「あの歌は、いったいどうやってつくっているんだろう?」
糸井重里は、中島みゆきさんについて、
かねがねそんなふうに言っていました。
「すごいよなぁ。話す機会があったら、訊いてみたいなぁ」って。
じっさいはなかなか腰を据えて会う機会がなく、
また、みゆきさんもメディアで多くを語らない。
そんななか、9年ぶりに実現したこの対談では、
ニューアルバム『CONTRALTO』を軸に、
いくつかの楽曲を解体するように、
「中島みゆき」という音楽家について探求していきます。
‥‥って、すっごくマジメな感じですけれど、
(もちろん、マジメなんですけれど、)
2時間15分におよんだこの対談中、
なんども、ふたりの笑い声がひびいていました。
そんな笑い声もまるごと、全10回で、おとどけします。
*この対談は、本とマンガの情報誌
『ダ・ヴィンチ』との共同企画。
「ほぼ日」と『ダ・ヴィンチ』、
ふたつの編集バージョンを、
それぞれ、掲載しています。
2020年2月6日発売の『ダ・ヴィンチ』3月号も、
どうぞ、あわせてお読みくださいね。
司会:藤井徹貫
写真(糸井重里):冨永智子
協力:稲子美砂(ダ・ヴィンチ)/横里隆(上ノ空)
(株)ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス 出版許諾番号 20026 P
(許諾の対象は、弊社が許諾することのできる楽曲に限ります。)
中島みゆき(なかじまみゆき)
北海道札幌市出身、シンガーソングライター。
1975年「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。
同年、世界歌謡祭「時代」でグランプリを受賞。
76年アルバム「私の声が聞こえますか」をリリース。
現在までにオリジナル・アルバム42作品をリリース。
アルバム、ビデオ、コンサート、夜会、
ラジオパーソナリティ、TV・映画のテーマソング、
楽曲提供、小説・詩集・エッセイなどの執筆と幅広く活動。
日本において、70年代、80年代、90年代、2000年代と
4つの世代(decade)でシングルチャート1位に輝いた
女性アーティストは中島みゆき、ただ一人。
詳細なプロフィールは公式サイトをどうぞ。
- 糸井
- みゆきさんが作るのは、曲をつけない詩人には
書けないタイプの言葉なんですよね。
- 中島
- やっぱり音楽向けなんでしょうねぇ。
- 糸井
- その作詞というジャンルは、
本当に一番自由を持ってる気がして。
- 中島
- 言い訳しやすいんですよ。
音楽で言い訳できるから(笑)。
- 糸井
- そうそうそう。
で、作詞っていうのは、
絵本に似てると思ってるんです。
イラストレーターっていうのは
やっぱり機能しなきゃいけないわけで、
「こういうことを書いてください」とか、
「こういうことを意味してるんです」というのを
技術で描くというところがあって。
- 中島
- はい、そうですね、確かに。
- 糸井
- で、純粋絵画はそんなこと
言ってちゃいけないっていうところがあって。
でも絵本ってどっちにもつながる。
だから、売れなくても絵本を描きたいという
絵描きさんはいっぱいいますよ。
文字を書く人でも、絵本でやりたいっていう人は、
とてもたくさんいる。
- 中島
- 『もっぷでやんす』っていう絵本を
作ったことがあるんですけど、
あれを詞だけで、言葉だけで出したら、
なんかえらく重くなっちゃうけど、
いやいや、そんな重いこと言ってんじゃないのよ、
って言うのには、絵が一緒のほうがよくて、
それが音楽と似てたんでしょうね。
- 糸井
- 歌は「息を吹きかける」みたいな、
優しいというか、心のあるものが乗っかれるんで
助かるんですね、きっと。
だから、絵本は、イラストレーターの人たちとかも、
儲からなくてもやったほうがいいですよね。
自分のためにもやったほうがいいと思うなぁ。
- 中島
- 自分のためにも。そうですね。
それでみんなにウケようとか、別に考えなくてね。
- 糸井
- 運よく、純粋に詩を書くという仕事じゃなくて
作詞として始めたというのは、
今の時代に生きるのにはものすごくいい。
歩きじゃなきゃダメだよっていうことじゃなくて、
自動車に乗って遠くに行けるぐらいの感じがありますね。
- 中島
- そうですね。ありがたかったですね、それは。
- 糸井
- みゆきさんはもともと
詩を書いてたとかはないんですか。
歌と関係なく。
- 中島
- 詩も書いてました。
でも、歌詞のほうの詞も、
けっこう子どものときから書いてましたね。
だから両方。
詩と詞。
- 糸井
- はぁー。それは今も続いてて合流したりする?
