minä perhonenの皆川明さんに
お話をうかがう機会を得ました。
19歳から通っているフィンランドと、
そのデザインについて。
気に入ったものを
長く使うことのよろこびについて。
そして、長く使ったものが、
いつか記憶になっていくことについて。
渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで
いま開催中の
ザ・フィンランドデザイン展の会場で、
ゆっくりと、おうかがいしました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
皆川明(みながわあきら)
デザイナー。1995年にブランドminä perhonen(2003年まではminä)設立。手作業で描かれた図案から作るオリジナルファブリックによるファッション、インテリア等で注目を集める。ストーリー性のあるデザインと、産地ごとの作り手の個性を活かした、長く愛用されるものづくりを目指す姿勢はブランド設立時から一貫している。個人の活動として、国内外の様々なブランドとデザインを通じての協業を精力的に続ける他、新聞や書籍への挿画、宿のディレクションなど活動は多岐にわたる。
- ──
- 今回の展覧会にも出ていましたが、
アアルトのデザインで、
ガラスでできた湖みたいな花瓶が、
有名ですけれども。 - ガラスのプロダクトというのは、
一般的には「工業製品」ですよね。
- 皆川
- ええ。
- ──
- つまりたくさんつくろうと思えば、
いくらでも同じようにつくれます。
でも、あのアアルトの花瓶だとか、
イッタラの
シンプルな無地のお皿とかって、
あんまり工業製品感がないですね。 - それって、やっぱり
「デザインの力」なんでしょうか。
- 皆川
- はい、そうだと思います。
長く使うということを前提にした、
デザインの力でしょうね。 - くわえてフィンランドという国は、
全人口でも550万人ほど。
なので、
均一にたくさんつくる‥‥という
「大量生産」という概念が、
そもそも、
縁遠かったのかもしれないですね。
- ──
- ああ‥‥なるほど。
- 皆川
- そういった社会的な背景もあって、
プロダクトには
あるていど人の手と時間をかけて、
必要なぶんだけつくればいいね、
という考えが
社会に浸透している気がします。 - その結果として、
工業製品や大量生産という感じを、
あまり受けないのかも知れません。
- ──
- ロットを増やせばもっと安くなる、
みたいな発想じゃなくて。
- 皆川
- できるだけ素敵なものをつくって、
それを長く使い続けられたら、
そんなに
たくさんつくらなくてもいいよね、
という感覚なんだと思います。
- ──
- そんなふうにして
暮らすことも、できるんですよね。 - 何か、おかしな感想ですけど‥‥。
- 皆川
- 経済至上主義的な考えを持たない
デザイナーがいて、
メーカーがあって、
そういうつくり手のつくるものを、
国民、生活する人たちも、
ちょうどいいサイクル、
ちょうどいいスピードで長く使う。 - そういった「調和」が、
とれている社会なんじゃないかと。
- ──
- そういう考え方だとか姿勢などは、
やっぱり、
皆川さんの活動に反映されますか。
- 皆川
- はい。自分たちも、
まさしく「たくさんつくる」より、
「いいものを適量、それを長く」
と考えて、ものをつくっています。 - そうやり方が
自分たちには合っていると思うし、
そうすることで、
人間にとっても、環境にとっても、
よけいな負荷を
かけないことにもつながりますし。
- ──
- 時間を経たものだけが持つ魅力って
あると思うんですが、
あれって一体、何なんでしょうか。
- 皆川
- さきほどもちょっと出ましたけど、
時間を重ねていくと、
ものが「なじむ」という感覚って、
あるじゃないですか。
- ──
- はい。
- 皆川
- 「ものが、人になじむ」感覚って、
独特ですよね。 - 木でも革でも石でもそうですけど、
天然のものには、
わたしたち生きものの生命とは
尺度のちがう「いのち」が、
宿っていますよね。
使っている人自身の生命を越えて、
長くつづいていく「いのち」が。
- ──
- ええ、そうですね。
- 皆川
- そのプロセスで‥‥人が使うことで、
触れることで、身につけることで、
ものが熟成され、人になじんでいく。 - ぼくも、若いころには、
「わあ、次はあんなものがほしいな」
「こんなものも、ほしい」
というふうに、思っていたんですよ。
- ──
- あ、そうですか。皆川さんも。
- 皆川
- はい。でも、
フィンランドに通うようになって、
彼らの価値感を知り、
自分自身も歳を重ねていくにつれ、
だんだん‥‥
「これを長く使っていったら、
どんなふうになるんだろう」って、
そんなことを考えたり、
そのものが「なじんでいく」のを、
楽しめるようになったんです。
- ──
- はい。自分は、ブーツの革などが、
自分の足のかたちに、
自分だけの皺が出てきたりすると、
じつに、うれしくなります。 - 自分自身に、なじめばなじむほど、
大事にしたくなりますし、
もっと、愛おしくなりますもんね。
- 皆川
- そうですね。
- ──
- フィンランドじゃないんですけれど、
自宅の仕事机が、
60年代とかの
デンマークの小学校で使われていた、
図工の教室の作業台らしいんです。
- 皆川
- そうなんですね。
- ──
- 古道具屋さんで、
そのこと知らずにいいなあと思って、
買いたいですと言ったら、
お店の人が
「そういう机なんです」って
説明してくれたんです。 - つまり、行ったこともない国の、
自分より年上のデンマークの誰かが
