みなさま、おひさしぶりです。
2000年(まだ20世紀!)に始まった
「新宿二丁目のほがらかな人々。」。
連載の3シリーズ目「ゴージャスって何よ?」から
2015年の68シリーズ目「結婚って言われても。」まで、
ジョージさん、つねさん、ノリスケさんの3人で、
ほがらかなトークをお届けしてきました。
その後、ジョージさんとは「ほぼ日」で
いろんなお仕事をご一緒してきましたけれど、
最近はめっきり3人での登場がなく、
「どうしているかなぁ」なんて思ってくださったかたも
いらっしゃるかもしれません。
また、あのトークが聞きたいな、と、
「ほぼ日」も思っていたのですけれど、
残念なおしらせをしなければいけなくなりました。
2020年4月23日、木曜日の朝、
ジョージさんのパートナーであるつねさんが、
亡くなりました。
56歳でした。
そのときのこと、そしてつねさんのことを、
この場所でちゃんとおしらせしたいと、
ずっとそばにいたジョージさんが、
文章でお伝えすることになりました。

イラストレーションは、ジョージさん、つねさんと
とても親しかったイラストレーターの
おおたうにさんが担当してくださいました。

なお、「ほぼ日」には、これまでの、
アーカイブも、たーーーーっぷり、残っています。
ほがらかにおしゃべりする3人に、
いつでも、ここで会えますよ。

文=ジョージ
イラストレーション=おおたうに

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その7 後悔。

彼と一緒に住んだこの町は、
個性的で気軽で
おいしいお店がたくさんある町です。
銀座や新宿、赤坂のような、
ボクが仕事で行く街で訪れる店は、
大抵ひとりで行ってたのしむけれど、
わが町のお店には、大抵、ふたりで行っていました。
おそらく「よく食べ、よく笑う兄弟」として
ボクらの町でボクらは有名だったに違いない。

彼をなくして10日ほど経ち、
気持ちが徐々に落ち着いて、
自炊ばかりじゃ食欲も湧いてこないからと町に出ました。
彼が一番好きだったものを食べに行こうと
ある店に入ると、お店の人がグラスをふたつ用意して、
いつものお気に入りのテーブルに来ました。
ごめん、今日はひとりなんだ‥‥、
と言うと「弟さんはお仕事なの?」。

時節柄、お店は暇で客はボクだけ。
だからそっとお店の人に
「実は彼、死んじゃってね。
10日ほど前に脳内出血で突然死だったんです」
と、そっと呟きました。
お店の人はびっくりしながらこう続けます。

糖尿病だったんでしょう?
いつも注射をしてたものね。
最近、ちょっとつらいのかなぁって思ってました。
顔色も良くなかったし、
食べる速度も随分、ゆっくりになってたものね。
それに足を引きずりはじめて、
良くないのかなぁと思ってたの。
‥‥、と。

他の人にはそういうふうに見えてたんだ。

彼はボクには決してつらいとか痛いとかって、
言わなかった。
ただ、たまにふさぎ込むようなことがあって、
どうしたの‥‥、って聞くと、
今、取り掛かっている絵のコトを考えてるんだと。
実は今年の秋に、
彼の知り合いのクリエーターたちと
展覧会を開こうということになっていました。

カフェを借りて、おいしいコーヒーと
ゴキゲンな絵をテーマにしようと、
それの準備をたのしそうにやっていたから、
なるほど、それで絵の構想が
決まらないんだなと思い込んでいました。

彼が逝って数日経って、
ボクは気分転換しなくちゃと部屋の窓を大きく開け放ち、
部屋の掃除を徹底的にしました。
彼がよく座っていたソファの下に手を突っ込むと、
布切れのようなものがぎっしり。
引っ張り出すとそれは包帯でした。

足を引きずっていたのは知っていました。
足取り重たく、ちょっと歩いては立ち止まって、
息を整えるような仕草をしていました。
でもそこまで足が悪かったのは気づかなかった。
糖尿病のせいでしょう。
ボクの親戚に重度の糖尿病で、
晩年を車椅子で送った人がいるんだよ、
ぼんやりしてたらそんなことになっちゃうんだよって、
脅すように彼に言ったことがあります。
そのとき、彼は何も言わず、
さみしそうな顔でボクの方を見ました。
それから、ボクはそれ以上、
彼に何も言えなくなってしまいました。

もっと強く、
彼に病院に行くことを勧めていればよかった。
そう後悔すると同時に、
病院に行ったとしても
その結果を正直にボクに彼は伝えただろうか、
心配させないように
何も言わなかったかもしれないとも思います。

それにしても‥‥。
彼が足の包帯を替えているところを
ボクは一度も見たことがありません。
ソファの下に押し込まれた包帯を見れば、
かなり頻繁に交換しなくちゃいけなかったとわかります。
でもその気配を感じることもなかった。