- 中島
- ‥‥うーん、そうね、
寺のほうの詩のつもりで書き始めたけど、
司になっちゃった、ハッハハハハハ、
ってのもあるかな?
- 糸井
- 『ルチル』なんて、
寺のほうで成り立ちそうだよ。
でもいいことだね、
どっちもあるよっていうのは。
- 中島
- 箸とフォークと両方使ってますみたいな(笑)。
- 糸井
- 本当にそうだと思うなぁ。
人のすることって、そりゃ両方あるよね、本当はね。
自分にもわかんないけど言いたいっていうのはあるし。
さっきスタッフの人に、「レコード会社的には
中島みゆきのマーケティングとかってしてるんですか」
って聞いたら、
「あんまりしてません」的な答えがあって。
- 中島
- うん。
- 糸井
- 「こういうものを欲しがってるから、これを作りましょう」
って、世の中全部がなってるときに、
このアルバムは、
どういう人がどう欲しがるから作ってるんじゃなくて、
「私が聴くから」っていう
引き受け手が「私」みたいな。
- 中島
- うん。コンサートの曲順とか、
ベストアルバムのための参考として、
外まで出さずに、わりと近い人たちで、
アンケートを取ったことがあるんです。
でもやるだけ無駄だったということがわかった。
- 糸井
- そもそも言うこと聞かないでしょ、
アンケート取っても(笑)。
- 中島
- 順位を出したかったの。
それで多い順からやったらウケるのかな?
と思ったんですけど、まったく意味なかったんです。
票が分かれて、結局、全曲? みたいなことになって、
統計ということは成り立たなかった。
アハハハハハッ。
- 糸井
- いや、そうなんだろうな。
- 中島
- そういう感じなんですよね、
マーケティングしてもね。
- 糸井
- なんで植物がみずみずしく立ってるかみたいな話でさ、
そこんところこそが自分の生きてる意味なんで、
マーケティングなんかしたら、
立ち枯れになっちゃうというか‥‥。
今、生まれて初めて「立ち枯れになっちゃう」
って言葉を使った(笑)!
- 中島
- プワハハハハハ。
- 糸井
- 普段使う機会ないから(笑)。
マーケティングってさ、
市場に出したらこのぐらい動きました、
っていうのがデータになるんだけど、
売る前にそのデータは出ないわけで、
売り出してから短い単位ですくって
解析したものを使うんだよね。
それが最新といわれてるんだけど、
それって卑怯だよね(笑)。
予感も予言もできてないんだから、
総イメージを増やしてないわけだよ。
出たものを見ただけだから。
その意味で、1票ずつを集めて作るっていうのは、
イメージを増やしてますよ。それが価値を生むんだから。
すごいことだと思いますよ(笑)。
- 中島
- うん、はい、フフフフ。
- 糸井
- このアルバムで、「中島みゆき、中島みゆきを歌う」
みたいなことを思ったときに、「聴く」もあってね。
「中島みゆき、中島みゆきを聴く」。
最高だよね、それって。
- 中島
- そう、いろんな意見がいっぱいあるのは当然だけど、
「いいの、私が好きだから」
っていうことで終結しちゃうわけ。
- 糸井
- しかも「ワガママだな」って思うんじゃなくて、
「そうしてください」って思わせる力。
音叉みたいなものでさ、
中島みゆきって音叉をコーンとやって、
こっち側(聴き手側)が鳴っちゃうわけでしょ?
みんなの音叉を集めてもそうはならないんだよ。
いいね、そういう仕事は。
大変だけどね。
何年もかけて詞を作るって、俺も一回してみよう。
まったくそういうことしたことないの、俺は。
- 中島
- え、そうですか!
- 糸井
- 昔、こういうようなことをコンセプトとして思ったな、
っていうものを、時間が経ってから歌詞にした、
っていうのはあるよ。
前川清さんに歌ってもらった『初恋』は、
年取ってから誰かのことを好きになったら、
今までの恋は全部嘘で、
これが初恋だって思うんだなっていうことについて、
それを俺の言い分として作るみたいな歌は
ありうるなっていうことを、
ずいぶん昔に思ったことがあって。
それを年取って思い出したの。
若いときには作れなかった。
- 中島
- なるほど。
- 糸井
- そういうことが僕の一番作詞にかけた長い時間。
みゆきさんは、どこかに、倉庫があるの?
