東京なべぶた流、 世界の普遍に通ず、 自由の穴をあける。 中沢新一+糸井重里talk about吉本隆明

7 あんな刀は、もう嫌だ。
糸井 中沢君って
いつもおもしろいんだけれども、
しょっちゅう足し算されるのが
おもしろいね。
友だちのおもしろさって、そこだな。
「あいつね、これまで黙ってたけど
 こうだったんだよ」
というような発見がおもしろい。
中沢 でも、吉本さんだって、
きっと足し算されていますよ。
糸井 そうだね。
中沢 吉本さんの頭の中で動いていることは、
最近、ものすごく正確で
高速度になっていると感じます。
糸井 この前おっしゃってたんですが、
吉本さんは、若いときに
なんでも分かるんじゃないだろうかという
時期があったそうです。
今では、さかんに
そのことを反省なさっていました。
腕っぷしを見せたいという、
男の拳ってものは
しょうがないものなんですね。
きっと中沢君もそうなんでしょうけど、
自分より腕の立たないやつに、
切れない刀で切りつけられたりすると、
「うるさいな、なにを」って
やっつけちゃうでしょう。
中沢 うん、なんだか、悔しいんだよ(笑)。
吉本さんに対する批判なんかを見てると、
あきらかに「ちょこざいな」なのに、
吉本さんは、タイマン張られると
本気になってバーッと
刀をふり下ろしてる。
糸井 錆びた刀で傷つけられると
痛ぇじゃないか、ってね?
吉本さんはすごく切れる刀を
持っているわけですから。
でも、今の吉本さんは
「それは、ちょっとは馬鹿だったと言える」と
おっしゃっていました。
中沢 どんな思想でも学問でも、
根本の認識は、表現で言うと単純なものです。
それが言えるかどうかなんじゃないかな、と
僕も成長を遂げて
よく分かるようになってきたんですが、
若い時分は剣豪ぶりますからね。
糸井 中沢君は、昔はもうちょっと刀を研いでた。
中沢 研いでた、研いでた。
鶴見俊輔さんが
『雪片曲線論』の本の解説で
中沢君は佐々木小次郎である、と
書いてくれました。
糸井 長い刀で、ツバメ返し。
中沢 いちいちムッとして、「えい!」(笑)。
若いときは、
自分を客観視できなかったですけど、
もうあんな刀は嫌だね、と思います。
どうせなら、塚原卜伝みたいに、
なべぶたでいきたいね。
あの境地に入れたらすごいだろうな。
糸井 ああ‥‥!
なべぶた、いいよね。
今の吉本さんは、なべぶただ。
中沢 ね?
糸井 自分があきんどだったら
暖簾のマークを
なべぶたの紋所みたいにしたいくらいだ。
中沢 なべぶたねぇ。
糸井 なべぶたは武器ではないわけだから、
超武器ですよね。
中沢 吉本さんの言葉も、
なんでもない、なべぶたなんですよ。
それで大事なことを
ストンと言い当てちゃってるんです。
そのなべぶたのことを、
かしこまって言うとするなら、
吉本さんはきっと、
自由と言うんだね。
糸井 そうですね。
自由と平等と言いますね。
中沢 人間にとって芸術はなぜ重要かというと、
それは自由への通路を
ちょっとでも開くことだと
吉本さんは言います。

中野重治さんという詩人の
有名な「歌のわかれ」という詩があります。
あかまんまの歌を歌うな、という詩ね。
つまり、情的な歌を歌うな、
自分たちはこれから抒情を
捨てていくんだという詩です。
これについて、吉本さんが書いた
文章があります。

確かに中野さんが言っていることは
一理はあるんだけども、
別に抒情だって
人間を自由にする通路を
小さい穴でも開けたんだったら、
それでいいじゃないか。
重大なのは抒情か抒情じゃないかと
いうことじゃなくて、
それがひとつの自由を開いたかどうかだ、
という言い方をなさっていました。
糸井 今は、左派でも右派でも
いろんな立場の人たちから
「ちゃんとやれよ」と言われるような
ムードがあります。
景気悪くなったからちゃんとやろうよ、とか、
自然を大切にしよう、愛が必要だ、
節約だ、さまざまなことが
どんどんきれいになって整理されていく。
いい加減な人たちの居場所が
なくなったときには、
人間理解が壊れていくんじゃないかな、
という危機感を
僕はずっと持っています。

吉本さんは、
先に勉強したやつが
自分で勝手にやるのはいいけども、
人が楽しんでいるところを
「やめなさい」と言って
水をかけるようなことをやって、
それはいいことだ、というものは
全部ダメだとおっしゃいます。

吉本さんのような人が
そんな長老の役をしてくれると、
俺たち村の若い衆も元気になりますよ。
中沢 うん。そうですね。
若い衆がこの年になっちゃったけど(笑)。
糸井 この話を聞いてくれている
若い人たちがいるなら、きっと
元気になってくれるんじゃないでしょうか。


(続きます)

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2008-09-29-MON

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