30歳で会社を辞め、
まったく経験のないチョコレートの世界で起業。
カカオ豆からチョコレートをつくる
Bean to Barスタイルで立ち上げたブランド
「Minimal-Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」は、
チョコレートの世界大会で日本初の「ゴールド(金賞)」を
受賞しました。
そんな山下貴嗣さんは、
知らない世界でどう学んで、何を見てきたか。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の
一部を読みものでご覧ください。
山下貴嗣(やましたたかつぐ)
Minimal -Bean to Bar Chocolate- 代表。
カカオ豆の選定からチョコレート製造まで
一貫して手掛ける新しい製法である
「Bean to Bar」に感銘を受け、
クラフトチョコレートブランド
「Minimal – Bean to Bar Chocolate – (ミニマル)」
を設立。
渋谷区富ヶ谷や代々木上原に店舗を展開。
年間4か月強は赤道直下のカカオ農園に自ら足を運び、
100%フェアトレードでの買付と、
毎年農家と協働し品質改善に取り組む。
チョコレートの国際品評会で
日本初の部門別金賞など6年連続65賞の授賞実績や
WIRED Audi INNOVATION AWARDS 2017に選ばれる。
チョコレートづくりを通して、
カカオとチョコレートを取り巻く貧困問題の解決、
徹底したモノづくり追究、
ブランドのスケーラビリティの実現を目指し、
100年続く新しいチョコレート文化創りに奮闘中。
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Minimal-Bean to bar Chocolate- ホームページ
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チョコレートに第3の選択肢を。
僕達「ミニマル」は
チョコレートを作っているんですね。そんな「ミニマル」をスタートして、
今年で8年目になります。
その間、いろんな人に出会い、助けてもらいました。経営者としては
5年10年くらいの時間軸で見ていますが、
今、僕たちは
僕たちの事業を2100年とか2050年という
長い時間軸で捉えた時に、
「社会に対してどんな価値を提供できるか」
という視点で考えることを大事にしています。今までチョコレートは、
コンビニで100円、200円で買える
皆さんも大好きな「お菓子」と、
フランスなどのヨーロッパから来た
「高級ショコラ」のような
2つの選択肢がありました。僕たちは今、
ここに第3の選択肢を置けるように取り組んでいます。
カカオ豆の個性、農家の個性、
その土地の香り、みたいなものを
ダイレクトに作るチョコレートです。スペシャリティチョコレートというか
クラフトチョコレートというか
分かりませんけれども。お菓子と高級品のほかに、
「第3の選択肢」としての
チョコレートが文化になる。そんなことを思っていました。
ですが、「文化」とは皆さんの日常の中に
当たり前にあるものだと思います。
そういう存在になるには、
すごく時間のかかることなんだと、
恥ずかしながら7年かけて気づきました。
簡単に文化にはならないし、
簡単には当たり前の選択肢にならないんです。この気づきによって、
自分の中で、時間軸を伸ばした視点で
物事を考えられるようになっていきました。もっと長い時間軸であれば、
文化になるかもしれません。
自分がその流れの一部であれたら、
おもしろいし、うれしいなと思います。出会った人たちから学んだこと。
いろんな事業を通して、
「文化」になっていく過程に
どんな人たちが関わっていくのか。僕の場合は、
人と会う機会に恵まれていたので、
そのイメージを、リアルに持つことができました。2人お名前を出しますと、
1人目は「新政酒造」の8代目で、
秋田で日本酒を作られている佐藤祐輔さん。2人目は2021年で30周年を迎えた
軽井沢のスペシャリティコーヒーの名店
「丸山珈琲」の丸山健太郎さん。この2人が僕にとって
