スタイリストの黒澤充さんが
LDKWAREの世界観からイメージをふくらませ、
1日のシーンに合わせてアイテムをセレクトするコーナー
「わたしのLDKWARE」。
「読書のじかん」に選んだのは
シンプルなフォルムと、ペーパーコードの座面が印象的な
カール・ハンセン&サンを代表するデザインのひとつである
「CH36」という椅子です。
椅子の魅力や、育てるたのしさについて、
カール・ハンセン&サンの
郡司圭さんにお話をうかがいました。
-
- ──
- 今日はカール・ハンセン&サンの事務所にお邪魔しています。
今回「わたしのLDKWARE」という企画の中で、
「CH36」というモデルの椅子を
取り扱わせていただくことになりました。
- 郡司
- 選んでいただき、光栄です。
突然ですが、カール・ハンセン&サンはご存知でしたか?
- ──
- はい。モダンなデザインが印象的で、
憧れの家具メーカーというイメージがあります。
- 郡司
- ありがとうございます。
数あるデザインの中から、
このシンプルな「CH36」を選ばれるとは流石ですね。
- ──
- セレクトしてくださった黒澤さんも、
お気に入りのモデルだそうです。
郡司さんは、普段どのようなお仕事を
ご担当されているんですか?
- 郡司
- 2015年から7年ほど、ストアでの販売スタッフをしていました。
2年前からは、全国各地の販売代理店での
製品を展示する際のアドバイスや、スタッフトレーニング、
家具に関するセミナーなども行っています。
- ──
- 家具のプロフェッショナルですね。
詳しい方にお話を伺えるのがたのしみです。
- 郡司
- 今日は、カール・ハンセン&サンというメーカーと、
今回お選びいただいた「CH36」という椅子の魅力を
しっかりお伝えできたらなと思っております。
- ──
- よろしくお願いします。
- 郡司
- もともと、カール・ハンセン&サンは、
家具職人カール・ハンセンが自身の小さな工房を
デンマークに開いた時からはじまりました。
世界的な家具デザイナーの1人である
ハンス J.ウェグナーというデザイナーがいるのですが、
そのデザイナーの家具を世界で一番多く生産し、
流通もしているというのが
カール・ハンセン&サンという会社です。
- ──
- 会社は作られてどのくらいになるんですか?
- 郡司
- 1908年に創業されたので、 もう110年以上が経ちます。
ついに2023年に、
デンマーク王室御用達のブランドにもなりました。
- ──
- それはすごいですね。
- 郡司
- ありがとうございます。
我々の代表作である「CH24(Yチェア)」は、
1950年に発売開始したウェグナーの作品です。
- ──
- 「Yチェア」は街中でもよく見かけますよね。
今見ても新しさを感じるデザインが、
そんなに古いものだったとは、驚きました。
- 郡司
- 今回お選びいただいた「CH36」も、
ウェグナーによる1962年のデザインです。
何度見ても、見るたびに、
シンプルでいい椅子だなと思います。
- 郡司
- カール・ハンセン&サンと切っても切り離せない存在である
ウェグナーについてお話ししても良いでしょうか。
- ──
- はい、お願いします。
- 郡司
- ウェグナーは10代前半で地元の家具工房に弟子入りし、
弱冠17歳にして木工のマイスターになりました。
その後に徴兵制の兵役のため、
田舎からコペンハーゲンに出て、
デザインを学ぶ必要を感じ、デザインを学んだそうです。
- ──
- 10代で木工のマイスターに。すごいですね。
- 郡司
- 彼は職人として基礎があるので、
デザインが頭に浮かんだ時点で、
頭の中で設計図ができていて
自分で木を切って仕上げられるほどの腕があるんです。
しかも、時代が求めるものや、
メーカーの特性にも合わせてデザインを仕上げている。
この時代の、いわば、
手と頭の良いバランスのデザインを超えるものは
今後もなかなか無いと思います。
- ──
- カール・ハンセン&サンの
「メーカーの特性」は、どんなものですか?
