
「ななつ星 in 九州」など、多くの車両デザインを
手掛けてきた水戸岡鋭治さん。
人の目に見えるものは、もちろん、目に見えないものまで
すべてデザインしていると言われています。
どんな道を歩んだら、こうなるのでしょうか。
いままで語ってこなかった話を、
糸井重里がたくさん聞きました。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の
一部を読みものでご覧ください。
水戸岡鋭治(みとおかえいじ)
イラストレーター/デザイナー。
1947年岡山県出身。
1972年ドーンデザイン研究所を設立。
建築・鉄道車両・グラフィック・プロダクトなど
さまざまなジャンルのデザインを行う。
なかでもJR九州の駅舎、車両のデザインは、
鉄道ファンの枠を越え広く注目を集め、ブルネル賞、
毎日デザイン賞、菊池寛賞を受賞。
主なデザイン作品に、JR九州の新幹線800系、
クルーズトレイン「ななつ星in 九州」、特急車両の
885系、883系、787系、博多駅ビル「JR博多シティ」、
大阪駅「大阪ステーションシティ」、
和歌山電鐵「たま電車」、
肥薩おれんじ鉄道「おれんじ食堂」、
「大分銀行宗麟館」、
大分駅ビル「JRおおいたシティ」、
富士急行「富士山ビュー特急」、
しなの鉄道「軽井沢駅」、
東急電鉄「ザ・ロイヤルエクスプレス」、
岡山電気軌道「おかでんチャギントン」、
箱根観光船「クィーン芦ノ湖」などがある。
来夏就航のJR九州高速船の客船
「クィーンビートル」が進行中。
九州旅客鉄道株式会社デザイン顧問、
財団法人石橋財団理事。
著書に、『ぼくは「つばめ」のデザイナー』(講談社)、
『旅するデザイン』(小学館)、
『水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン』( 交通新聞社)、
『電車のデザイン』(中央公論新社)などがある。
-
デザインの力を自分のために使おう
- 水戸岡
- JR九州に出会うまでは、
マンションの完成予想図を描いたり、
百科事典のイラストで、
動物を描いたり、草を描いたり、
そういう仕事を散々やってたんです。
- 糸井
- つまり、「必要な」イラストレーションですよね。
- 水戸岡
- 絶対に必要な、
正確に描かなくちゃいけないイラストレーション。
- 糸井
- その意味では、
その時にはもう生活には困ってないわけですか。
- 水戸岡
- 一応、生活はできるというレベル。
でも、できあがったらなくなる仕事だから、
所詮この仕事は一生やる仕事じゃないなと思った。 - マンションが完売すると、
「水戸岡さんのおかげで完売しました」
と言われるんです。
私たちの描いた絵がリアリティがあって、
訴求効果があったから売れたんだなと。 - デザインの力はある。
でも、その力を人のために使ってるのは意味がない、
「自分のために使おう」と思うようになったんです。
つまり、自分のデザインのために、
自分で絵を描いてプレゼンした方がいいと。 - 方向転換して、自分で少し変えていって、
そこでちょうどタイミングが合って、
JR九州に出会うんですね。
- 糸井
- おいくつぐらいですか?
- 水戸岡
- JR九州の仕事が39歳ぐらいですから、
方向転換したのは38歳ぐらいです。
- 糸井
- あえて言えば、
遅咲きということになりますね。
- 水戸岡
- ぜんぜん遅いですよね。
- 糸井
- そこから「あいつに頼もう」
と言われる仕事に変わったわけですか。
- 水戸岡
- JR九州の仕事だって偶然ですからね。
- 糸井
- えっ、そうなんですか。
JR九州との出会い
- 水戸岡
- 福岡地所という、
いまのキャナルシティを作った九州の会社が、
博多湾の「海の中道」というところに
ホテルを作ってると。
そのポスターのイメージイラストが欲しいと、
担当の部長から電話がかかってきて、
僕はイラストレーターとして九州に行ったんです。
- そこで会った藤賢一さんという人が
すばらしいプロデューサーで、
博多のエースと言われていて、
慶応のラクビー部のキャプテンだった人で。
- 糸井
- すごいですね。
- 水戸岡
- 年上だと思ってましたけど、2つ年下でした。
彼が現場を見せてくれて、
僕は「うわ、すごいですね」と言って。 - でも、彼が言うには、博多ではみんな
「ここでホテル作るのは失敗する」と言ってると。
「水戸岡さんどう思う?」って訊かれて、
「僕は成功すると思う」と言ったんです。
博多湾があって、玄界灘があって、州があって、
「こんな美しいところで、失敗するわけないでしょ」
と調子いいこと言って。 - 「じゃあ、水戸岡さんは本当は何がしたいの?」
と訊かれて、
「デザインがしたいんです」と答えたら、
僕はイラストレーターとして行ってたんだけど、
「このホテルのデザインやれよ」と言われたんです。 - まだ建築しかできてないけど、
これからデザインが始まるから、
「お前やれ」って言うわけですよ。
はじめて会っていきなりですよ。
- 糸井
- (笑)
- 水戸岡
- 僕も調子いいから、
「やらせてください」と言って、
「やれやれ!」と言われて。
- 1年半後にホテルができて、大成功して、
その横に香椎線が走っていて、
ホテルのオープニングパーティーの時、
僕の隣の席に、
JR九州の石井社長が座ったんです。 - 石井さんと一言二言交わして、
「ぶさいくな電車走ってますね」と言っちゃったんです。
そしたら、仕事が来たんですよ。
「ちゃんとした電車を作ってよ」と。
- 糸井
- 嘘みたい!
