで新たな活動をされています。
長塚さんがこの2年で感じてきたことや
いま取り組んでいらっしゃることまで
さまざまにうかがいました。

聞き手は、
演劇を主に取材するライター中川實穗が務めます。

撮影:池田光徳(ストロベリーピクチャーズ)

>長塚圭史さんのプロフィール

長塚 圭史 プロフィール画像

長塚 圭史(ながつか けいし)

1975年、東京都出身。
劇作家・演出家・俳優。
KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督。

1996年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成、
作・演出・出演の三役を担う。2017年に劇団化。
2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。
2011年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動。
2017年、演劇ユニット「新ロイヤル大衆舎」を結成。
●今後の出演作:
映画『シン・ウルトラマン』(企画・脚本:庵野秀明/監督:樋口真嗣監督)※公開中
映画『百花』(川村元気監督)9月公開予定
●今後の演出作:
ミュージカル『夜の女たち』(上演台本・演出)9月3日開幕

KAAT神奈川芸術劇場:https://www.kaat.jp/

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第5回 知られていくことが必要。

――
劇場の年間プログラムってどうやって決めるんですか?
長塚
プログラムって
けっこう早く決めなきゃいけないんですよ。
具体的に言うと、2年くらい前ですかね。
ここのところはコロナがあったから、
ギリギリまでやってましたけど。
でもかなり早く決めなきゃならない。
ただ、ぶっちゃけて言うと、
僕の頭の中には、まだ流動的だけれども、
だいたい5年間の様子っていうのがあるんです。
――
KAATの芸術監督の任期5年分の計画が、
もうすでに。
長塚
もちろん4年目、5年目に関してはグレーですよ。
でもなんかそういう骨格がないと、
1年目、2年目って決められないんです。
――
ああ、なるほど。
長塚
で、僕は「5年間しつこくやりたい」って
言っているので(笑)。
そのためにはやっぱり
5年間の風景を決めなきゃいけない。
そうすると、
これまではアーティストと話して決めていたことも、
劇場側からきちんと提案しなければいけなくなる。

――
劇場側のめざす風景があるから。
長塚
それで、例えば1年目だったら、
シーズンタイトルが「冒」だったんですけど、
なぜ「冒険」の「冒」なのか、
そこにどんな作品が合うのか、
っていう話をするんです。
その中で決めていくようなイメージです。
そこでちゃんといろんな才能だったり、
いろんなジャンルが入るようにして、
おもしろく関心を持ってもらえるように、
いろんな角度でウンウン唸りながら考えています。
1公演1公演、頭を痛めないことはないですよ。
だから『冒険者たち』なんて、
決まったときはみんな立ち上がるくらい喜んでいました。
――
へぇ~!
長塚
「神奈川県の西に進む? 『西遊記』で」って言ったら、
プログラムを考えていた人みんなが立ち上がって、
「絶対いい企画だよ!」って言って。
でもその後、僕は思うんですよね。
「これ、どうやって書けばいいんだよ」って(笑)。
――
あはは!
長塚
「ヤベえ、全然思いつかないぞ。
こんなの書いたことないぞ」って。
――
作品のインタビューでも
苦労したとおっしゃってましたね。
長塚
やり方がわかんなくて。
どのくらいの話の展開が一番おもしろいんだろう
っていうところがね、つらかったです。
――
でも実はそこのつらさって、
客席にいると想像すらしないんですよ。
俳優さんは目の前で汗をかいていたりするから
まだ苦労に思いを馳せることもありますが、
脚本なんて自動的にあるような気がしてしまうというか。
そこに苦労があるなんて‥‥。
長塚
めちゃくちゃ苦労してますよ(笑)!
でもまあ、その辺の苦労は全然いいんですけどね。

――
プログラムを決めることについても同じで、
そこにどんなふうに労力や気持ちが
注がれているかということは
なかなか考える機会がなかったなと思います。
あと、そういう苦労のことでいうと、
2020年にコロナの影響で劇場が閉まったときに、
照明さんとか音響さんとか、
公演の現場で仕事をしてきた方々が、
お金を稼ぐ術がなくなる、という事態が起きて。
長塚
はい。
――
演劇に限ったことではないですが、
たくさんの人が集まってひとつの舞台が作られてるんだ
っていうことを、
コロナ禍で改めて気づくことができたなと思います。
長塚
でもそれに関して僕ね、ひとつ反省してることがあって。
仕方がなかったと言えば仕方がなかったんだけど、
じつは2020年6月、つまり自粛明けに、
僕が所属しているユニット「新ロイヤル大衆舎」の
公演が予定されてたんです。
で、それを急遽『緊急事態軽演劇八夜』にして、
7本の読み語り作品を配信して、
1本は打ち上げっていう
むちゃくちゃなことやって。
――
すごい。
長塚
それを上演するときに、
なにぶんお金がないから、
出演者たちも「新ロイヤル大衆舎」の4人以外断って、
スタッフさんも、音響さんにはついてもらったんですけど、
照明さんに「これは僕らがやるからいいです」
って言っちゃったんですね。
これは後に、
「そういうもんじゃないだろ」と思いました。
そこはみんなでやらなければならない部分だったって。
そのときは、
演劇にある底力を僕らが見せなきゃいけない
っていうふうに思ってしまった。
そのことはよかったし、
あの公演自体は価値のあるものだったと
僕も思っているんですけど、
――
はい。
長塚
でもやっぱり非常にそれはね、
そのあと胸を痛めたことでした。
照明より音響のほうが大切みたいなふうに
思われちゃったら、とか。
優先順位を付けられないものに、
優先順位を付けちゃったんだよなというふうに思って。