ノートがあるの?
- 中島
- ない。
- 糸井
- 教えて(笑)。
- 中島
- ん。ここ(頭を指す)。
- 糸井
- あぁー!
だから、できるのか。
- 中島
- うん。ノートに書いちゃうと、
多分そこで、どこか行っちゃうでしょ。
この(頭の)中でずーっと煮えたぎってれば、
そのうち、なんか煮詰まったものがポロッと出る。
- 糸井
- だから、曲と一緒のことも多いって言ったんだね。
- 中島
- うん。
- 糸井
- それはじゃあ、忘れてるのも、
ほどよく忘れてるってこと‥‥?
- 中島
- あい。
- 糸井
- で、さて仕上げる、
っていう時が来るじゃないですか。
それはワンコーラスとツーコーラスを
全部覚えてるわけにいかないじゃないですか。
改めて(一曲になるように)書くんですか。
- 中島
- ‥‥そうね、ないものは書かなきゃね。
- 糸井
- そのへんはもう張り付いてて見るしかわかんないね。
- 中島
- 時間かかるよ。
10年ぐらい張り付いてみる? フフフフフ。
「あと50年待って」みたいな。
- 糸井
- しかも、見えないものだらけなわけだから。
- 中島
- でも、誰でもあると思うけれども、
自分で忘れてたような、
子どものときに何か思った感情みたいなものが、
ある程度年食って、
「あ、この気持ち前にあった」って。
- 糸井
- うん、あるあるある。
- 中島
- ね? 今のことを思い出さなくても、
子どものとき思ったことが
ガーッと入ってきたりするでしょ?
- 糸井
- うんうん。
それがいっぱいある人というのは、
子どものときにいっぱい考えたんだろうね。感じたり。
大人になってからのものって、
機能してることが多いから。
「済んじゃった」とかさ。
- 中島
- 済んじゃうのねぇ~。
- 糸井
- うん。子どものときのものって「済まない」(笑)。
- 中島
- 済まない、済まない。
- 糸井
- そうか、中島みゆきの作り方は、
中島みゆきという
子どもを作るしかないんだね。
どんなに勉強させても、
それは後付けのものだから。
- 中島
- そうねぇ、方法論としてよく聞かれるんですけどね、
「どうやってあの曲書くんですか。
自分もああいう曲書きたい」って。
「50年前のとこから、同じことやりますから」
って言われても(笑)、
自分だけじゃなくて、
先祖代々のとこからのものもあるから、
「同じ先祖を持ちますか?」
ってところへ行かないとね。
恐竜まで遡れば同じ先祖を共有できるのよね。
- 糸井
- うんうん。石まで行く?(笑)
- 中島
- あ、石まで行ってみましょうか。ハハハハハ。
- 糸井
- 道筋が複雑な地図になってる、
そのすごい版ですからね。
「どうやって歩いて来たの?」の長さが。
でも、みゆきさん、そういうタイプの歌、
いっぱい作ってますよね。そのことを語る歌を。
- 中島
- うん、うん。
- 糸井
- 『進化樹』もそうだし。
- 中島
- うん。別にあのう、
そんなにいろんなこと、歌ってないんですよ。
何べんも何べんも同じこと言ってるんですよ。
(つづきます)
2020-02-13-THU
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『CONTRALTO』
2020年1月8日発売
定価:3,000円(本体価格)+税【収録曲】
1. 終(おわ)り初物(はつもの)
2. おはよう
3. ルチル(Rutile Quartz)
4. 歌うことが許されなければ
5. 齢(よわい)寿(ことぶき)天(そら)任(まか)せ
6. 観音橋(かんのんばし)
7. 自画像
8. タグ・ボート(Tug・Boat)
9. 離郷の歌
10. 進化樹
11. 終(おわ)り初物(はつもの)(TV-MIX)
12. 観音橋(かんのんばし)(TV-MIX)
全12曲
*TV-MIXはカラオケです中島みゆき 2020 ラスト・ツアー『結果オーライ』
夜会VOL.20「リトル・トーキョー」