- 水戸岡
- 嘘みたいでしょ。
そんなもんなんですよ、いい加減というか、
「人から人に送られてる」という感じ。 - さらに、石井さんから後輩の唐池さんにつながって、
JR九州の高速船、海飛ぶカブトムシ
「ビートル」を作ることになるんですよ。
- 糸井
- それぞれ(の仕事)で
いろいろな勉強はしてきたとは言え、
ホテルを作るためには、
水道とか、電気の配線とか、
自分の持ってない知識も必要になるわけで。
それを「やらせてください!」と言った時は、
水戸岡さん、どう思ってたんですか?
- 水戸岡
- 僕は「どの仕事にも専門家がいる」
というのを知ってますから。
- 糸井
- おお、いいなぁ。
- 水戸岡
- 専門家とちゃんと話をすれば、きっと分かると。
- 糸井
- また信じてるんですね。
- 水戸岡
- ぜんぶを覚えることはできないけど、
やりたいことがあれば、
「こうやりたいんだけど、どうする?」と質問して、
向こうから「こうしたら良くなるでしょ」と来て、
お互いキャッチボールしてるうちに、
なんとなく形がよくなってくるんです。 - 最高のものができるかどうかは分からないけど、
60点は取れる。
唐池さんに言わせれば「60点取れれば十分だ」と。
「世の中では60点を取れないんだからね」。
だから「人の力を借りたほうがいい」と。 - もちろん「想い」には自分が必要だけど、
力は人からもらえばいい。
想いがあって、これがしたい、あれがしたいと
言える人は少ないんだから。
完璧じゃなくていいけど、世界一をつくる
- 糸井
- 水戸岡さんは「やらせてください」と
平気で言えちゃうのがすごいですね。
- 水戸岡
- むちゃくちゃいい加減でしょ。
- サンデザインも、
イタリアの事務所もそうでしたけど、
トータルにデザインをやってるんです。
テキスタイルも、グラフィックも、
工業デザインも、建築も、ぜんぶ一緒にやってる。
「僕もこれがしたい」と、
高校生の時から思ってました。
※サンデザイン
水戸岡さんが高校卒業後、最初に就職した大阪のデザイン事務所。
- 糸井
- はあー。
- 水戸岡
- でも、学校教育は縦割りで、
グラフィックデザイン、工業デザイン、
テキスタイルデザイン、と分けられてしまってる。
そんなのでうまくいかないよねと、
ずっと思ってた。
- 糸井
- 最初に作ったホテルがうまくいって、
そこにたまたま鉄道が走ってて、
JR九州に「うちのデザインやんない?」って言われて。
急に「ななつ星」になるわけじゃないんですね。
- 水戸岡
- ずっとJR九州の電車をデザインしていて、
約25年経った時に「ななつ星」です。
いままで33年間やってるんですから。
- 糸井
- さまざまな電車をやってたんですね。
- 水戸岡
- JR九州の車両だけで60点。
- 糸井
- それはみんな知らないですね。
- 水戸岡
- 船も、バスも、ホテルも、駅舎も、
ぜんぶ入れたらものすごい数なんですよ。 - 僕は、最初ボタンだけ掛けたら、
あとはしたくないなというのがあって、
そうはいかないのでやってますけど、
世の中には、優秀な人がいっぱいいるんですよ。 - 優秀な人たちの「ここを活かしたら最高」という才能を、
金属はこの人、木はこの人、組子はこの人、
というふうに、職人さんたちをたくさん使って。
いろんな人の力を借りると、
ものすごくクオリティが上がって、
楽しくなっていくんです。
- 糸井
- 職人さんを見つけるのも、
急に見つかるわけじゃないですよね。
- 水戸岡
- 僕が探すわけじゃないんです。
「こういうのを作りたい」と言ってると、
伝播していくんですよ。
僕と打ち合わせしたいろんな人たちが、
ちゃんと探してくるんです。
「この人どう?」って。
- 糸井
- あー、そうか。
- 水戸岡
- 「大川組子の木下さんという職人がいるから」
ということで連れてきてもらって、
初めて会って。 - 木下さんが、
「組子を電車の内装に使うことは、
いままで考えたこともないし、
揺れた時に触ると壊れるから使えないですよ」
と言うんです。 - 僕は「壊れたら作り直せばいい」と言ったんです。
