いまから2年ほど前、
NHKのディレクター保坂慶太さんに
取材させていただきました。
当時、保坂さんがはじめようとしていた
プロジェクトが、
とっても興味深かったからです。
それは「WDR」といって、
脚本家を公募して選抜チームをつくり、
ワクワク・ドキドキの止まらない
連続ドラマをつくる‥‥というもの。
あれから2年、そのプロジェクトから
ひとつのドラマがうまれました。
それが10月5日(土)から放映される
連続ドラマ『3000万』。
このたび再び、保坂さんに聞きました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。
- ──
- いまはドラマも配信で見られますけど、
テレビでしか見られなかった時代の
連続ドラマって
「出会い頭にぶつかってくる感じ」が、
あったなあって思うんです。 - そのドラマを見ていた時代の空気ごと、
記憶に刻まれているというか。
- 保坂
- なるほど。
- ──
- うちの妻が、中高生のころに、
めっちゃドラマを見てたらしいんです。 - で、ドラマの主題歌はもちろん、
そのドラマのCМまで覚えてるんです。
それもCМソングつきで。
- 保坂
- すごいですね(笑)。
相当な没入感が、あったんでしょうね。 - そこまでドラマの世界観に没頭できた。
とんでない力だなあと、
当時のドラマのつくり手に感服します。
- ──
- ひとりの人間に
そこまで影響を与えるなんてすごいし、
それってきっと、
「週に一度の放映を楽しみにしていた」
ことも大きかったんじゃないかなと。 - 何曜日の何時にならなければ見れない、
その「渇望」が、さらに
ドキドキ、ワクワクさせたというか。
- 保坂
- それは、あるかもしれませんね。
- ──
- 今回の作品も、
何曜日の何時と決まってるんですよね。
- 保坂
- 毎週土曜日の夜10時です。
- ──
- 配信で好きなときに見られたりもする、
そういう時代に、
時間と場所を決めることの利点って、
どういうところに、あると思いますか。 - いや、つまり、
いいところって必ずあると思うんです。
- 保坂
- まずは、いま話していたことですけど、
1週間をかけて
次の展開を想像して、楽しみにできる。
そういう時間を持てること。
これは、いいことだなと思っています。 - たとえば「裏切り」って、
「予想」して、はじめて生まれるもの。
だから「あれこれ予想する時間」って、
ぼくは、必要じゃないかなと思います。
- ──
- 連続ドラマを楽しむうえで。たしかに。
- 保坂
- ネット配信の大手さんなんかは、
「一気見」に重きを置いているそうで、
そのあたりは、
それぞれの考えがあるとは思います。 - たしかにぼくらも
「一気見したくなるほど続きが気になる連ドラ」
を目指してきたんですが、
でも、実際ぶっ通しで一気に見てもらう必要は、
ないのかなと思っているんです。
- ──
- 一気見したくなるドラマを、ゆっくり見てもらう。
- 保坂
- 仮に、自分たちが食事を提供する側だったとして、
料理が美味しいから
一気にかき込むように食べてもらっても
うれしいとは思うんですけれど、そうじゃなくて、
フルコースの料理を
一皿ずつゆっくり味わってもらうような感覚です。 - 最後まで味わってもらって、
おいしかったなあと思ってもらえたら、うれしい。
もしかしたら、「消化」という意味では、
時間をかけて、
ゆっくり身体に吸収していってもらったほうが
「残る」のかもしれない‥‥とも思うし。
- ──
- ぼく個人の感覚だと、
自分はもう消費しすぎていると思っていて。
- 保坂
- ああ、なるほど。
- ──
- いろんなコンテンツに手を出しすぎて、
何も残ってない気がするんです。 - その反動なのか、めっちゃ分厚い本を
ちょっとずつ読んだりしてます。
すると、ただそれだけで、
いい時間を過ごしたなって感覚がある。
1週間に1回、1時間だけ、
8週間も続けて見る体験それ自体が、
いまはちょっと楽しみだったりしてます。
- 保坂
- うん、うん。
- ──
- ぼくは文楽が好きでよく見るんですが、
あれなんか、
連続ドラマの最たるもの、ですよね。 - 昨年、国立劇場が閉まりましたけど、
『菅原伝授手習鑑』全5段を、
4ヶ月くらいかけて上演してたんです。
- 保坂
- そうなんですか。
- ──
- 長いときで、上映時間だけで
1日に5時間とか6時間とかあって、
もう、くたびれ果てるんです。 - しかも、半蔵門まで「通う」必要がある。
ぼくは全段見たんですが、
さすがに「残って」ます。
自分の中にくっきりと、物語世界が。
- 保坂
- そうでしょうね、そこまでして見たら。
- この便利な時代を否定するつもりは
まったくないんですが、
簡単に消費できすぎる世の中で、
そうやって、わざわざ
大変なことをしにいくのって、
キャンプみたいな感じだと思いました。
- ──
- あー、たしかに、そうかも(笑)。
- チケット予約して電車に乗って出ていく。
行く前は億劫なくらいなんだけど、
行ったらおもしろいし、残るし、
あんな大変なのに、また行きたくなるし。
- 保坂
- 手軽すぎるものを手放して、
わざわざ移動して、その場でも苦労して、
その代わり自然の豊かさや、
あえて言えばアナログのよさに気づく。 - それゆえに、たしかに、自分に刻まれる。
- ──
- 近松門左衛門の『女殺油地獄』って話が
あるじゃないですか。
ぼく、物語の筋を知らなかったんですね。 - でも、文楽で見たら、最後びっくりして。
- 保坂
- びっくり?
