言いたいことを伝える。人の意思や気持ちを受けとめる。
どちらも、ことばという道具が大切な役割をはたします。
谷川俊太郎さんのご自宅で収録した
ほぼ日の學校『谷川俊太郎「ことばの授業」』、
一部を読みものでご覧ください。
子どもにも大人にも、きっと伝わる正直なことばを。
谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)
詩人。
「朝のリレー」「二十億光年の孤独」 「いるか」
「みみをすます」「生きる」など、
数千篇におよぶ詩作品や、レオ・レオニ作『スイミー』、
スヌーピーでおなじみ「ピーナツブックス」シリーズ、
『マザー・グースのうた』などの翻訳、
そして、テレビアニメの「鉄腕アトム」主題歌や
「月火水木金土日のうた」などの作詞も手がける。
詩の朗読を中心とした
ライヴ活動も精力的に行なっている。
現代を代表する詩人のひとり。
-
谷川先生 高校中退の学生時代
- ──
- 谷川俊太郎さん、こんにちは。
- 谷川
- こんにちは。
- ──
- これから、ほぼ日の學校の
『谷川俊太郎「ことばの授業」』
をはじめさせていただきます。
- 谷川
- えっ、いきなり授業になってるわけ?
- ──
- よろしくお願いいたします(笑)。
- 谷川
- 俺、先生の資格ぜんぜんないよ、大丈夫?
中学校中退の人だから。
- ──
- 中学校中退ですか?
- 谷川
- 戦後の中学校中退だから、
今で言えば、高校中退です。
- ──
- 学校がお好きではなかったんですか?
- 谷川
- はい。
いつの頃からか、大嫌いになりましたね。
- ──
- 学校が嫌いになるきっかけは、何かあったんですか?
- 谷川
- やっぱりね、時代が時代だったんで。
ちょうどその頃、日本が戦争に負けて、
校舎はボロボロ、先生方はみんな生活難。
先生がガラスを集めて背負って帰ったりしてる。
じぶんちを直そうとして。 - そういう時代だから、
学校なんてあんまり意味がなかったね。
- ──
- 厳しかったんですよね。
その頃の学校は?
- 谷川
- そうでもなかった気がするけど、
俺は落第生だから、
厳しいと思わなかったのかもしれない。 - 英語の先生の発音なんてね、
今でも、ものまねできるぐらい酷かったし、
国語は漢文の先生が、
中国語みたいな日本語しゃべるし、
わけわかんなかった。
- ──
- そうなんですか。
- 谷川
- 楽しいかというと、そうでもない。
食べ物もろくになかったしね。
今の学生生活なんて、ほんとに羨ましいですよ。
洒落たカフェがあったりしてね。 - そもそも僕らの頃は、男女共学じゃないから、
女の人の顔も見られない。
僕はドロップアウトして、
定時制じゃないと卒業できないということで‥‥
昔で言う夜間部ね、
そこに入ったら、女の人がいるわけです。
感動しましたね。 - 男は自家用車で来るの。
商売用のオート三輪で学校に来て、
なんかすごく大人っぽくて、
「あいつ、もう子どもいるんだよ」とか噂になるわけ。
それはすごく勉強になった。
- ──
- 谷川俊太郎さんは子どもの頃、
成績が良くなかった、というわけでしょうか。
- 谷川
- はじめは良かったんですよ。
中学に上がる時の試験では、
ちゃんと一等賞とって主席だった。
だけど、どんどんどんどん下がっちゃって。 - ぼくが知りたいこととは別のものがいっぱいあった。
ぼくは数字に弱くて‥‥、
数学がダメ、物理がダメ、
記憶力が悪いから歴史がダメ。
ダメなものばっかりだった。 - でも、家にはけっこう本がいっぱいあった。
親父が学校の先生だったから。
だから、家にいて好きな本を読んでるだけで
十分だったんですよね。
優れた人間より、いい人間に。
- ──
- 読者から質問が届いています。
<読者からの質問>
二人の子どもがいます。
上の子が今年、小学校に上がります。
学ぶことが本格的に始まる年齢です。
親としてどのような心構えでいれば
よいと思いますか?