――
「能力」や「報酬」について、
コロナがすごく考えるきっかけになったな
とは思います。
長塚
これは大きな話だけど、
いまの演劇業界の中ですごくよくないのはね、
リハーサル期間中のギャランティが
はっきりしていないんです。
これもう早急に改善しないとだめですね。
ここは実は、劇場がひらかれていくという部分でも、
お客さんに直接は見えない部分だけれども、
けっこう大事なことだと僕は思ってるんですよ。
――
それに関して、個人的には、
自粛期間に演劇が
不要不急のものとしてすごく叩かれたのは、
そういう「お金の流れ」が一般的に知られていないのも
大きいんじゃないかなと思いました。
この連載の中でも何度も話題に出たんですけど、
「お坊ちゃん・お嬢ちゃんの遊びの延長だ」
みたいに思われて。
長塚
そうそう。納得できないなあ(笑)。
――
そんなふうに思われているのは、
もしかしたら、演劇という仕事が
たくさんの人の暮らしを支えている、
つまり、具体的に「チケット代」が
どういうふうに動いていくのかが
想像できないのも大きいのかなって。
長塚
すごくあると思いますね。
なんかその辺も
もうちょっとクリアになるといいですよね。
ひとつの公演に
大勢の人たちがきちんと関わり合っていて、
それが職業になっている、
ということをわかってもらえるように。
ただでも、その段階ってまだ先の先で、
そのためにまずは
「劇場」とか「演劇」を知ってもらう
ってところに立ち返っていくんですよね。
――
あああ、そうですね。
長塚
うがった目で見られないためにも、
知られていくことは必要で。
だから、僕らは、ブレずにそのことを
繰り返していくことが必要だと思っています。
――
最後にうかがいたいのですが、
長塚さんご自身は、演劇をつくる側として、
劇場でお客さんにどんなことが起きたら
うれしいですか?
長塚
いつも思うのは、自分が観てもそうだけど、
思いがけない視界に出会うと、
「世の中にこういう目線があるんだ」とか
「この事実、全然知らなかったけど本当?」とか、
「この人、誰なんだろう」とかでもいいけど、
そこから自分の中のなにかの芽が出たりしますよね。
そういうことが、自分の生活だったり興味の、
新しい連鎖になっていけばいいなと思います。
それがたぶんおもしろいこと。
それは別に難しいことじゃなくていいんです。
ゲラゲラ笑っちゃった、みたいなこととかね。
『冒険者たち』なんかもまさにそうで、
セットは何も変わってないのに
いろいろできちゃうんだ、ってことだったり。
逆に「難しいものを観たけどあれなに? どうだった?」
って話してるときに、
意外と風景を思い浮かべながら観ていたと気づいたり。
『浮標』もそうだと思うんですよ。
――
はい。舞台上には砂しかなかったのに
なぜかいろんな光景を覚えています。
長塚
あの砂の向こうにさまざまなものを見たかもしれない。
それはどんな子ども向けの劇でも、
大人のダンスの公演でも、
そういう体験があるといいなって、
甘い期待ですけど、そんなふうに思っています。
――
今日はいろんなお話を、ありがとうございました。
長塚
こちらこそありがとうございます。

(おわりです。最後まで読んでくださりありがとうございます)

2022-06-05-SUN

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    【日程】2022年9月3日(土)~19日(月・祝)
    【劇場】KAAT 神奈川芸術劇場〈ホール〉
    【公式サイト】
    https://www.kaat.jp/d/yoruno_onnatachi

     

     

    戦後間もない時代を必死に生き抜こうとした女性たちの姿を描いた溝口健二監督の映画『夜の女たち』(1948年公開)を原作に、長塚さんが初めてミュージカルに挑みます。音楽は荻野清子さん、振付は康本雅子さんが手掛け、江口のりこさん、前田敦子さんほか、個性豊かな出演者が揃います。

    ・鬼頭健吾展『Lines』
    ・山本卓卓『オブジェクト・ストーリー』
    KAATアトリウムにて、6/5(日)まで開催中。
    詳細はこちら
    https://kaat-seasons.com/exhibition2022/

    ※上記の展示は、6/5(日)に終了いたしました。