- 郡司
- カール・ハンセン&サンの特徴は、手仕事も維持しながら、
最新の機械加工技術も使っているところにあると思います。
「CH36」も、その両方が程よいバランスで組み込まれた
カール・ハンセン&サンのためのデザインになっています。
- ──
- 手仕事と機械加工技術を両方使い分けているのには
何か理由があるのでしょうか。
- 郡司
- 手仕事だけで物を作っていると、
生産の効率が上がらず、
どうしても値段が高くなってしまいますよね。
初代のカール・ハンセンは、腕の良い職人でしたが、
貴族や王様のためというよりも、
一般の市民でも手の届く価格で、
質の高い家具を生産することを大切にしていたんです。
そのため、
手と同じかそれ以上の仕事が機械で出来るのなら
積極的に機械に任せようと考えていたんです。
この考えは今も大切に引き継がれています。
- ──
- この「CH36」は、シンプルなデザインですよね。
椅子らしい形をした椅子というか。
- 郡司
- もともとこれは、キリスト教プロテスタントの流れを汲む
アメリカの「シェーカー教徒」が生み出した
シェーカーチェアからインスピレーションを受けた
シリーズの1脚として生まれました。
機能性を追求した、
シンプルなデザインが特徴的な家具です。
教会の椅子のように、
連続して使うのも美しいデザインです。
- ──
- 整列する美しさもありますし、
色々な種類の椅子の中に1脚あるのも素敵です。
- 郡司
- 1脚でも、複数脚でもなじむと思います。
ダイニングだけはなく、
ベッドサイドなどで小さな物を置いて飾っても良いですし。
- ──
- 座るだけじゃないんですね。
和の空間にも、洋の空間にも合いそうです。
- 郡司
- いい意味で主張が強くないので、
色々なテイストの家具との相性が良い椅子です。
- ──
- 「CH36」はアームがないので、
机にピッタリしまえるのも良いなと思っていました。
- 郡司
- アーム付きの椅子の良さももちろんあるのですが、
そういった理由で選ばれる方も多いです。
手前がCH36、奥にあるのがアーム付きのCH37。- ──
- 郡司さんが思う、
この椅子のオススメポイントって、
どんなところでしょうか?
- 郡司
- たくさんあるのですが‥‥、
例えば、この背もたれの湾曲率。
上下で微妙に変わっているのがわかりますか?
- ──
- 上の部分はゆるやかなカーブで、
比べると下の内側は強めに曲がっていますね。
- 郡司
- これは人間の体に合わせて、
座った時にフィットするためにこうなっているんです。
- ──
- こういうちいさな工夫が、
座り心地の良さに繋がっているんですね。
- 郡司
- 少しマニアックですが、
この脚と脚をつなぐ貫(ヌキ)と呼ばれる部分。
後ろにかけて太くなり、
すこし上がっているんです。わかりますか?
- ──
- 本当だ! 微妙に上がっていますね。
これはどのような意図があるんですか?
- 郡司
- 座るときは、後脚の方に体重がかかるので
耐久性を高めるため、荷重のかかる方を太くしてあるんです。
でも実は、
この部分が少し上がっていても、いなくても、
耐久性はそこまで変わらないと言われているんです。
- ──
- そうなんですか。
でも、少し上がっていることで
やわらかな雰囲気や、デザインの美しさが
表現されてるような気がします。
- 郡司
- そうですよね。
太くなりながら少し上がっていることで、
野暮ったくならずに、軽やかな上昇するエネルギ―を
この細部が椅子に与えていると思います。
ウェグナーがキャリアの中で培った
経験と美学が詰まっているポイントです。
- ──
- 人に伝えたくなるポイントがたくさんですね。
座面のペーパーコードは、
どのような経緯で選ばれた素材なんですか?
- 郡司
- 諸説ありますが、戦後のデンマーク復興期、
椅子の素材に使われる革や布などが
安定供給ができなかった時代に、
農作物を固めるための工業的な紐であった
ペーパーコードを使い始めたそうです。
- ──
- その後、時代が変わっても、
材料を変えることなく使い続けていると。
- 郡司
- はい。むしろこれが良いという感じで。
この座面でいうと、150mくらいの長さのコードを
じっくり時間をかけて、職人が手で編んでいるんですよ。
- ──
- それはたいへんな作業ですね‥‥。
手間をかけられたものだと思うと、
あたたかみを感じますし、お値段の理由がわかります。
- 郡司
- しかも、デンマークという
物価が高いと言われている国で作っているので
必然的に値段は高くなってしまうんです‥‥。 - 弊社では、手作業と機械加工を織り混ぜつつ、
できるだけ手に届きやすい価格に抑えています。
- ──
- 納得できる価格とはいえ、
気軽に買えるお値段ではないので、
すこし迷われる方もいらっしゃると思います。
そんな方の後押しになるように、
良い家具を買う事の魅力を教えてください。
- 郡司
- デンマークでは、良い家具を代々使っていく文化があります。
良いデザインの家具は、飽きません。
使えば使うほど自分の体になじみ、
育てるたのしみもあります。
- ──
- 古びないデザインですし、
良いものであれば、受け継ぐ側もうれしいですね。
- 郡司
- はい。
デンマークは、1年を通して冬の期間がとても長い国です。
過ごしやすい時期は、夏至のあたりの2~3か月くらい。
厳しい冬の時期、家にいる時間が長いからこそ、
良いインテリアを持つという文化が花開いたのだと思います。
- ──
- 日本でも、コロナ禍以降は今まで以上に
おうち時間を大事にする方も増えましたよね。
家の中をいい空間にしたいという
意識が世の中的にも高まっていると感じます。
- 郡司
- そうですね。
お気に入りの椅子を一脚迎えると、
自分の空間ができるじゃないですか。
心地よい空間を拡大していくように、
暮らしの豊かさの出発点になる
きっかけになってもらえたらうれしいです。
椅子を選ぶのは、たのしい時間だと思いますよ。
- ──
- 使っていくとどのように経年変化していくんですか?
