じぶんらしい文章ってなんだろう。
吉本ばななさんが、
会場の4人の作文を読んでアドバイスをはじめる。
ほんの少しの改行や語尾のこと‥‥
ほとんど手を入れてないのに、大きな変化が見えてくる。
あたりまえの1日を10年後の宝にするために。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業
一部を読みものでご覧ください。

>吉本ばななさんプロフィール

吉本ばなな(よしもとばなな)

小説家。
1964年、東京生まれ。 日本大学藝術学部文芸学科卒業。
87年『キッチン』で
第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。
88年『ムーンライト・シャドウ』で
第16回泉鏡花文学賞、
89年『キッチン』 『うたかた/サンクチュアリ』で
第39回芸術選奨文部大臣新人賞、
同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、
95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、
2000年『不倫と南米』で
第10回ドゥマゴ文学賞 (安野光雅・選)を受賞。
著作は30か国以上で翻訳出版されており、
イタリアで93年スカンノ賞、
96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、
99年マスケラダルジェント賞、
2011年カプリ賞を受賞している。
近著に『ミトンとふびん』、
『私と街たち(ほぼ自伝)』がある。
noteにて配信中のメルマガ
「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

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  • 偶然発掘された「電話連絡ノート」

    みなさんよろしくお願いいたします。
    今回のテーマは「私の2021年3月31日」です。

    これを考えたきっかけは、
    コロナ禍でひまがあって、
    事務所を整理していたときに出てきた
    「電話連絡ノート」というもので、
    私は見たことがないノートだったんです。

    スタッフたちが書いて、
    あとで私に伝えるためのメモ帳で、
    一冊だけ1992年のものが発掘されたんです。
    書いた本人たちは、私に見せるつもりがないから、
    いろいろなことがめちゃくちゃ書いてあって、
    それがおかしくておかしくて。

    そのノートには、
    「糸井さんTELあり」
    「キョンキョンの朗読CD作る」
    「まほちゃんは何もしなくていいから」とか、
    そういう言葉がメモしてあるんですね。
    たぶん糸井さんが、そういうCDを作りたいと
    おっしゃったんだと思うんですよ。

    このメモを書いたスタッフは、
    イタリアにお嫁に行って、いまは近くにはいないけど、
    まだ付き合いがあって。
    もう一人、いまも友達で身近にいるスタッフもいます。

    何と言ったらいいのか‥‥
    時の流れも感じましたし、
    その時にしか書けないということを、
    ノートを見てしみじみと思って、
    ちょっと感動してしまいました。

    このメモを書いた人たちも、もう憶えていないし、
    私はそもそも知らなかったし、
    そんなノートが後から出てきたことの驚きと喜び。

    私が書いたものは仕事だから残りがちで、
    なんとかして探し出せるんです。
    だけど、この人たちの人生の中で、
    このメモを書いたことは、
    いま気づかなければ、どこにも残ってなかったもので、
    そのことを、いいなぁと思ったんです。

     

    何でもない1日を書く意味

    この1992年のノートを見てみると、
    この中でいまも付き合いのある人は
    5人ぐらいしかいなくて、
    しかも、頻繁に会っている人となると、
    3人ぐらいしかいない。

    ということは、
    たとえ、いま自分が人間関係で悩んでいたり、
    育児などで悩んでいても、何十年も経てば、
    まわりの人は、ほとんど誰もいなくなっちゃう。

    もちろん、そのまま残った人もいて、
    それは素晴らしいことだけど、
    「そうか、誰もいなくなっちゃうんだ」と思ったら、
    何か書いておくことはとても大事なことだ
    と思ったんです。

    それが今回みなさんに、
    「何でもない一日」を書いてもらいたいな
    と思った一番の理由でした。

    いまはコロナ禍で、みんな自粛して、
    生活のことを見直して、
    これからどうなっていくのか誰にもわからない、
    すごくめずらしいときなので、
    そういう意味で、いまこの時期に書く
    というのもいいなと思いました。
    4月1日にすると、
    ちょっとエイプリルフールが入っちゃうかなと思って、
    年度が変わる直前の、気持ちがキュッとなる時期、
    「なんでもない日」でも、
    ちょっと印象深く覚えていることがあるかなと思って
    3月31日にしてみました。