すごく大きな存在ですね。
「言葉」「学び」「生き様」
みたいなものをいただいたのが、
一番大きいと思います。業界としては近いのは
丸山さんですよね。チョコレートの現産物は
赤道直下の国々にあるカカオで、
僕たちは、新しいチョコレートのスタイルとして
豆の良さを引き出すことを行っています。コーヒーも同じです。
今から20年から25年くらい前、
コモディティのコーヒーしかなかったところに、
世界中でスペシャリティコーヒーがでてきます。丸山さんに関して、
ひとつ、かっこいいエピソードがあります。
僕が事業を立ち上げた時、
お店が始まる直前に来ていただいて
試作のチョコレートを食べていただきました。その際、まだ商品ではないのに
「全店で扱う」と言ってくださったのです。
これ、すごいことじゃないですか。丸山さん自身も、
自家焙煎からスペシャリティコーヒーを始めた時に
教えてくれる人が誰もいなくて、
自分でアメリカに行ったり、
さまざまな苦労を経験したりしました。「山下君も、これから誰もやっていない
“豆からチョコレートを作る”ことを
やろうとすると、最初はブームが来るかもしれない。
でもそこから先は長い暗いトンネルに入るだろう。世の中に新しい波が起こる時は、
必ずそれが繰り返される。コーヒーも、何回も繰り返して
今こういう時代になっている。
山下君も最初は上手くいくかもしないけど、
絶対に暗闇の中に入ると思う。でもその暗闇は、
まっすぐ進んでいったら
抜ける暗闇だから、信じて進みなさい。
それを僕は応援したい。」本人はここまでしっかりと言っていませんが、
僕はこういう意味だと受け取って
このような事をさらっとできる
丸山さんが、僕はすごくかっこいいなと
思いました。産地にこそ胎動や光がある。
経営者として、最初の1年から2年は、
お店を立ち上げたり、
自分自身が店に立って接客をしたりしていたので、
産地の買い付けは仲間に任せていました。ある時、丸山さんに
「山下君、
日本で経営することもすごく大事だけど、
産地に行きなさい」
とおっしゃっていただいて。じつは、丸山さんは、
1年で最高280日も
産地に買い付けに行かれているんです。
単純に計算すると、
渡航費だけで数千万、1億円近く
使っているんですよね。2016年か2017年に
丸山さんの買い付けに連れて行ってもらいました。自分自身はビジネス出身なので、
当然職人にリスペクトを持ちつつも、
売ることやマーケティングが
自分の役割だと思っていた部分がありました。でも、丸山さんの姿を見て、
「これは違うな」と思いましたね。物作りは、
「職人の技」と「素材」のかけ算だとした時、
「素材の原料をいかに生かすか」
が僕たちの仕事です。「素材」の部分を自分で見に行くこと、
「素材」で起きていることを知ること、
「素材」を進化させていくことに、
僕達が手掛ける第3のチョコレート
「クラフトチョコレート」の未来がある
と学びました。世の中で誰もやっていないことに進んでいく中で
手がかりとなる光は
どこにあるのかというと「産地」です。
「産地に胎動や光がある」ことを
丸山さんは伝えたかったのではないかと思います。そこから、毎年産地に行って、
買い付けを始めたんです。
現地の仲間が増えると、
徐々に滞在期間も長くなり、
今は年間4か月間行くようになりました。産地に行って知る「フェアトレード」のリアル。
買い付けの際、
僕は100%フェアトレードというか、
フェアトレード価格以上でカカオを買うんです。最低でも市場価格の2倍か3倍、
一番高い場合は13倍ぐらいで
買ったことがあります。
自分たち独自の品質の基準を置いていて、
その基準で農家の豆を評価し、
価格を決めています。チョコレートは、
実は今かなり需要が伸びてるんです。
今まで、ヨーロッパとアメリカだけで
70%くらい消費していましたが、
日本を含む東アジアや途上国も
どんどんチョコレートの需要が伸びていくので、
市場がずっと伸びている状態です。需要が伸びているので、
実体経済と結びついていれば
価格はずっと上がっていくはずですが、
実際はそうでもありません。カカオ農家では、
222万人以上の12歳から15歳ぐらいの子どもたちが
