ふとしたきっかけから、糸井が
「対談してみたい」と思っていた方と、
その場が設けられることになりました。
お相手は、NHK「クローズアップ現代」で
23年にわたりキャスターを務めた国谷裕子さんです。
日々、森羅万象のテーマを取り上げ、
時事問題に切り込み続けてきた国谷さんだけに、
発せられることばは、まっすぐで、
洞察力に満ちていて、
「こういう番組に出たかった」と、
思わず糸井もつぶやいたほど。
国谷さんの視点、かっこよかったです。
国谷裕子(くにやひろこ)
国谷裕子(くにやひろこ)
大阪府生まれ。米国ブラウン大学卒業。
NHK衛星「ワールドニュース」キャスターなどを経て、
1993年から2016年までNHK総合「クローズアップ現代」の
キャスターを23年間にわたって務める。
2012年に菊池寛賞、2011年に日本記者クラブ賞、
2016年に放送人グランプリを受賞。
現在、東京藝術大学理事、
国連食糧農業機関の日本担当親善大使。
著書に『キャスターという仕事』(岩波新書)。
第5回
退化から生まれるもの。
- 国谷
- ほぼ日で、ダーウィンの講座を
されてましたけど、
今、「アントロポセン(人新世)」
という新しい時代を迎えています。
それは、人間がこれまで懐の深い地球から
サービスを受けて発展してきたけれど、
今は地球の回復力を超える負荷を人間が与え、
人間が地球をつくりかえてしまっている、
という時代です。
- 糸井
- はい。
- 国谷
- このままだと地球を破壊してしまうし、
ここから全て方向転換しないと、
大変なことになると言われています。
変革に向けて2020年からの5年が重要と
いわれているなか、どう動くか。
政治は目の前の問題だけに
とらわれているように見えます。
そこで、公共放送には、
もっと危機感の共有がされるような番組を
制作してほしいな、と思っているんです。
- 糸井
- 公共放送ね。
- 国谷
- 未来の話をしないで、
どちらかというと、〇〇の起源、
みたいな過去の話が多いように見えます。
必ずしも過去から現在が見えるわけではない。
むしろ未来から現在を見るほうが
大切じゃないかなと。
- 糸井
- ちょっとわかる気がするというか、
昔のことばかり番組で取り上げるのも
仕方ないな、と思うのは、
今、新しく何か問題を取り上げると、
いろんな雑音がわいてくるでしょう。
両論併記で、取るに足らないどんな意見でも
大事にしてます、と言わなきゃいけない。
そこにくたびれるんですよね。
ああでもない、こうでもないと言ってたら、
温暖化の話も何もできない。
そこの問題、実は大きいですよ。
あと、芸能界のスキャンダルみたいなことばかり
みんなで言い合ってるけど、
関わり合っていられないことに
関わらなきゃならない、という意味では、
その無駄な何かが生み出している
貧困というものが絶対あると思う。
- 国谷
- たしかに、そうですね。
ちょっと硬い話で本当に恐縮なんですけど、
もうひとつうかがいたかったのは、
私、ダボス会議(世界経済フォーラム)から
帰って来たばかりでして、今年は
「会社が責任を持って
社会的課題の解決に挑戦する」
ということがテーマの一つでした。
たとえば今シリコンバレーがすごく活況で、
GoogleやFacebookなどに
優秀な技術者がいっぱい集まってます。
一方で、そのことで
ものすごく周辺の不動産が高くなった。
- 糸井
- そうでしょうね。
- 国谷
- 家賃が高くなったことで、
その地域の小学校の先生とか、
病院で勤めている看護師さんとか、
なくてはならない仕事をしている人たちが、
そこに住めなくなって、
街から出て行ってしまう問題が起きている。
そこで今、その地域の企業の経営者が
そういう人たちに対して、能力を高めるような
技能研修をはじめたそうなんです。
AIなどの技術革新で、
今後いろんな仕事がなくなっていくなかで、
ただ単に家賃が払えず出て行くということじゃなく、
もうちょっと高い賃金を稼げるように
なっていかないと、ということで。
本来ならば公がやるべきようなことを、企業が行う。
企業に求められる社会的責任が
広がっているように思えます。
- 糸井
- ああ。
- 国谷
- 糸井さんのような発想を持った方から見ると、
企業が社会のなかでどうあるべきか、
ということについて、どうお考えなんでしょうか。
- 糸井
- ぼくの考えはズレているかもしれないけど、
みんなをそんなに
クレバーにしなきゃいけないことが、
おかしいと思ってるんです。
- 国谷
- クレバーに、じゃない?
