元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
その日、息子たちは、
本当に夢と魔法の国を見つけた。
ちょうど1年前、
家族三人で東京ディズニーランドへ行った。
大人にとっても、しばし現実を忘れて楽しめる場所。
子どもたちが感じたのは、それ以上の「魔法」だった。
朝から電車に乗り、
JR京葉線のホームで特急わかしおに遭遇。
千葉の舞浜駅を降りると、
目の前をはしるディズニーリゾートラインのモノレール。
鉄道を愛する息子たちの興奮は
すでに最高潮に達していた。
パークチケット、要らなかったのかもしれない。
そのとき、遠くにポーッと蒸気機関車の汽笛がきこえた。
息子たちの顔色が変わった。
「いってらっしゃい!」
入口のクルーに声をかけられて、
彼らはいっせいに駆けだした。
夢の国の入り口は、
いわずと知れたパイレーツ・オブ・カリビアン。
次男は意気揚々だった。
なんといっても、映画でジャック・スパロウを見た日、
憧れのあまり目のまわりを
マジックで塗ってしまった男だ。
グイグイと中へ進むと、
景色はあっという間に夜空に変わる。
ボートで滝をくぐって坂をすべりおりると、
一気に大航海時代に飛びこんだ。
目の前をいき交う大砲、無数の海賊たちに囲まれて、
最初の威勢はどこへやら、
兄弟たちはかたまっておとなしくながめていた。
「そろそろ かえる じかんだっけ?」
次男がそうこぼした。時はまだ10時台。
どうやらショックのあまり
体内時計がおかしくなったようだ。
兄は「次はウエスタンリバー鉄道へ!」と駆けだし、
弟は引きずられるようについていった。
蒸気機関車が乗り場に到着すると、
兄弟はキャーっと歓声をあげ、
シュッシュと音をたてる車輪を
くいいるように見つめた。
出発の汽笛が鳴り、
陽気なアナウンスとともに楽しい鉄道旅が始まる。
舞台は西部開拓時代へ切り替わった。
そしてラスト、トンネルに入ると、
時空を超える旅がまっていた。
「今みたものは他の人には内緒ですよ」
とアナウンスがあり、
兄弟は無言で目をあわせて、ひとつうなづいた。
たび重なる昼夜逆転とタイムトラベルで、
次男は呆然としていた。
間髪をいれず隣のアトラクション、
ジャングルクルーズのボートに乗り込む。
動物たちが襲いかかってきたり、滝をくぐったり、
ジャングルの中を進んでいくと、
冒険の締めくくりはお決まりの船長のセリフ、
「3週間の旅は、いかがでしたか?」。
「そんなに たった?」と次男。
「まさか違うよね、学校だってあるもんね?」と長男。
息子たちはすっかり魔法にかけられていた。
彼らの勢いは、ディズニーの魔法で加速する。
スプラッシュ・マウンテンをすべり下り、
幽霊屋敷ホーンテッドマンションはスキップし、
飛び出すミッキーの映像につかみかかり、
ピーターパンとロンドンの夜景を見おろした。
船にのって世界旅行にでると、
イッツァスモールワールドを大熱唱だ。
ディズニーの魔法は胃袋にもおよんだ。
ポップコーン、チュロス、ターキーレッグ‥‥
目にはいったものをモリモリと食べながら、
前進しつづけた。
そしてついに、その日のメインイベントがきた。
「スターツアーズ」だ。
ディズニーランドの乗り物には身長制限がある。
しかし、ビックサンダーマウンテンや
スペースマウンテンは怖くて乗れない。
スリリングかつ安全なスターツアーズで、
身長制限解禁の第一歩を楽しみにしていたのだ。
スターツアーズは映画『スター・ウォーズ』の世界観で
楽しむアトラクションで、楽しい宇宙旅行の予定が
うっかり戦闘地域に紛れ込んでしまうストーリー。
座席にシートベルトで固定されると、
乗っている船全体が激しく揺れ、
3Dメガネで映像を楽しむ。
「地球に帰してください!」
開始早々、次男が叫んだ。
周りからドッと笑いが起きた。
爆笑の中心に自分がいることも気にせず、
次男は「もう地球に帰ります!」と懇願しつづけた。
楽しさよりも、恐怖心が勝ってしまったのだろう。
しかし、アテンド役の
C-3POもR2-D2も一向に応じない。
無情にも我々は宇宙から
あと数分間は帰ることができない。
となりの席から励ましつづける。
「やだぁカワイイ」と後ろの席の
女子学生たちがはやしたてた。
それを聞いた長男が、となりでかっこつけている。
違う、君のことじゃないし、そんな場合じゃない。
ビビリ兄弟にはスターツアーズも
まだ早かったかと思っていると、
長男がことさら声をはり上げて、
「大丈夫!兄ちゃんについてこい!」と叫んだ。
キャハハハと女子学生にウケる。
長男のしたり顔が光った。
結局、はじまってみれば
キャーキャーと宇宙旅行を満喫した兄弟だった。
魔法にきらめく息子たちの瞳は、
まっすぐ夢の国を楽しんでいた。
そんな彼らをみているうちに、
わたしの心にも昔かかった魔法がよみがえってきた。
ディズニーランドは、わたしが3歳の時に開園した。
以来、毎年家族で遊びにいった。
ある年は台風のなか強行し、
豪風雨の中、案の定わたしは家族とはぐれて
迷子センターに連れていかれた。
そして、絵本からとび出してきたような
カラフルで大きなペロペロキャンディをもらった。
合流した母に、さっそく「食べていい?」と聞くと、
「これアメのおもちゃなのよ。陶器でできているの」
と言った。
しばらくこの「陶器のアメ」は、
玄関先にかざってあった。
毎日毎日ながめては
「なんて美味しそうな置きものなんだろう」
と思っていた。
ある日、くいしん坊なわたしは、
陶器でもいい食べてみようと、
母の目を盗んで置きものをなめてみた。
甘かった。
「母さん! これアメだったよ!」
母はにっこりと笑って、
「それがディズニーの魔法なのよ」と言った。
迷子の子が無事に帰り、よい子になったころ、
陶器の置きものがアメになるという。
わたしは、この母の言葉をかなり長い間、信じていた。
あの日のわたしを見つめていた母を、今、追体験する。
あの日のわたしは、こんな風に夢の国を楽しみ、
魔法のキャンディをにぎりしめていたのか。
いつの間にか、40年前のわたしと、
今のわたしが重なりあった。
今日、わたしたち家族三人は間違いなく、
タイムトラベルし、世界中を冒険し、宇宙へと飛び立った。
「これってニセモノ?」と聞かれたら、こう答える。
「どう思う? でも、今日のことは秘密だよ」
もしかして、僕たちは本当に。
長男が目をまん丸く見ひらいて口びるをかみしめた。
ディズニーの魔法も、母の魔法も、偉大であった。
たのしい冒険旅にも終わりがある。
夢と魔法の国をあとにして、
帰り道、東京メトロ日比谷線のホームに着いた。
電車がホームに入ってくると、
彼らの瞳はもう一度かがやいた。
「70090型THライナーがきたよ! 夢みたい!」
うん、パークチケット、要らなかったのかもしれない。
イラスト:まりげ
2023-04-27-THU