学校に行かずに働いてる、
児童の強制労働などの現実があり、
SDGsや貧困の話の中によく出てきます。やっぱりそういう世界なんです。
基本的に「フェアトレードで買う」ことが
まだメジャーではありません。農家はジャングルなどに住んでいて、
裕福な暮らしをしていません。僕は、農家とのエピソードで
2つ忘れられない話があります。1つは、
インドネシアのパプア州での話です。日本からダイレクトにパプア州に行けたらいいのですが、
一度ジャカルタを経由してから行かなければならないので、
全部含めて約24時間かかります。
「ジャヤプラ」という空港に降りて、
そこから車に何時間か乗って向かいます。そこが、2014年に創業した時から
毎年行っている場所です。最初、フェアトレードで買うことを
そんなに大層なことだと思ってはいませんでしたが、
自分の中で「いいことやってるな」という
「おごり」のようなものはあったかもしれません。「俺、ちゃんといいことやってるし、
しっかりした値段を払うから、
みんな売ってくれるんじゃないの」
と思っていたんです。でも当時、売値の2倍から3倍の値段を提示しても
売ってもらえなかったんですよ。なぜかというと、
チョコレート産業は
ロンドンやニューヨークの市場
で価格が決まってしまうので、
「量を売ることが収入を得ること」になります。たとえば、1ヘクタールで
平均1トンぐらい採れるんですけど、
1kgが2ドルだと
2000ドルの収入です。収入を増やそうと思うと、
もう1ヘクタール分作らないといけない。
これで4000ドルです。薄利なので、
2倍の面積分作れるほど
人を雇えませんから、
西アフリカでは、息子などに
働かせることが現実で起きています。極端な話、
いいものを作ろうが、悪いものを作ろうが
2000ドルで売れてしまうんです。彼らには「質」という概念が
ほとんどありません。
30年から40年、もっというと60年、
おじいちゃんの代からカカオを
作ってきた農家からすると、
「量を作る」というのが常識の世界です。僕が「始めたばかりなので量は買えませんが、
3倍の値段で1トン買います」
と意気揚々として言っても、「いやいや、いいよ」と。
「3分の1の値段で
100トン分作っているから、
100トン売った方が儲かる」
と返されます。要は面倒くさいんですよね。
僕は3倍の値段を提示する分、
「発酵を変えてくれ」とか
いろんな事を要求するので。「だったらお前100トン買ってくれよ」、
「せめて10トンは買えよ」みたいな
そういう世界なわけです。これって、実際に行ってみないと
わからないことですよね。僕は、パプア人がやっている農家の組合
「コーポラティブ」から豆を買いたくて。
ある村に行った時、
僕は意気揚々と
「この品質なら3倍の値段を払いますよ」
と話していました。みんな飛びついて来るかな、
と思っていましたが、
量を買えない僕に売ってくれたのは、
30農家中一軒、サロモンさんだけでした。これは結構ショックを受けましたね。
カカオ農家の貧困問題やフェアトレードの話は
教科書で読んだことあるので、
「自分はいいことをやっているのではないか」
みたいな気持ちがありましたから。でもあの時出会ったサロモンさんとの取引は、
いまだに続いています。
そこから、毎年彼に会いに行く生活が
始まっていきました。教科書には載ってない「現実の幸せ」。
自分たちが多くの量を買えるようになっても、
なかなかみんなが売ってくれない現実は続きました。僕としては「ふざけんな」と。
「安い金額で買い叩いている世の中は間違っている」
と、変な正義感もありました。
肩にめちゃくちゃ力が入っていましたね。でも、ある日、
サロモンさんの家にいた時に
僕にカカオを売ってくれない農家の人たちが
ふらっと家の中に入ってきました。なんだかうれしそうな顔をしていたので、
「最近どう?」と僕が聞くと、
「最高だよ」と返してきました。パプア州はインフラが整っていなかったのですが、
ちょうどその頃
大手が買いに来ているタイミングだったそうで、
「作ったら作った分売れる」
バブリーな状況になっているようでした。彼は、すごくうれしそうな顔で
「朝から晩まで働くけど、