- ──
- あの話って、最後は
油まみれになった油屋さんの店先で、
女性が惨殺されるシーンで終わるんです。 - でも、舞台の上には、あたりまえですが、
一滴の油も一滴の血もないわけです。
でも、ぼくには、
油まみれの血みどろが「見えた」ような。
- 保坂
- おお‥‥すごい。
- ──
- それって、やっぱり、
太夫や三味線、人形つかいのみなさんの
技術の素晴らしさに加えて、
「与えられすぎていない」からかな、と。
- 保坂
- なるほど。観客が脳のなかで補完してる。
油まみれとか、血みどろを。
- ──
- もっと言えば、
何らかの仕掛けで油や血を見せられるより、
観客ひとりひとりが
脳内で想像する光景のほうが凄惨だと思う。
- 保坂
- それ、めちゃくちゃおもしろいですね。
- 今回、ぼくらも意識して、
説明的な要素を排除してつくってるんです。
ナレーションは一切入れてないですし、
テロップも最小限。
毎回の冒頭でも「リフレイン」といって
前回のおさらいみたいな振り返りを
まったく入れずに、つくっているんですね。
- ──
- そうなんですか。
- 保坂
- 説明的なセリフも、なるべく削りました。
これはある意味で、
観る側に注意力や想像力を求めるつくりで、
基本「ながら見」はできない。
ささいな部分に細かく意味づけがあるから。 - そうしたほうが、
おもしろい作品になると思ったからですが、
この間、『SHOGUN将軍』って
真田広之さんのドラマの第一話を見てたら、
船の甲板でたたずむ人物を映した場面で、
「バーン!」という音がしたんです。
- ──
- ええ。音だけ?
- 保坂
- そう。
- 船長が銃で自害したということなんですが、
音だけの表現なので、
ちゃんと見ていない視聴者は
「置いていかれちゃう」はずなんですよ。
- ──
- ボンヤリしてたら。
- 保坂
- でも、そのときにぼくは
やっぱりこういうことでいいんだよなって、
あらためて思ったんです。
- ──
- というと?
- 保坂
- 意味がわからずに置いてかれちゃう人が、
出てくるかもしれないけど、
それでもやっぱり、
そこで勝負していかないとと思いました。 - ぜんぶがぜんぶ、
わかりやすいものにしてしまったら、
たぶんドラマってダメになると思います。
- ──
- なるほど‥‥。そんなようなことを、
『3000万』の第1話でも感じました。 - 今日の回が更新されるのは
第1話が放映されたあとだと思いますので、
しゃべっちゃいますが、
あの、「ピアノの音が出ない」シーンです。
- 保坂
- ああ、はい。
- ──
- 主人公の夫妻の息子がピアノを弾いている。
有名な曲で、ところどころ音が飛んでる。
最初はミスタッチなのかなと思ったんです。 - つまり、技術の稚拙さを表現してるのかと。
- 保坂
- ええ。
- ──
- でも、じつはピアノが壊れていて、
音の出ない鍵盤があるということがわかる。
- 保坂
- はい。
- ──
- あの場面、ピアノが壊れてるということを
どこかの会話に混ぜ込めば
それで済む話ですけど、
わざわざ、そういう描き方をしてますよね。 - 「ああ、この家族には、お金が必要なんだ」
ということが強く刻みこまれました。
- 保坂
- ああ、よかったです。ありがとうございます。
ああいう表現をすることで
お金に対する切実さが、より伝わると思って。
- ──
- はい、伝わってきました。
音の出ないピアノなんて、切なすぎますもん。 - あとタイトルの「3000万」がリアルだなと。
あんな感じの郊外の一戸建ての
35年ローンの残高くらいな感じがしました。
わかんないですけど(笑)。
- 保坂
- ははは、ありがとうございます(笑)。
- 今回のドラマでは、お金がないということで、
主人公夫妻は、よくない選択をしてしまう。
さまざまな誘惑が、日々あると思うんですよ。
現実のぼくらのまわりにも。
できごころでネット犯罪に手を染めたりとか。
- ──
- ええ、ええ。闇バイトみたいな。
- 保坂
- もし、あなたが「一線」を超えてしまったら、
こういう事態になりかねないですよ‥‥
ということを描いたドラマだと思っています。 - このあと、あの家族は、
まあ、いろいろな目に遭っていくんですけど。
- ──
- えー、そうなんだ‥‥。
- しばらく、週に1回、毎週土曜日の放映を
楽しみにしたいと思います。
- 保坂
- はい。ドキドキ、ワクワクできるドラマが
できたと思います。 - 4人の脚本家とつくった全8回を、
みなさんに楽しんでもらえたら嬉しいです。
(終わります)
2024-10-08-TUE
-
いまから2年とちょっと前に
保坂さんがはじめたWDRプロジェクトから、
ついに連続ドラマがうまれました。
タイトルは『3000万』。
安達祐実さん、青木崇高さん演じる夫婦が、
偶然に遭遇した事件から、
ドロ沼にはまっていくクライムサスペンス。
全8話、しばらく、みなさんと一緒に
土曜日の夜を楽しみにしたいと思います!土曜ドラマ『3000万』
NHK総合
10月5日より毎週土曜夜10時放送