なにもかもが
「これまで通り」ではいかなくなったこの1年。
演劇界でもさまざまな試行錯誤があり、
それはいまもなお続いています。
お芝居の現場にいる人たちは
この1年、どんなことを考えてきたのか、
そして、これからどうしていくのか。
まだまだなにかを言い切ることは難しい状況ですが、
「がんばれ、演劇」の思いを込めて、
素直にお話をうかがっていきます。

第1回目にご登場いただくのは、
俳優の八嶋智人さんです。
演劇を主に取材するライター中川實穗が
聞き手を務めます。

>八嶋 智人さんプロフィール

八嶋 智人(やしま のりと)

1970年生まれ。俳優。
1990年に劇団「カムカムミニキーナ」(主宰・松村武)の旗揚げに参加。
以来、ほとんどの劇団作品に出演している。
劇団の看板俳優としてはもちろん、映画、テレビドラマ、舞台、バラエティと多方面で活躍中。
現在、テレビは、NHK Eテレ「チョイス@病気になったとき」、BS朝日「百年名家」にレギュラー出演中。
舞台は、2月1日(月)から17日(水)まで東京・新橋演舞場にて、2月21日(日)~27日(土)まで大阪・南座にて、松竹『喜劇 お染与太郎珍道中』(作:小野田勇、演出:寺十吾)に出演。

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第3回 劇場へつづく、とてつもないストーリー。

――
新型コロナウイルスの影響で、
八嶋さんの生活も変わりましたか?
八嶋
そうですね。
でも、できるだけ
平常心でいたいと思っています。
平常心でいるためには、
「ちゃんと知る」ってことですよね。
――
ちゃんと知る。
八嶋
そういうことに関しては、僕はラッキーで、
うちの劇団の座長・松村武や僕の妻をはじめ、
なかなか冷静で情報の把握能力も高い人たちに
囲まれているので(笑)。
情報を提示されて、「そうなのか」と学んでいくことが、
日常化しているという部分はあるかもしれないです。
あとはやっぱり、正直、出かけてないから。
ここのところ、出かけているのは、
家、仕事場、稽古場、劇場くらい。
好きなものを絞っていかなきゃいけない今、
僕のプライオリティが高いのは「お芝居」なんでしょうね。
だからそういう行動がとれる。
そりゃ飲みに行ったりもしたいですよ。
――
そうですよね。
八嶋
でもそれは一番じゃなかったんだなっていう。
そしてそれがわかると、
少しずつ苛立ちも減りました。
出掛けられないストレスからくる
苛立ちみたいなものが減っていく。
だから、自分がなにが一番好きなのかを、
探ったり、模索したり、気づいたりするっていうことが、
落ち着く方法ってことなんですかね。

――
お芝居が一番、だったんですね。
あの、ものすごく「そもそも」の話なんですけど、
八嶋さんがそんなにお芝居が好きなのは
どうしてなんですか?
八嶋
‥‥知らない(笑)。
――
あ、知らない(笑)。
八嶋
もちろん後付けの理由みたいなことなら、
いっぱい言えますよ。
だけどまぁ、そんな後付けの理由なんて、
いまさら必要なのかな? って。
――
ああ、もはや。
八嶋
うん。
はじめたときの初心みたいなものに、
ちゃんとした理由なんてないですよね。
僕が劇団を始めたのなんて、
目立ちてぇとか、モテてぇとか、
とにかくたくさんの記憶に残りてぇとか、
そういういろんな、野心みたいなものがあって、
誰も呼んでくれないから自分たちでやってたわけです。
今はその頃よりは成長しているとは思うけど、
でもやっぱり、
お芝居は、ビジネスみたいなところとも関係なく、
やりたかったんだな、僕はっていう。
――
ああ~。今改めて。
八嶋
職業というよりかは、生業っていうかね。
その違いはなんとも説明できないですけど。
でも、「今はお芝居が一番だ」っていうことです。
――
個人的な話ですけど、こういう状況になって、
わたしは「なんで演劇なんだろう?」って
思うようになりました。
この半年は、劇場に「行ってしまう」という感じで、
その自分に「なんでなんだろう」って。
わたしは観る側で、八嶋さんは出る側ですが。
八嶋
でもまぁ、大昔から
「役者は3日やったら辞められねぇ」「一生辞められねぇ」
みたいなこと言うじゃないですか。
――
はい、はい。
八嶋
芝居をしていると、
どこかの蓋が「パッカーン」と開くような
気持ちよさがあるんです。
――
「パッカーン」ですか。
八嶋
そういうのを知っちゃってるし、
そういう日々をずーっと送ってきたわけです。
この「パッカーン」を味わってしまっているから、
僕は楽しくやっているんだと思います。
――
我々観客もその「パッカーン」に
触れたいのかもしれない。
日常では触れられないようなエネルギーだろうから。
八嶋
でも、そのエネルギーは、
ぼくらが舞台上から一方的に与えるものじゃなくて、
交感されるものだと思いますよ。
だから舞台に立つのってたいへんだし、
同時にお芝居っておもしろいなと思うんです。
これは座長の松村がよく言うことなんだけど、
うちの劇団の芝居は
「新幹線の車窓の風景」みたいなものだと。
新幹線の車窓の風景って、
ザーっと流れていくのをざっくり見ることもあるし、
「あ、なんだあの家?」みたいなこともあるでしょう?
――
ありますね。
八嶋
でもそのチョイスは、
一人ひとりが勝手にしているんですよね。
お芝居も同じで、
どこを観るのかは人それぞれ。
そこからなんか、テーマがあるだとかないだとか、
あの感情はどうだとか、あの人に思い入れがとか、
シンパシーを感じるとか、いろんなことが出てくる。
たぶん、お客さんの頭の中の作品は、
それぞれ一緒じゃないんですよね。
――
うんうんうん、そうですね。
八嶋
お客さんのそういう観ようとしているエネルギーと、
舞台上の僕らは、相対するわけです。
それが例えば100人‥‥
100人の劇場ってちっちゃい気がするでしょう?
だけどこれね、1対100ならまだらくですよ、
1対全体なら。
でも、「1対1」×100ってなると、
これ‥‥もう‥‥!!
そりゃ疲れますよ。
――
それは疲れますね!
八嶋
でも劇場は
そういうやりとりをしなきゃいけない場所だから、
だからおそらく神様は出る側の蓋を
開けてくれているのかなって感じ。
――
え、それはご褒美で?
八嶋
ははははは!
ご褒美っていうか、疲れないようにね。
――
そうか(笑)。脳内麻薬ですね。
八嶋
そうです、そうです。