学校の教育だけでなく、
家庭の影響も大きいと思っています。
私は
「ママよりもっとできるようになって」
というメッセージを伝えていくと思います。
このメッセージは、
成⻑していく子どもにとって、
どう伝わっていくでしょうか?
- 谷川
- ママより何ができるようになってほしいのかな?
- ──
- 成績ですね。
- 谷川
- 学校の点数のこと?
親より優れた人間になって欲しい
というのはだいたい親の望みですよね。 - だけど、それは運任せだね。
勉強と言ったって、
小学校だと、何の勉強するかも、
まだ決まってないわけでしょ。
だから、励みようがないような気がする。 - 小学校ならやっぱり、ふつうに
「読み 書き そろばん」をやるのが、
いいんじゃないの? - 今は、そろばんないから「読み 書き iPad」。
- ──
- そうですね。
「読み 書き パソコン」ですね。
<谷川先生の答え>
子供が親より優れた人間になるかは
運任せだから
読み 書き iPad をやるほうがいい
- ──
- 谷川さんは子育てのときに、
「自分よりできる子になってほしい」
と思いましたか?
- 谷川
- 僕は「できる、できない」の基準がない人だから、
わからない。 - もちろん、成績が良かったら、うれしくはあるんです。
だからと言って、成績が悪くてがっかりする
ということは、なかったね。 - 「いい人間になって欲しい」という気持ちは、
どこか根底にあったんです。
でも、「優れた人間」「勉強ができる人間」
になってほしいとは、あまり思わなかったね。
- ──
- うんうん。
- 谷川
- だって僕の父親、
つまり、子ども達の祖父は、
大学の学長をしてた教育者だからね。
それを身近に見てるとさぁ‥‥
「教育なんて大したことないんだ」
と思っちゃうんだよね、人間的に。
- ──
- (笑)
- 谷川
- そりゃ知識はあるだろうけども、
「おまえさんの奥さんに対する態度は
それでいいのか?」
みたいなことを子ども心に思っちゃうわけ。 - だから僕は、
教育というのは、
ちゃんと「いい人間」になることが基本で、
成績が良かろうが悪かろうが、
どっちでもいいんじゃないかと思うけどね。 - 突き詰めていったら、
誰も「いい人」になれないもん。 - だからやっぱり「生まれつき」というのは、
けっこう大事だと思う。
- ──
- (笑)
‥‥そう言われたら、
元も子もないような気がしますけど。
- 谷川
- いや、
「生まれつきが大事だ」ということを元にして、
人間を教育していくのが基本なんじゃないの。
- ──
- わかりました。
- 谷川
- 「生まれつき」をまちがって捉えると、
変なことになっちゃうからね。 - 小学生ぐらいのときに、
先生は、その子の本来の性質を、
ある程度、見抜かないとマズいと思うよ。 - 生まれつき優れた子どもだけを集めた教育が
いま、あるわけでしょ。 - 昔は飛び級とかあったけど、
今は秀才の子どもを集めたエリート教育、
やっぱりやってると思う。
でもだいたい、人が人に
点つけるなんて無理なんだよね。
本を読むことと、国語の成績
- ──
- では、次の質問にまいります。
<読者からの質問>
次男の国語の成績がとても悪く、
何もアドバイスができません。
「出題者の気持ちになるんや」
ぐらいしか言えなくて困っています。
二人の子供がいて、
長男は国語が得意ですが、
次男は国語が苦手です。
二人とも小さい時から、
本を読み聞かせてきましたが、
むしろ次男の方が、
自分で読んでいる本の量も多く、
本が好きだと思います。
読書量と国語の成績は、
結びつかないのだろうかと、
とても不思議です。
- 谷川
- ぜんぜん不思議じゃないと思うけど。
親のほうが不思議。
- ──
- 本が好きなのに、
国語の成績が悪いのは、どうしてなんでしょう?