隠れて交換してたんだなぁ‥‥。
ボクにわからないよう、
ボクが寝ていたときだとか、
仕事で外出していたときに。

一緒に住んでいるからといって、
彼のすべてを知っていたわけじゃなかったんだと、
そんな当たり前のことを、
彼が死んではじめて気づきました。

さて、その日ボクが食べに行った彼の好物は、
かつ丼でした。
とんかつの店のかつ丼じゃなく、蕎麦屋のかつ丼。
揚げおきのパン粉の衣が出汁をすいこみ
ちょっとへなへなになってしまった情けないかつ丼が
ボクも彼も大好きで、
その店に行ったら必ず頼んで、分け合い食べました。
ボクは半熟の玉子が苦手で、
だから必ず玉子を固めに仕上げてね‥‥、と言う。
最近では、わざわざそう言わなくても
玉子を固めにしてくれていました。
その日のそれも固めの玉子。
出汁を吸って、小さな穴が無数にあいて仕上がる
かつ丼を食べつつ、
果たして彼はこのかつ丼で満足していたんだろうか、
と、ふと思います。

だって、すき焼きを食べるときには
生の玉子をたっぷりくぐらせ食べる彼です。
夜中にお腹が空いたといっては、
卵かけご飯を食べたりもする彼です。
ならば半熟卵のかつ丼のほうが
本当は好きだったんじゃないのか‥‥、
と、今となっては永遠の謎です。

しあわせな恋愛とは、
相手のことをすべてわかっている、と思い込めること。
今になって、すべてを知っていたわけじゃ
なかったのかも‥‥、と思ってしまいます。

家でふたりでいるときは、テレビをつけたまま、
ボクはたいていノートパソコンを開き、
文章を書いたり情報収集をしたりしていました。

3ヶ月ほど前だったかなぁ‥‥。
珍しくノートパソコンを閉じたままで
ぼんやりテレビを見ていたら
隣に座った彼が手をのばしてボクの手を握ってきました。

手を握るのはひさしぶり。
あったかいなぁ‥‥、と思いながら
しばらく強く彼の手を握っていました。

でも彼は手を握り合いたいだけじゃなくって、
そのときなにか言って欲しかったのかもしれません。
なにかボクに相談したかったのかもしれない。
それは、そう思いたい気持ちゆえの、
勝手な思い違いだろうと思うのだろうけど、
どんどん後悔が深まっていきます。

30代の後半。
ボクは友人から
生き急いでいるように見える、
と言われたことがあります。
仕事をバリバリこなしていた頃です。
やろうと思ったことは必ずやったし、
決意と情熱をもって向かえば必ずできた。
運に恵まれていたんでしょう。
ただあまりにすべてがうまく行き過ぎると、
不思議なことに気持ちが空虚になっていく。
この仕事が終われば、もういいかなぁ‥‥、
と思うようになり、
それでもその仕事が終わると新しい仕事を思いつき、
これが終わるまではやってみようかと、
しばらくそれに没頭する。

終わりどころを見つけるために生きている、
そんなボクの内面をその友人に見透かされ、
びっくりしたのを今でも覚えています。

部屋を買わず法外な家賃を払って
わざわざ賃貸住宅に住んでいました。
家財道具は最小限で、
いっそ、ホテル暮らしをはじめるか‥‥、
って思っていたほど。
仕事における人との関わりは広がったけれど、
個人的な人のつながりは意識的に避け、
いつでも消えてなくなれるように生きていました。

ボクはボクを残したくなかったのです。
なぜそんなふうに思ったのかは
今の自分にはわからないけど、
とにかく当時はボクの仕事が残ればよし、
ボクは風のようにどこにいなくなってしまって、
みんなに忘れられるような人生を送りたい‥‥、
なんて思って生きていたのです。

そんなときに出会ったのが彼でした。
そもそも誰かと付き合ってみたいと
思うようになった理由のひとつが、
生きるに値するなにかを、誰かとつきあうことで
見つけることができるんじゃないかと思ったから。

そして出会った彼の、興味深くて魅力的なこと。
まるで違った境遇で、違ったように生きてきて、
なのにどこかなつかしく、
彼がすること、考えること、
すべてをボクのものにしようと努力しました。
彼は彼でボクのすること、考えること、
生きてきたこと、してきたことに
耳をかたむけ目を凝らし、
ボクらは互いの記憶の中で
ずっと生きていけるのならば‥‥と、
思うようになったのでした。

それまでのどんな運も、
彼に出会ったという運に比べれば
塵のようなものでした。

気持ちが張っているのでしょう、
でも気を抜いてしまうと
体がグニャッと潰れてしまいそうになります。
彼という存在がボクを満たして、
パンパンに膨らませてくれていたんでしょう。
今、彼がいなくなって
ボクは空気の抜けた空気人形みたいなものです。
それを一生懸命、自分の気合で膨らませています。

明けない夜はないと言うけれど、
彼を亡くしてしばらくの間、
明けない夜がくればいいのに、
このままずっと眠ったままなら、
彼がいないということを知らずにすむのにって、
そんなことすら思いました。
眠れないことはありません。
寝付けないなぁ‥‥、
と思っても疲れ果てて気絶するように眠りに入ります。
けれど、朝起きるのがつらいです。

彼の顔を思い出そうとしても
どうにもこうにも思い出せません。
おそらく思い出してしまうと哀しくなって、
パニックに陥ってしまうからと、
頭のどこかが思い出さないようにしてくれてるんでしょう。

(つづきます)

2020-06-18-THU

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