     

    一度本気で文章を書いてみよう。

    プロの物書きになる以外の人が、
    みんなの前に文章を見せられて、
    直されたりするこの講座ですが、
    そんな屈辱を浴びながら、がんばる必要があるの?
    ということについて、私が思ったのは、
    10年間やっていたフラのことでした。

    取材で3年ぐらいで終わるはずだったのに、
    なぜかフラを10年も習い続けた。
    死に物狂いで習いに行っていて、
    はたして意味があったのか?
    と考えたときに、
    やっぱり意味はあったなと思えたんです。

    私は人前に出ることにぜんぜん向いていないのに、
    外国のよくわからない場所に行ったときに、
    例えば、オペラ座を見上げるようなところで
    ひとりで立って、
    「訳しやすい話し方で20分話してください」
    みたいに、当日言われる場面がよくあるんです。

    そんなときにいつも、
    やっぱりフラをやっといてよかったなと思うんです。

    私は踊りが得意じゃないんですよ。
    人に見せるほどには。
    私の先生は、
    元「サンディー&ザ・サンセッツ」の
    ボーカルのサンディーさんで、
    元々ハワイの人で、歌手をやりながら、
    ハワイでフラを教えている人です。
    小さい頃から見てきたサンディーの前で、
    「じゃあ、踊ってみて」と言われて踊るのが
    どんなに緊張することか。

    それに比べたら、
    自分の得意なことで人前に立つなんて何でもない、
    と思えるようになった。
    メンタル的な変化以上に、
    まず人前に出るときの構えを完全に教えてもらえて、
    フラをやっといてよかったなぁとすごく思ったんです。

    だから、みなさんも一度、
    本気で文章を書いたり直したりする経験をすると、
    ものすごく自信がつくと思います。

    いつも文字を書いているわけじゃないから、
    そんなに細かく見てくれなくてもいい、
    みたいな気持ちになるかもしれないけど、
    一つのことを一回だけでもやってみると、
    不思議な形の自信がつき、
    他のことにも応用できると思います。

    みなさんに賞を取らせるわけでも、
    コンテストに応募させるわけでもありません。
    じゃあ、何を目標にしようかというと、
    10年20年経ったらすべてが変わっているし、
    いままわりにいる人たちも、たぶん全員はいない。
    その中で、変わらずに残ったものに対する愛情、
    つまり、何でもない、
    どうでもいい一日だった日を、
    「自分は愛情を持って過ごしていたんだ」
    という記録が残ることを目指してほしいんです。
    よろしくお願いします。

     

    細かい部分まで整える

    (生徒の1人目が最初に書いた文章)

    ※個人名の表記は伏せて掲載しています。

     

    まずこの文章のテーマが、
    「やめる前の保育園の良さ」と、
    「次の保育園の不安」と、
    「子どもの感情を尊重したい」気持ちと、
    「初めて通ったところへの別れの悲しみ」が、
    一行ずつ入れ子になって、こまめに出てくるんですね。

    初めに、
    それを別々に分けて書いたらどうなんだろう
    と思ったんだけど、
    それは私でも難しいということがわかりました。

    そこで、一番簡単なアドバイスとしては、
    まず「ときめきに溢れた気持ちは」の
    「は」を「が」にして、
    「ときめきに溢れた気持ちが」にする。
    ここだけが唯一感情が独立してる場所で、
    一番初めの3行はすごく大切なので、
    何回読み返しても大丈夫なように整えておきましょう。

    次の段落の
    「私は直視できないでいる」
    「初めて別れを経験する」のところ。
    これは主語を入れたほうがいいので、
    「彼は」や「息子は」を入れて、
    「彼は初めて別れを経験する」に直すといいと思います。