まだ子どもだったころに、
授業中に落書きをしていた傷の跡が、
ところどころ刻まれている‥‥。
- 皆川
- ええ。
- ──
- その机、撫でてるだけで、
何かいい気持ちになるんです(笑)。
- 皆川
- 想いを馳せることができますよね。
長く使われたものって。
イメージがふくらむ‥‥というか。 - この傷跡をつけたのは、
いたずらっ子だったんだろうなとか。
楽しいですよね(笑)。
- ──
- どういう授業だったんだろう、とか。
教えていた図工の先生は、
もう亡くなっちゃってるかなあとか。
- 皆川
- そうやって、ものが
想像の力をふくらませるスイッチを、
押してくれることがあります。 - このいたずら描きみたいな彫り跡は
いったい何だろうって、
そんなことを思わせてくれますから。
- ──
- 以前、永井一正さんに
インタビューさせてもらったときに、
ここまで長くやってこられて、
デザインって
どういうことだと思いますか‥‥と、
うかがってみたんです。
- 皆川
- ええ。
- ──
- ある意味で素朴すぎる質問に対して、
永井さんは、
それは、
自分たちの生きている「環境」から、
生まれてくるものなんだと、
懇切丁寧に説明してくださったんです。
- 皆川
- ああ、本当ですね。
- ──
- ただ、そのときの自分は、
永井さんの言葉に感じ入りながらも、
何ていったらいいのか、
びっくりするような答えではないし、
深いところでは、
たぶんピンと来ていなかったんです。
- 皆川
- 実感としてわかるまでには、
時間がかかる感覚かもしれないですね。
- ──
- でも、フィンランドのことを知ったり、
単純に歳をとったり、
いまみたいなお話を聞いたりすると、
「環境」というものが、
まさに人に何かをつくらせてるなあと。
- 皆川
- はい、そう思います。
- 今回の展覧会に出てくるデザイナーも、
フィンランドの森などの自然から、
あるいは
自分の身のまわりにある「環境」から、
デザインのヒントを得ながら、
でも、それをあまり人為的に加工せず、
まるで、
自然のありのままの姿を写すように、
生活の道具をつくっている気がします。
- ──
- ああ、そうですか。
- 皆川
- たとえばタピオ・ヴィルッカラなどは、
まさしく、
自然の姿をそのままグラスにしてます。 - あの地方の「氷」という「自然」を、
極端に変換せず、
ガラスで表現してみたのだと感じます。
- ──
- 北欧のデザインのことを考えるとき、
照明の種類がとても豊富で、
ひとつの大きなカテゴリなんだなあと
感じるのですが、
それもやっぱり自然‥‥つまり、
白夜とか極夜の国だからでしょうか。
- 皆川
- それもあると思います。
いまの時期は早い時間から真っ暗です。 - 朝の10時くらいから
うっすら明るくなってくるんですが、
3時くらいには、もう暗くなる。
だから、フィンランドの暮らしには、
照明、あかりというものが、
とても大事な要素になってきますね。
- ──
- イヌイットの言葉には
「雪」っていう言葉がたくさんある、
みたいなことなのかな。
- 皆川
- 明かりの質‥‥が重要なんでしょう。
- ──
- 質?
- 皆川
- フィンランドの人たちは、
ろうそくや暖炉の火などもふくめて、
光で陰影を上手につくります。 - つまり「影」をどうするかについて、
非常に長けているんです。
- ──
- 光と同じくらい、影が重要?
- 皆川
- 煌々とした光が
隅々まで照らすような空間ではなく、
光と影が同居しているんです。 - たぶん、その「陰影」が、
精神的な落ち着きを持たせることに
つながるんだと思います。
- ──
- ああ、焚き火なんかもまさにですが、
火がゆらゆらするのって、
いつまででも見ていられますもんね。
- 皆川
- そういう意味では、
光源がしっかり見えるような照明は、
北欧には少ないです。 - 光源そのものは隠しながら、
シェードによってぼんやり照らして、
必要なところに、
スポット的な照明を入れたりだとか。
- ──
- あのランプシェードの多様な形状も、
見た目のことだけじゃなく、
陰影をつくるっていう役割もあると。
- 皆川
- たとえば、フィンランドの森の中の、
木漏れ日のようなこととか。 - あかりに関っているデザイナーたちも、
ごく自然に、
たとえば、森の中の木漏れ日の感じを、
求めているような気がします。
- ──
- なるほど。
- 皆川
- そういう意味でも、
ぼくは、フィンランドのデザインから、
どこか「詩的な感じ」を覚えます。
- ──
- 詩。自然の、詩‥‥?
- 皆川
- そうですね。
それは、「機能」というより「感情」。 - フィンランドのデザインって、
使う人の「感情」に何かを訴えてくる。
まるで「詩」のような、
そういうデザインだなと感じています。
(つづきます)
撮影:石井文仁
2021-12-29-WED
-
いま、渋谷の
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の
「ザ・フィンランドデザイン展」で
皆川明さんがナビゲーターを務めています。
インタビュー中でも言及されますが、
フィンランドのデザインの流れを
時系列で追いながら、
フィンランドが
デザイン大国になっていく背景を
じっくり理解できる展覧会です。
見たことのある、
あるいは愛用しているプロダクトも、
きっと、たくさん出ています。
もちろん、ムーミンもいますよ!
さらに、皆川さんが書き下ろしたエッセイを
クリス智子さんが朗読する、
という音声コンテンツもあるそうです。
会期は、2022年1月30日(日)まで。
ぜひ、足をお運びください。
詳しくは公式サイトでチェックを。