元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
仕事の帰り、六本木のけやき坂に
イルミネーションがともる。
クリスマスの息子たちの願いはひとつ。
雪だ。
雪遊びしたいのではない。
彼らは、雪と一緒に来る「あるもの」をまっている。
信じれば、奇跡は起きるのだ、と。
クリスマスには普段かざりっけのない我が家にも、
気持ちばかりの電飾がカーテンレールにかかる。
パラパラと寄せ集めの雑貨を棚に飾る。
ほのかにクリスマスムードの我が家から自転車で5分。
実家の飾りつけは不自然なほど豪華で、
おまけに、押し入れのどこかから、
私の背丈ほどの大きなツリーが出てきて
リビングにどんと構える。
去年は、次男がツリーに登ろうとしたところ、
兄を巻き込みながら倒れ、
そのままオーナメントを投げ合う激戦が繰り広げられた。
ハロウィンが終わって
早々に引っ張り出された今年のツリーには、
枝先にそっとヤモリの人形が飾られていた。
祖母の悲鳴が聞こえ、兄弟はひどく怒られていた。
ふたりはツリーの下のポストに手紙を入れる。
エルフがピックアップしてサンタに届け、
プレゼントがやってくる。
プレゼントの箱は、ツリーの下がお決まりだ。
ツリーを置いたら足の踏み場もない我が家の代わりに、
祖父母宅に届くことになっている。
去年、次男から
「プラレール」と手本を書いてと頼まれた。
あとでこっそり手紙をのぞき見たら、
A4の紙に大きく
「プラレール とうきゅうでんえんとしせん」
と書かれていた。
長男はちょっとあざとく、
ゲームは誕生日にまわして、
図鑑や学習用品をリクエストする。
サンタの仲介者の祖父母の目をも意識した立ち回りだ。
問題は、サンタ直通ポストの前に立ちはだかる宿敵だ。
「Ho-Ho-Ho!! Merry Christmas!!」
にこやかな顔で決め台詞を叫び、
ジングルベルの音楽とともに
陽気に左右に腰を振るサンタの人形。
ポストに手紙を投函したいが、
物音に敏感に反応するダンシングサンタに
息子たちはおびえ逃げ惑う。
去年は、すこし目を離したすきに、
兄弟でタッグを組み、
兄が祖父愛用の孫の手でつついて
人形を部屋のすみによせたあと、
弟がサランラップの芯でたこ殴りにしていた。
君たちは、それでプレゼントがもらえると思うのか。
おわびのつもりか、
イヴの夜にはサンタ人形の足元には
クッキーとミルクがお供えしてあった。
プレゼント以上に、
彼らが心の底から待っているものがある。
雪と、クリスマスイブの夜、
遠くから汽笛を鳴らしてやってくるはずの
「ポーラー・エクスプレス」だ。
『ポーラー・エクスプレス』は、
2004年に公開されたフルCGアニメーション映画だ。
原作の絵本のタイトルは『急行・北極号』。
村上春樹氏の翻訳で知られる。
映画を最初に観たのは
上映から10年ほど過ぎてからだった。
電車好きな長男は当時、
新幹線が駅を通過する動画を延々と見ていた。
当然、私はあまり楽しめない。
親子で一緒に見られるものを探して、偶然見つけた。
タイトル通りの名前がついた
特別な汽車「ポーラー・エクスプレス」は、
クリスマスイヴの夜、選ばれた子どもたちを乗せ、
大急ぎで北極点、サンタのもとへと走り出す。
長男は最初、ストーリーより、
汽車が山道をジェットコースターのように走り、
凍った湖で脱線するスリリングなシーンにくぎ付けだった。
徐々に物語も理解し、一番のお気に入りのDVDとなった。
その熱は弟にも伝染し、クリスマスシーズンに限らず、
年中、擦り切れるほど見ている。
雪さえ降れば、クリスマスイブの夜、
ポーラー・エクスプレスがやってくる。
それなりに良い子だった僕たちには、
乗る資格があるはずだ。彼らはそう信じている。
ポケットにはもう乗車券だってあるのだ。
母のお手製だけれど。
長男の確信には、伏線がある。
次男が生まれる前に暮らした家で深夜、
突然、家全体が振動し、
大きな音と共に部屋に光が射したことがあった。
ついに来た!
大興奮で目を覚ました
小さな長男をつれて外に出てみると、
線路には、まばゆい光に包まれた、
ぼってりとしたフォルムの見たこともない
黄色い車両が、ものすごい轟音をあげながら、
ゆっくりと前進していた。
保線作業車両のマルチプルタイタンパー、
通称「マルタイ」が真夜中に稼働していたのだ。
春先の事でクリスマスとはまったく関係なかったのに、
長男の中ではマルタイとの出会いと
ポーラー・エクスプレスの物語が重なり、
「きっといつか」という気持ちを一層強くさせた。
「信じること」は
『ポーラー・エクスプレス』の物語の核だ。
主人公の少年は、サンタが本当にいるのか、
成長とともに信じられなくなっている。
トナカイのソリの鈴の音は、
心から信じる者にだけ聴こえるのだ。
最近、長男がツリーのオーナメントの鈴を振って、
「母さん、聴こえる?」と私に聞いた。
「なんにも聴こえないよ」と答えると、
両手を上に向け、
肩をすくめる欧米かぶれのポーズをとって、
やれやれとため息をついた。
「このDVDを見直して。
母さんにはなぜ鈴の音が聴こえないのかわかるよ。」
そしてまた、セリフまで暗記しかけている
『ポーラー・エクスプレス』を一緒に観た。
いまの兄弟の心配事は、
アパートの前の道が狭いこと。
汽車はすこし離れた大通りにくるかもしれない。
つい先日、クリスマスの夜は
音を決して聞き逃さないようにと、
息子たちから厳しい指示が入った。
昨年は、カーテンを開けると、念のためか、
白く曇った窓に「ここです」と、指で書かれていた。
子どもたちの真っ直ぐな「信じる」は、
世界を面白くする。
大人の私もクリスマスにワクワクするのは、
世界中に何かを「信じる」が
溢れるからなのかもしれない。
「信じる」がイルミネーションのように
世界を照らしてくれる。
11月に入ってもまだ暖かい今年。
クリスマスイブに、雪は降るだろうか。
降る、と信じてみよう。
イラスト:まりげ
2022-11-28-MON