東日本大震災を受けて、気仙沼が決めた
復興計画のスローガンは「海と生きる」。
幾度となく大きな津波に襲われた気仙沼ですが、
先人たちは海とともにある生活を築いてきました。
「気仙沼漁師カレンダー」が歩んできた
10年を振り返る本のタイトルにも、
敬意を込めて『海と生きる』と名づけられました。
海ともっとも近しい存在である漁師さんは、
どんな思いで気仙沼の海と暮らしているのでしょうか。
カレンダーに長年伴走し、本を書かれた唐澤和也さんに
「もう一度会いたい漁師さん」を2名教えていただき、
気仙沼へ会いに行きました。
漁師カレンダーの製作にたずさわった
気仙沼つばき会の鈴木アユミさんもご一緒です。
担当は、ほぼ日の羽佐田です。
菊地敏男（きくち・としお）
気仙沼市本吉町生まれ。
気仙沼水産高校（現・気仙沼向洋高校）の通信科を卒業後、マグロ船に乗船。40年以上マグロ船に乗り、船頭もつとめた。現在は佐賀県の船を譲り受け「花浜」と名づけ、ワカメ漁を続けている。
須賀良央（すが・りょうえい）
静岡県浜松市三ヶ日町生まれ。
元曹洞宗僧侶。東日本大震災直後の2011年3月19日からボランティアとして気仙沼に関わり、2014年より漁師として働くようになる。2015年に株式会社カネダイの「日門定置網漁業生産組合」に入り、「第二十八喜久丸」に乗る。2025年1月から大謀となった。
唐澤和也（からさわ・かずや）
愛知県生まれ。大学を卒業後、劇団の裏方などを経て28歳でフリーライターに。以後、エンターテイメント業界を中心に、各種雑誌や書籍で活動。著書に『負け犬伝説』、『マイク一本、一千万』（ぴあ）ほか。「気仙沼漁師カレンダー」では、全10作のうち2016年度版から9作でライティングを担当した。
- 唐澤
- 漁師カレンダーでお話を聞いたときに、
僕が敏男さんに
「漁師はおもしろいですか？」と聞いたら、
「穫れたときはおもしろい」
とおっしゃっていたじゃないですか。
それって、どれくらいだったんでしょうか？
- 菊地
- クロマグロは10トンくらい
かかるときがありましたよ。
そういう日もあれば、一匹もかからない日もある。
博打なんだよね、マグロ船っていうのは。
それで、責任を持たされて沖へ出るんだから、
なかなかね。
- 唐澤
- マグロ漁船は時化（しけ）もすごいですか？
暴風雨や悪天候で波が荒れる時化のことは。
- 菊地
- 船頭をやってた頃は冬場に行くからね、
ほとんど時化っていうか。
- 唐澤
- ほとんど時化！
- 菊地
- YouTubeで船の様子が見られると思うんだけども、
北大西洋のマグロ船「第82正進丸」っていうワードで
検索してみてくんねえか。
- ─
- 検索したことないワードです（笑）。
‥‥あ、出てきました。うわあ。
- 唐澤
- ものすごい大波ですね。
こんなに上下に揺れるんですか。
- 菊地
- １日中ジェットコースターに
乗ってるようなもんですよ。
- ─
- ひええ。
- 菊地
- まあでも、慣れてくるな。
- 唐澤
- ほかにも航海のなかで印象的なことはありますか？
- 菊地
- エピソード‥‥どれがエピソードなのか‥‥
覚えているのは、死体を揚げたことがあるね。
ニュージランドの沖でね、ブイが浮いてたんですよ。
- ─
- 危険物を知らせるための、
水上に浮かべる目印ですよね。
- 菊地
- ブイはいくらでも使うから、
「拾っていこうか」って揚げたら、
ブイの下にね、なにかが付いてるんだよ。
それで、揚げてみたら‥‥
どこからか漂流したんだろうね。 - ニュージーランドのクライストチャーチの港町に、
リッテルトンっていう港があるんだけどね、
そこの漁師さんだってわかったの。
- ─
- ああ‥‥地元の漁師さん。
- 菊地
- 船が転覆してしまったんだろうな。
現地に連絡をして、
港町に寄っておさめてきたけれども。
- ─
- ご遺族の方とも連絡が取れたんですか。
- 菊地
- すぐわかった。
それは、ほんとによかったね。
- ─
- ほんとですね。
心配されてたでしょうしね。
- 菊地
- そうそう、どうなったんだろうってね。
- ─
- あの、そういうときって、
船の雰囲気は変わってしまわないんですか。
- 菊地
- うーん‥‥船ではそういうことを気にしない、
というわけではないけども、
みんな一生懸命働いていたね。
なにもないって顔をして、
海に出なきゃいけないのは変わらないから。
- ─
- なるほど。
- 唐澤
- 以前、取材のときに好きな言葉をお聞きしたんですよ。
そのときに菊地さんが仰った言葉が忘れられなくて。
「天地がひっくり帰るようなときであっても
冷静でいられるような自分でいたい」と。
- 菊地
- ああ‥‥そうだね。
怪我をしたり危ない目にあったりするのは、
慌てているときだから。
やっぱり、動じないってこと、