そしたら、ほっとしたらしくて、
「やります」と言って帰るわけですよ。
- 糸井
- 「壊れたら直せばいい」。
- 水戸岡
- ずーっと長持ちしなきゃいけないと、
みんな思ってるわけですよ。
そんなことするとコストも上がるし、
楽しいことはなくなるし、
みんなできなくなる。
でも「壊れてもいいんだ」と思えば、
楽しいことはいっぱいあるよと。 - 相手は「ルール」で来るから、
それをかわす手を使わないと、
日本の伝統的な技は一つも使えない。
- 糸井
- 「水も漏らさぬ計画」なんて、
最初から「ない」と思ってるわけですね。
- 水戸岡
- そんな計画はあり得ないですね。
水漏れだらけです、特に日本では。
- 糸井
- いまのような世知辛い世の中で、
「それがいいんだ」と
認めてくれるクライアントが必要。
- 水戸岡
- そうです。
唐池さんには、それが分かる。
彼でなければ「ななつ星」はできないです。
途中チェックしないんだから。
ぜんぶ僕らに任せて、
唯一「世界一を作ってね、水戸岡くん」
と最も大事なことだけ言って、
それ以外なにも要求ないですから。 - そういう発注をして、
できる寸前まで現場に来なかったんですよ、
唐池さんは一度も。
できあがってぜんぶ剥がした時に、
初めて立ち会うんですよね。 - そういう発注者はなかなかいないですよ。
その間ずっと我慢してるわけですから。
- 糸井
- こっちも信じてるけど、向こうも信じてくれてる。
- 水戸岡
- そう、信頼関係ですね。
信頼でつながるチーム
- 水戸岡
- JR九州の車両は、他と何が違う?と言ったら、
信頼関係が違う。
- 糸井
- ああー。
- 水戸岡
- デザイン力でも何でもなくて、
信頼の強さがこの形を生んでるんです。 - 信頼が強いと思い切ったことができる。
信頼されればされるほど、
人間は、すばらしいものを作る力を持つ。
信頼することが最も大事だけど、
最も難しい行為である、ということは確かです。
- 糸井
- その信頼は、
職人さんや、細部のデザインをする人にも。 - 水戸岡
ぜんぶに影響するんです。 - 唐池社長が「思い切ってやってくれ」と言ってるから、
それぞれが最高の技を発揮してねと。
お金もスケジュールもないけど、
みなさん情熱はあるから、
「世界一を作ろうね」って言うと、
みんな、がんばるんですよ
- 糸井
- ああー。
- 水戸岡
- 日本の優秀な職人には、
長い間培ってきたノウハウがいっぱいあって、
みんな100点のノウハウを持っている。
しかし、発注される仕事は50点以下。
80点90点を要求する人は、一人もいないです。
でも、唐池さんは職人に100点を要求しますから、
それは嬉々としてやる。 - 30年も蓄積したノウハウを活かして、
今度はやってやろうじゃないかと。
そしたら「お金」ではなくなる。
自分の生きてる証。 - 職人の技を表現する場所、ステージがここにある。
そのステージを作るのが、リーダーの資質。
見えないステージだけど、
クオリティ高いステージを作る力。
まさに“夢”というステージ。
唐池さんには、それを作る力があるんですよね。 - 僕みたいなデザイナーは、
日本中にいくらでもいるけど、
発注する人がいないんですよ。 - 唐池さんを褒めるわけじゃないけど、
唐池さんみたいな発注者は
日本中探してもめったにいない。
- 糸井
- 褒めたくないけど‥‥。
- 水戸岡
- 褒めたくないけど、ときどき褒めてしまう
という悲しさがありますよね(笑)。
水戸岡鋭治さんの授業のすべては、
「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。
「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
もしくはWEBサイトから。
月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。
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