牧野富太郎(1862-1957)は、
全国各地で採集した植物で
「植物標本」をつくりました。
写真家の菅原一剛さんは、
その標本の美しさに 衝撃をうけたと話します。

「植物の命がよみがえるような
肖像写真を撮りたい」。
標本を被写体に写真を撮影し、
博士のメッセージとともに伝えていく
「MAKINO Botanical Art Project」が はじまりました。
牧野博士との出会いから
撮影した作品が広く届いていくまで。
全3回の連載です。

>菅原一剛さんのプロフィール

菅原一剛(すがわら いちごう)

1960年札幌市生まれ。 大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、早崎治氏に師事。 フランスで写真家として活動を開始して以来、数多くの個展を開催。 2005年、ニューヨークのペース・マックギルギャラリーで開催された 「Made In The Shade」展にロバート・フランク氏と共に参加。 2023年1月には青森県立美術館で写真展「発光」を開催。 日本赤十字社永年カメラマン。大阪芸術大学客員教授。 Podcast「マキノラジオ」2023年4月よりスタート WEBサイト https://ichigosugawara.com/ ほぼ日刊イトイ新聞での連載(2005年~2017年) 「写真がもっと好きになる」 https://www.1101.com/photograph/

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第3回 サクラの写真と博士のことばが、 高知新聞をつつんだ日。

ほぼ日
いま、後ろの壁にかかっているのは
お持ちいただいた
「センダイヨシノ」の標本写真です。
ほかの写真はモノクロですが、
このサクラはうすいピンクですよね。

菅原
とくにこれは「ピンクプラチナ」という
特別なプリントなんです。
みんなサクラ色っていうと、
ピンク色を思い出すじゃないですか。
ほぼ日
はい。
菅原
もともとサクラの花は白いんですよ。
それが受粉するとピンクになる。
ほぼ日
へえ! 知りませんでした。
菅原
よくジュエリーとかで
「ピンクゴールド」って言われているのは
ゴールドとシルバーをミックスして、
あの色になるらしいんです。
その話と、サクラが受粉して
ピンクになるっていう話が
僕のなかですごくリンクして。
ほぼ日
思っていたより、
ピンクになる仕組みが
ケミカルでした。
菅原
写真って、化学変化なんですよね。
一般的な「銀塩写真」は
シルバーでしょう。
今回はプラチナでプリントして、
その上に金を塗布することで、
ピンク色になっています。
プラチナは粒子がこまかいから、
15Kの高精細なカメラで撮影した写真も
より微細にプリントできたんですよ。
ほぼ日
たしかに、立体的に見えます。

菅原
いい色になりましたね。
ほぼ日
昨年4月、高知新聞が
菅原一剛さんのこのサクラの写真で
つつまれたお話もぜひうかがいたくて。

菅原
これはね、まず2月の下旬に
ウクライナで戦争が始まってしまったことが
背景にあるんです。
僕も3年前にウクライナに
行ったりしていましたし、
思い入れのある場所でした。
戦争なんて、もう二度と
繰り返しちゃいけない。
なのに、またこういうことが起きてしまって。
ほぼ日
はい。
菅原
僕は新聞っていう媒体は好きで
読む方なんですけど、
さすがにあのときは、
もう見たくなくなっちゃって。
わかりますよね?
ほぼ日
毎日、新聞の一面には
目を背けたくなることばが並んでいました。
菅原
そうそう。
朝が来ると新聞が届いているんだけど、
めくれないんですよね。
そんなときに、仲良くなった
高知新聞社の竹内一(はじめ)さんと話していて
「つくっている側はどうなの?」
って聞いたら、
載せないわけにはいかないけれど
いやなんだって、やっぱり。
自分のつくっている新聞だから
当然ぜんぶ読むけど、
正直見たくない。
ほぼ日
そうですよね‥‥。
菅原
「せめて平和のメッセージとか、
届けられたらいいよね」
なんていう話をしてたんですよ。
そうしたら、一(はじめ)さんのほうから、
「菅原さんのサクラの写真で、
新聞くるんじゃったら?」って。
「何それ?」って話で(笑)。
ほぼ日
なんという提案!
菅原
考え方は、広告なんですって。
でもね、スポンサーが集まらなくて。
ダメかもね、ダメだねって言ってたら、
高知新聞社の英断ですよね。
「高知新聞社としてやろう」っていう。
ほぼ日
わあ‥‥。
菅原
僕も、長い間仕事してるけど、
こんなことは初めてでした。