たくさん作れば作った分売れるし、
その分収入が手に入るから
こんなに幸せなことはない」
と言いました。その時、頭をハンマーで
ガーンと殴られたような感じがしたんです。僕は心のどこかで、
「そんなに安く買い叩かれるなんて、
良くないこと」だと思っていました。
でも彼は
「収入が増えるのはうれしいこと」だと
一点の曇りもなく言うわけです。それが僕にとって最初のショックでした。
「そうか、俺の自己満足なんだな」と。産業構造の中にきちんと仕組みがあるならば、
まずはその基準を満たさなければならない。
そのうえで新しいことを提示していかないと
意味がないと知ります。その時、なぜサロモンさんは
僕に売ってくれているのか、
と考えるようになりました。2倍3倍支払っていましたが、
サロモンさんもたくさん作って売った方が
儲かるのではないかと不安に思ったのです。その夜に、たまたまサロモンさんと
2人で話す時があったので、
「なぜ僕に売ってくれているのか」を
聞いてみました。今思うと、ビジネスパートナーに
こんなことをたずねるのはダメですよね。
ただ、その返答が
自分がビジネスをやっていく中で
忘れられない思い出のひとつになりました。彼は、こう言ったんです。
「タカ(山下さん)、
確かにみんな朝から晩まで働いて
たくさん量を作ったら売って
それで儲かってるのは事実だ」「だが、僕はカカオのことを
30年40年続けてきたが、
タカたちが初めて
自分たちのカカオからできた
チョコレートを食べさせてくれた」と。サロモンさんは、
おじいさんの代から40年くらい続けていて、
村のリーダーに選ばれたり、
国のプログラムに参加したりする
優秀なカカオ農家です。でもパプア州では当然チョコレートは売っていますが、
自分の豆で作ったチョコレートを
食べたことがない人が多いのが現実です。僕らは、食べてもらうことから始めます。
なぜかというと、
自分の農家で作った豆が
どんな味がするのかを知らないと、
質を高めていくことができないからです。「初めて自分たちの豆が
どのような味なのかを教えてくれたし、
どうすれば美味しくなるかを
一緒に考えてくれたり、教えてくれたりした」「だから俺はお前らを気に入った」
と言ってもらえました。その後、
「朝は日が昇ったら起きるし
日が沈んだら寝る生活を
何十年もしてきた」と続けました。田舎なので、電気もそんなに
通っていません。
量を作って、朝から晩まで激しく働くことは
収入を増やすことにつながりますが、サロモンさんは
「子供や孫には、
汗水たらして朝から晩まで働く生活ではなくて
自分たちが今までやってきたように、
朝は日が昇ったら起きて
日が沈んだら寝るという
豊かな生活を残してあげたいとずっと思っていた」
と話しました。「農家を継がせるかどうかを迷ってたんだけど、
質を高めていくことで、
生活を守りながら
収入を向上させることができるかもしれない手段を
君たちが初めて教えてくれた」「だからタカ、
俺はお前とやるんだ」
と言ってもらえたんです。そこから買い付けのスタンスが
変わりました。やっぱり、いい豆や貴重な品種を
なんとかお金を払って買いたい、
と思って気を引き締めていきます。でも量を買えないので、
僕らに売ってもらえないことが沢山ありました。
その度「あ、違うな」と思うんです。僕たちは、
豆が今どうこうとかではなくて、
未来の新しい価値を作りに行っている。
今の豆がいいとか、
今の基準でいいとか悪いとか、
どうでもいいと。僕達が新しく
「第3のクラフトチョコレート」を作る時に、
「いい豆」の定義を農家と一緒に作ればいいんだ。
と思ったんですよね。だからこそ僕は、
「農家に会いに行かないといけない」
と思ったんです。
山下貴嗣さんの授業のすべては、
「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。
「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
もしくはWEBサイトから。
月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。