- 糸井
- 今、企業が、みんなにもっと勉強させて
食っていけるようなことをやりたがるんです。
だけど、それ、違うなって。
つまり、
「穴掘って道路工事できる人募集」
と呼びかけて、みんなが行かないときに、
「いいよ、俺、それやるよ」
って言うやつが給料高くていいと思ってます。
それが一番豊かな社会だと思います。
そこに至るプロセスで何が必要かというと、
やっぱり本を読むことの価値だとか、
ものを知ってるだとかっていうことの価値が、
ここまで浅くなってしまったのなら、
いっそ、退化するべきじゃないかなと思ってます。
- 国谷
- 退化。
- 糸井
- そう。進化じゃなくて、知的退化。
最近、外資系コンサル出身の人と話していて、
「こうしたらみんながよろこびますよね」じゃなくて、
「支持してくれますよね」
みたいなことばかり言うから
腹が立つことがあって(笑)。
頭のいい子ほど、
損得でグラフが書けるように生きてる。
だけど、勉強のできない、
ある女の子がした誰かに対する親切というのは、
誰かが書かなきゃ消えちゃう。
人が持っているベーシックなやさしさみたいなものは、
しゃべる人が拾って、
大事だよなって言い続けないと、
本当にいいものって自らしゃべらない。
骨格が人間じゃなくて、本当は心だから。
- 国谷
- 心。うん、そうですね。
- 糸井
- 環境の問題も、行政がやっていたことを
企業が引き受ける、
みたいなことができるほど、
ぼくらはそこまで力が届いてないんです。
ちょっと哲学みたいな話になるんだけど、
「人」というのが、その人の輪郭線だけで
その人かというと、そうじゃなくて、
隣にいる右腕みたいな人がいたら、
2人セットでその人だし、
チームだと、その人が動く範囲に
いる人たち全部が、その人なわけですよね。
同じように、自分の環境のエリアというのが
観念的には無限になっちゃってる気がします。
昔は「見えないことはないこと」
でいられたことが、
いまはデータでわかるようになっちゃったから、
今の人間は、過去に悩んだことのないことで
悩んでいると思うんです。
- 国谷
- なるほど。
- 糸井
- あと、さっきのシリコンバレーの話と
少し共通しているのは、
たとえばぼくの場合だと、
この会社がここにあるということが
環境に左右してるわけですね。
青山で安くていいランチの店を探すのに
社員が彷徨う、みたいな。
- 国谷
- ない?
- 糸井
- 少ないですね。
「青山」と名がつくだけで家賃が高いから、
普通の飲食店がやっていけないんです。
シリコンバレーの話と同じように、
何かしらの問題がぶつかってます。
その問題をどうしたらいいのか、
というところを
今まさに考えているし、
環境とぼくとの間でやりとりが生まれてます。
でも最近、新しく計画していることとか
考えていることを
あまり外にはしゃべってないんです。
でも、こうやってやりとりをすること自体が
すごく大事だと思っているので、
国谷さんさえよろしければ、ぜひ
うちで「クローズアップ現代」を(笑)。
- 国谷
- 実は私、今、藝大の先生と対談する
「クローズアップ藝大」
というのをやってまして(笑)。
- 糸井
- 藝大というのはおもしろいところですよね。
この前、卒業作品展を見に行ったんですけど、
相変わらず古臭くていいなと思った。
全然悪い意味じゃなく、
青春ってこうだよね、というような。
- 国谷
- 藝大も、もっと社会に開かれていって、
卒業生が活躍する場を広げていかないと、
と思っています。
今日お話をうかがって、
やっぱり糸井さんらしいというか、
大事なものを大事にしてくださってるな、
という感じがしました。
今後、藝大とコラボしたりとか、ぜひ一緒に。
- 糸井
- こちらこそ、ぜひ。
とてもおもしろい時間でした。
ありがとうございました。
- 国谷
- いろいろベラベラとすみません。
ありがとうございました。
(おわります)
2020-03-23-MON