ほぼ日
見開きの全面、
しかも表裏の両面ですよね。
菅原
裏には博士のことばを入れました。
「植物に感謝しなさい。
植物がなければ人間は生きられません。
植物を愛すれば、
世界中から争いがなくなるでしょう。」
ほぼ日
‥‥染み入ります。
菅原
これが、高知の16万世帯に
一斉に届けられました。
ほぼ日
知らずにポストをあけて、
このサクラの新聞が入ってたら、
「うわあ!」ってなりますよね。
本誌がまるごと包まれている。

菅原
とにかく絶対に漏れないようにって。
ひみつのプロジェクトでした。
ほぼ日
日曜日に届いたんですね。
菅原
はい。4月24日。
博士の誕生日に。
ほぼ日
160歳の誕生日。

菅原
その日の紙面に掲載された
インタビュー記事で
僕の顔写真も出てるから、
そのあと牧野植物園に行ったときに
園内で声をかけられて。
「あ、桜の先生ですよね」って(笑)。
ほぼ日
桜の先生!
菅原
あと土産物屋に立ち寄ったら、
壁にこの新聞が貼ってあったり。
ほぼ日
うれしいですね。
菅原
さらには新聞紙をきれいに折りたたんで
オリジナルの紙袋とか
つくっちゃっててね。
僕がその撮影者だって
最初はばれてなかったから、
そのまま話を聞いていたら
新聞についてすごく熱心に
教えてくださいました(笑)。
ほぼ日
まさかご本人だとは。
菅原
途中で自己紹介をしたら、
「早く言ってよ!」って(笑)。
いやあ、うれしいですよね。
そうやって高知の町の方々が
よろこんでくれた。
ほぼ日
この新聞、今回の展覧会場でも
配れないでしょうか‥‥。
こういう出来事があったという
記述と共に。
菅原
特別復刻ですね。
できるんじゃないでしょうか。
高知新聞社さんと相談しましょう。

ほぼ日
牧野博士、菅原一剛さん、
高知新聞さん‥‥。
それぞれの思いが
みごとに重なって
このとくべつな新聞ができたと思うと、
たまらない気持ちになります。
菅原
そうそう、ひとつおまけの話をしますね。
ほぼ日
ぜひ。
菅原
すこし前にたまたま
「静」っていう字を見ていて、
「おかしいな」と思ったんです。
だって「争い」っていう字が書いてある。
普通、「静か」と「争い」は
逆さまじゃないですか。
ほぼ日
ほんとうですね。
菅原
なんでなんだろうと思って調べたら、
「静」という漢字は
「青」と「争」で成り立ってますよね。
この「青」っていう字は、
もともと植物を表しているらしいんです。
つまり、植物の力によって
争いごとをおさめるという考えが、
ずっと昔からあったんだと
気づいたんです。
ほぼ日
博士のことばといっしょだ‥‥。
「植物を愛すれば、
世界中から争いがなくなるでしょう。」
菅原
緑生い茂る森の中に入った時に、
僕たち生物は
おだやかな気持ちでいられますよね。
緑、つまり植物に包まれていて、
いやな気持ちになる人間は
ひとりもいないんじゃないのかな。
ほぼ日
植物の美しさや平和への思いも、
ずっと変わらないはずですよね。
菅原
うん。
ほぼ日
100年以上経った
植物標本の写真を見ていると、
よりつよく思います。
菅原
博士がのこした標本や
植物そのものの美しさについて、
もっともっと広く
伝えていきたいですし、
この平和をねがうメッセージも
世界に届けていきたい。
そう思っています。

(おわります)

2023-02-10-FRI

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  • 「ほぼ日曜日」(渋谷パルコ8階)で開催中。 菅原一剛さんの標本写真も、 この会場でご覧いただけます。

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