- 谷川
- 学校教育が間違ってるからですよ。
- ──
- 谷川さんは国語の成績は?
- 谷川
- 良かったですよ。
でも学校教育のおかげで、
国語の成績が良かったとは思ってない。
学校教育と関係のない、親の躾とか、
本を読んだとか、漫画読んだとか、
それで良かったんじゃないかな。
- ──
- 国語ってすごく不思議な教科だと
思うんですけれども。
- 谷川
- 「国語」って言うから、いけないんじゃない?
- ──
- えっ!
- 谷川
- 俺は一冊だけ教科書に関与したことがあるんだけど、
「にほんご」という題の本にしたの。
だから、まず「国語」をやめて「にほんご」から始めないと、
ちゃんとした教育はできないと思う。 - 何十年も前に「にほんご」を出して、
けっこう売れて、今でも重版されてるから、
読んでる人も多いとは思うんだけど、
でも絶対、文部科学省の検定で
使われる教科書にはならなかったね。 - せめて「国語」をやめて、
いつか「日本語」という名前の教科書が出るかなと
思ってますけど、ぜんぜん出ませんね。 - 文部科学省が考えてる教育と、
我々の普通に考える教育は、
ぜんぜん違うものなんじゃないかな。 - それは、いい暮らしをするためには、
いい大学に入って、いい会社に入って、
という考えが親のほうにもあって、
子どももそれに毒されてるから、
そうなっちゃうんじゃないかな。
- ──
- 谷川俊太郎さんの詩は教科書に載ってますね。
- 谷川
- いっぱい載ってますよ。
- ──
- テスト問題にも使われてると思いますが、
それについて、どう思われますか?
- 谷川
- いい宣伝になるから、うれしいです。
おかげで詩集が売れてると思うから、大歓迎。 - 間違った解釈をされたりもしてるけど、
それは自由なんですよ。
詩というのは、いろんな解釈があっていいから。
ただ、楽しんでもらえてるかなというのだけが心配。
詩は楽しんでもらわないと、面白くないからね。 - 国語のテストに、あなたの作品を使いました、
と連絡がくるから、自分でもやってみるんだけど、
絶対にいい点取れないんですよ。
やっぱり日本語の教科書ダメだなぁと思って、
そのことをイギリス人の友達の詩人に話して、
「テスト問題で点取れなかったんだよ」と言ったら、
その詩人は、
「俺も載ったことがある。0点だった」
って言うから、
「俺はちゃんと30点取ったぞ」
と言って威張ったんだけど。
- ──
- (笑)
- 谷川
- そんな感じですよ。
- ──
- じゃあ、成績のことは気にせず、
そのまま、本が好きでいてくださいと。
- 谷川
- 人間関係の中で、ちゃんと言葉が使えてるか
というのが大事だと思うよ。
自分の思ってることや考えてることを、
できるだけ簡潔に正確に伝えるのは大事だから。
それはむしろ、家庭の中での教育だと思うけどね。
- ──
- そうですね。
おっしゃる通りです。
ありがとうございました。
- 谷川
- どういたしまして。
<谷川先生の答え>
本が好きなのに国語の成績が悪いのは、
今の学校教育が間違っているから。
言葉を学ぶのは家庭の中での教育。- さいごに、谷川俊太郎さんが、
ほぼ日の學校のために書いてくださった
詩をご紹介します。 - 見えない学校
詩 谷川俊太郎
わたしは見えない学校です
見えるのはヒトの顔だけ
聞こえるのはヒトの声だけ
言葉であなたは
他のヒトに近づき教わり
知らない世界に親しみます
ひとつの問いに答えたら
答えからまた問いが生まれて
世界は広い 宇宙は深い
メディアが伝える情報は大事
本が教える知識は大事
人から学ぶ知恵はもっと大切
知らないことは面白い
無意味から意味は生まれる
なんでもいいから来てみれば