それは今でも心がけてますよ。
- 唐澤
- 漁師としての経験から、
身体に入っていった言葉なんですかね。
- 菊地
- 漁師全員がそう思っているかわからないけれども、
“そうせざるを得ない”というのはあると思いますよ。
ひとつの経験ですけどね。
とんでもない時化のときに舵を取ろうとしても、
自動操縦にはできないんだよね。
大きな波が来ているときこそ、
人間の手じゃないと波に対応できない。
自動操縦じゃあ波にのまれるから。
- 唐澤
- 機械でも予測不可能な波の動きってことですよね。
- 菊地
- そうそう。でも、そういうときに限ってね、
船員が誰も起きてこないことがあって。
10時間くらいひとりで操縦したことが
あったんだけども。
- 唐澤
- 大波のなかを、たったひとりで10時間もですか！
- 菊地
- そう。
- ─
- 叩き起こさなかったんですか？
「起きろー」って。
- 菊地
- 見たこともない大きい波だから、
船員も舵を取るのが怖いわけだ。
それがイヤで、
起きてこなかった可能性もある。
- 全員
- （笑）。
- ─
- 気持ちはわかるかもしれません（笑）。
- 菊地
- そのときは船頭だったからね。
最終責任は自分にあるから、
自分でやらないといけないっていう。
だから、そういう時にほら、
動転したり心が揺らいだりしては
時化と対応できないでしょ。
- ─
- ‥‥すごい覚悟ですね。
- 菊地
- 命を落とさないためには、
動じないってことだな。
そうじゃないと船もまともに操れない。
- ─
- 波も自然のものだから、
それだけ複雑なんですよね。
- 菊地
- 前方から来るだけじゃないから、
場所によっては右から左から、
しかも風向きやらいろんな理由で
どんどん変わっていく。
『パーフェクト・ストーム』っつう
映画があったでしょ。
一艘のメカジキ漁船が、
大嵐に遭遇してしまうってやつで。
- ─
- 実話をもとにしたノンフィクション小説が、
原作のようですね。
秋の大嵐で行方不明になってしまった船の話です。
- 菊地
- それは物語じゃないっつうか、
私もそういう場所にいたったけどもね、
おそろしいんですよ。
「三角波」って聞いたことはある？ - 進行方向が違う波がぶつかって、
三角形の波ができるのを「三角波」っていうんだけども、
波のベクトルがプラスになってぶつかると数倍になる。
だから、波の高さもかなりあって、
ある場所では風速40メートルくらいに
なってしまうんですよ。
- ─
- それは、どんな感じなんですか？
- 菊地
- 人はデッキに立ってられないね、
飛ばされてしまうから。 - でも、そうなると波があんまり立たないこともあって。
要するに、波が風で平らにならされてしまう。
その代わり、ホワイトアウトっつうかな、
霧が出てきてあたり一面真っ白になってね。
そういう中で舵を切ったこともあったね。
- 唐澤
- うわあ‥‥。
- 菊地
- かと思えば、潮の具合で大きな波も立つわけ。
その波にあたった衝撃でね、
船の左側かな、畳3枚分くらいのペンキが
剥がされてしまったことがある。
- 唐澤
- 18歳から船に乗って、
漁師をやめたくなったことってありますか？
- 菊地
- これが商売だと思ってたからね。
船頭する前は通信士っていう、
モールス信号で情報を取る仕事だったから
そんなにきつい仕事ではなかったんだけども、
船頭になってからが大変だったかな。
48歳くらいのころ。
- ─
- 船に乗って30年のころ。
- 唐澤
- 大変になるっていうのは、
今までと立場が変わるからですか？
- 菊地
- やっぱり、責任っていうものがね。
船員の命と船主の利益を考えないといけないから、
プレッシャーはあったんじゃないかな。
（つづきます）
2025-03-18-TUE
-
『海と生きる』
2014年版から2024年版まで全10作が発表された
「気仙沼漁師カレンダー」。
長年伴走してきたライターの唐澤和也さんによる、
漁師と写真家と気仙沼つばき会の10年を綴った本、と
『海と生きる 気仙沼つばき会と
「気仙沼漁師カレンダーの10年」』が発売されました。
藤井保・浅田政志・川島小鳥・竹沢うるま・
奥山由之・前康輔・幡野広志・市橋織江・
公文健太郎・瀧本幹也という、
携わってきた写真家たちのエピソードとともに、
美しい海の向こう側にある
漁師さんやつばき会の歩みと熱が凝縮されています。
そこには、明るい希望の側面だけでなく、
泥臭くまっすぐに一つ一つと向き合ってきた、
それぞれの物語がつまっていて
大きな勇気をもらえる一冊になっています。
10年のアーカイブも見応えがあります。気仙沼漁師カレンダーは、
気仙沼つばき会にお問い合わせいただくと
在庫がある分はご購入いただけます。
詳細はこちらよりご確認ください。