    実際に文を書くというのは、
    こういう細かい作業の積み重ねで、
    校正の人は意外にこういうところを
    見てくれそうで、見てくれないから、
    自分で戦うしかないところです。

    その数行後の
    「ヘリコプターの音に気が取られている」は、
    「が」を「を」にして、
    「ヘリコプターの音に気を取られている」ですよね。

    この段落分けはすごく見事だと思います。
    この分け方をしてくれたことで、
    保育園の雰囲気もすごく伝わってきました。

     

    わずかな言葉の足し引き

    3つめの段落の「牧歌的な保育園だった」の部分で
    新しい保育園に行くところ、
    「『どう、好き?』と尋ねては
    自分に言い聞かせていたのかもしれない」
    のところは、
    「尋ねては」を「尋ねてみては」にすると、
    すごく柔らかくなります。

    もう一つ、
    「くいしんぼ保育園という別名に惹かれて
    結局転園を決めた」のところは、
    「結局」を取っていいと思います。
    転園を決めたことは前にも書いてあるので、
    「結局」を取ると急に進みます。

    最後の段落で、
    「御礼をツラツラと述べる時間もなく」の
    この「ツラツラ」が、
    ネガティブ表現になる可能性があります。
    でも、その「ツラツラ」は、
    個性を感じるので、できれば残したい。
    そこで、
    「ツラツラ」の前に「ゆっくり」を入れて、
    「ゆっくりツラツラと述べる時間もなく」にする。
    そうすると伝わりやすく、わかりやすくなります。

    あと、一番テーマに関わるところですが、
    「子どもに意思がない、なんてない」のところは、
    一番大事なところで強調したいので、
    「子どもに意思がない、なんてはずがない」にします。

     

    改行をたくさんしよう。

    段落分けは見事です。
    でも改行を使ってないから、
    気持ちや情景が全部ダーッと一点に向かってしまう。
    その特徴を和らげるために、もっと改行をしてください。

    例えば初めの段落だったら、
    「現実と」のところで一個改行しちゃってください。

    とにかく、びっくりするぐらい、
    もっと改行していいと思います。

    最も改行したらいいなと思ったところは、
    一番最後の段落の「手紙だけ渡した」で一回改行して、
    「●はいつも通り踊っていた」でもう一回改行する。
    そうすると急に「いつも通り踊っている」ことが、
    まわりに沁みるんですよ。

    そういう感じで、ここは改行だなと思うところ、
    段落の中で話が変わるところは全部改行してみる。
    そうすると意外に、すごく読みやすくなります。

     

    (吉本ばななさんの添削後に修正した文章)

    初めの状態より、すごく読みやすくなりましたよね。
    改行もいいと思います。

    息子さんはそんなに言葉を発しないだろうし、
    文の中での単独の動きが意外に少ない。
    でも、だからと言って、
    「思ってないというわけじゃない」
    そこがいいところなんですけど、
    踊ったり、単独の動き方を一行にする。

    つまり、改行することで、急に彼の姿が
    読者の目の前に迫ってくるイメージなんです。
    だからすごくいいと思います。バッチリ。

    何よりもこの文章のいいところは、性格が出てる。
    一見サバサバしてるようで本当はすごくデリケートで、
    自分本位ではない、子ども本位のお母さんである、
    ということがすごくよく出ています。
    その一方で、いろいろなものごとへ
    キッパリした応対をする。
    そのギャップがすごく魅力的なんですね。

    ちょっと丸くしたり、
    断定的な言葉をちょっと削ったりしただけで、
    すごく読みやすくなると思われます。
    いつか息子さんに読ませてあげたいなと、
    私は読んでいて思いました。

    (生徒の感想)
    ばななさんが、すごく丁寧に文章に向き合ってくださって、
    自分自身もこんなに丁寧に向き合う時間は、
    なかなか持てなかったんですけど、
    それだけで、すごく文章がきれいに
    読みやすくなるんだなと実感しました。

    自分の手元にずっと残しておきたい文章が作れた
    ということが、個人的にはうれしく思います。

     


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