- 郡司
- 座面のペーパーコードは、
座る時間や体重によって変わりますが若干の弛みや、
スキマが出てきたりしながら、
3ヶ月から半年ぐらいで、自分のかたちにパーソナライズします。
- ──
- 使っている人の体にフィットしていくんですね。
座り心地も良くなっていきそうです。
- 郡司
- 育ってパーソナライズされた座面はそのままでも良いですが、
緩みやいたみが気になる方は10年、20年に1回、
張り替えのメンテナンスに出される方が多いです。
- ──
- 張り替えもしてくださるんですか?
- 郡司
- はい。日本にはペーパーコードの張替えの職人がいるので、
安心してたくさん使ってください。
カール・ハンセン&サンの社員としての張り替えの職人は、
デンマークと日本にしかいないんですよ。
- ──
- それは安心ですね。
食べ物や飲み物をこぼしたりして
汚してしまった時はどうしたらいいですか?
- 郡司
- そういう時は、洗ってしまう事が多いです。
- ──
- え! 洗えるんですか?
ぜひ、やり方を教えてください。
- 郡司
- 例えば、ワインなど色の濃いものをこぼしてしまったら、
シミができてしまった部分を、
洋服のシミ抜きの要領で
よく濡らしたタオルで、こすらずに、
ひたすら叩いて汚れを取ります。
椅子の下から水がもれ出てくるので、
下に大きめのタオルを置いてくださいね。
シミが薄まったら、乾いたタオルで
こすらずに水分を吸い取りつつ、
直射日光に当てたり、ドライヤーはせずに、
風通しの良い場所に数時間置いて乾かせば大丈夫です。
- ──
- こすらないのがポイントですか。
- 郡司
- はい。濡れた紙はこすってしまうと、毛羽立ってしまうので
濡れたら「こすらない」ことがポイントです。
- ──
- 洗えるのはうれしいですね。
水をつけると弱ってしまったりはしないですか?
- 郡司
- ペーパーコードは紙でできています。
紙はもともと水の中で生成するものなので、
水に濡れて、それが乾燥したからといって、
耐久性が大きく劣化するというものではないんです。
- ──
- 今回取り扱いさせていただくオーク材のオイル仕上げは、
日々のケアをどれくらいしたほうがいいんでしょうか?
すみません、ケアのことばかり聞いて。
大切に使いたい気持ちが強いあまりに‥‥。
- 郡司
- いえいえ。
ケアについては、みなさん気になりますよね。
木材の部分は、新品の本が中古になると
色が濃くなってくるように、経年で焼けてきます。
私は、同じ素材のものを家でいくつか使っているのですが、
ひとつは買ったまま、何もケアせずに10年使っていて、
全く問題ありません。
- ──
- 経年で色が変わっていくのも、味でしょうか。
- 郡司
- 私はそう考えます。
家具はキズや汚れを恐れずにたくさん使ってほしい。
自分だけの味が付いたな、と思うと愛着が湧きますよ。
- ──
- プロの方にそう言っていただけると、
自信を持って、そう思える気がします。
- 郡司
- 家にある同じ素材のもうひとつの椅子は、
ホームセンターなどで売っている、
市販の家具用メンテナンスオイルを塗っているのですが、
オイルを塗ると、木部に加えてオイル自体も焼けるので、
オイルを塗る回数が多ければ、
それだけ木の色が濃くなるんです。
- ──
- オイルを塗るとどうなっていくのですか?
- 郡司
- 何もしない場合だと、10年経って少し焼けたかな?
というくらいの変化ですが、年に数回オイルを塗っていると、
10年しか使っていないけれど、
30年使っているような貫禄が出てくるんです。
長年お使いいただいている方の参考例(CH44オーク材オイル仕上げ)。
左が購入したばかりの頃。右がオイルを年に3~4回塗布した数年後の様子- ──
- それは、また違った良さがありそうですね。
どちらがオススメですか?
- 郡司
- これは、本当に好みですね。
仮にオイルをつけて焼けすぎたな、と思った時は
石けんの泡で軽く洗ってしまえば良いんです。
- ──
- 木材部分も洗うんですか?
しかも、石けんで?
- 郡司
- デンマークでは「ソ―プフレーク」という粉末状になった
メンテナンス用の石けんが売られたりもしていますが、
日本では「純石けん」や「石けん素地」と言われる、
よくある無添加・無香料の白い石けんを削って代用できます。
その粉で薄い石けん水を泡立てて、
石けんの泡で木目にそって拭いて
表面のオイルを落とすイメージです。
シミにならないように、
石けんの泡は汚れても良いタオルなどで、
木目に沿ってしっかり拭き取ってくださいね。
- ──
- そんな風に自分でカスタムするなんて
全く選択肢になかったので、おもしろいです。
さらに愛着が湧きそうですね。
- 郡司
- 自分好みに育てていくのもそうですし、
暮らしとともに育っていく。
良い家具って、そういうものだと思っています。
長く使っていただけるために
メンテナンスの体制も整えているので、
安心してお使いください。
- ──
- 長く共に過ごした先に、見える楽しみがあるのですね。
そんなふうに大切に使っていきたいです。
今日はありがとうございました。
(おわり)