――
お話を聞いていると、劇場に行きたくなります。
「なんでなんだろう」とは、今も思うんですけどね。
八嶋
これはご縁ですよね。
だって世の中には、
人のなにかを刺激するものは
いっぱいあるんですよ。
ライブっていうジャンルで考えると、
歌っていう人もいるだろうし、
ダンスの人もいるだろうし。
たまたま、それが演劇だったり。
――
そうですね。
八嶋
例えばまだ演劇を観たことのない人が、
「ほぼ日」を見ていて、
たまたまこの記事を読んで、
気になって、それで実際に劇場まで行く‥‥。
僕ね、人が実際に劇場に行くまでには、
とてつもないストーリーがあると
思っているんですよ。
――
とてつもないストーリー。
八嶋
それは僕が中学3年か、高校1年生の時に、
地元の奈良にいて、
人生で初めて自分で「チケットぴあ」っていうところに
電話をして、
初めてひとりで奈良から大阪まで電車に乗って行って、
初めて「泉の広場」っていうところをあがって、
初めていかがわしい風俗街を通り抜けて、
初めて劇場で整理番号をもらって、
初めて時間潰さなきゃいけなくて、
初めてひとりで「スタッフ」っていう喫茶店に入って、
初めてアイスカフェオーレというものを飲んで、
初めてガリガリの頃のいのうえひでのりさんを見て。
時間が来たから、初めて劇場に入ろうと思ったら、
初めて「靴を脱げ」って言われて、ビニールを渡されて。
で、初めて座席に座ったら、
初めて開演前に人が出てきて、
「はい、まだちょっとお客さんいらっしゃるんで、
ヨイショって言ったら詰めてください!」と言って、
「ヨイショ!」ってもうギューギュー詰めにされて。
で、舞台にはツギハギだらけの緞帳があって、
「南河内万歳一座」のそれが開く。
――
わあ~‥‥。
八嶋
そういうストーリー。
これはね、
「扇町ミュージアムスクエア」っていう劇場が
閉館するっていう時に、
なんか書いてくれと言われて、書いたことです。
いつの間にか、役者になってからすっかり、
お客さんと向き合うのは、
劇場の席に座った時からだと
思うようになっていました。
勝手に甘えていましたね。
本当は、とてつもないストーリーがあるんですよね。
俺が、靴を脱いで、ヨイショと詰めて座った時みたいに。
それで観たお芝居に、「パッカーン!」ってなって。
――
客席の八嶋さんも「パッカーン!」って?
八嶋
だから、僕はいま、こうしてここにいます。
――
そうですか!
八嶋
それもご縁だと思います。
だからもし「ほぼ日」を見て、
たまたまこのページを読んで、
「へ~、劇場ってそういうものなんだ」と思って、
足を運ぶっていうところまでいったら‥‥。
――
いったら、
八嶋
それはもう、仲間です。
――
仲間!
八嶋
もう、その仲間感みたいなものは、
やっぱりこのコロナ禍で余計に感じます。
やっているこっちも忘れがちなそれを、
思い出させてくれたっていうのはありますね。
お客さんも
すごい覚悟で来てくださってるんだなと思うし。
それは俺が初めて劇場に行った時とは、
レベルが違うかもしれない。
でも、そういろんな物語があって、
そこに座ってらっしゃるんだなっていうことを
感じられる場所です。

――
ああ、そろそろ八嶋さんはお稽古の時間だそうです。
『喜劇 お染与太郎珍道中』ですよね。
渡辺えりさんとのタッグが楽しみです。
八嶋
すでに稽古がめちゃめちゃ楽しいですよ。
えりさんはじめ諸先輩方は、
1球投げたら10球、20球返ってきますからね(笑)。
さらにそれを演出の寺十吾さんが
テンポや間合いでおかしくしてくださって。
――
渡辺えりさんとは
制作発表会見でも仲良く喧嘩されていましたね(笑)。
八嶋
そう、もう日常から喜劇状態(笑)。
――
今日はいろいろ聞かせていただいて
ありがとうございました。

(おわりです。読んでいただきありがとうございました。)

2021-02-11-THU

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  • 八嶋さんが渡辺えりさんと主演する舞台
    『喜劇 お染与太郎珍道中』は
    2021年2月1日から2月27日まで上演中です。

    演劇」を「劇場」を知ってもらうために しつこく、ブレずに、くりかえす。