東京なべぶた流、 世界の普遍に通ず、 自由の穴をあける。 中沢新一+糸井重里talk about吉本隆明

8 吉本さんのいる場所から。
糸井 つまりこれは単純にいうと、
歌謡曲で歌われているような、
口紅買って彼に会いに行ってうれしい、という話を
認めるか、認めないかという話です。

「口紅か、そうか、よかったね」
という長老がいるか、
「そんなことしている場合じゃないだろう今は」
という長老がいるかで、
世の中は変わっていくわけです。

吉本隆明という人を、
今たくさん語る必要があると思うのは、
口紅買ったんだ、と言ったらきっと
「へぇ」と一緒に笑ってみせてくれる
人だからです。
中沢 「どれどれ」と言って、ごらんになりますね。
いちおう目を近づけて見て、
「俺には分からないけど」「へぇー」って言う。
吉本さんなら、そうしますね。
糸井 吉本さんは、ときどき言葉にして
このあたりのことをおっしゃってます。

そういう部分がなかったら、
人間の歴史の七割は
なにもなかったことになっちゃうんだよ、と。
中沢 「口紅なんか買って」って
というふうに行きがちですからね。
糸井 口紅のない君こそがきれいなんだよ、
健康な娘さんは
そんなことしなくたってきれいなんだから、
美は内面にあるんだよ、
そういうロジックって、
みんなやられるじゃないですか。
正しいから、「そうか」と
見事に言いたくなるんですよ。
中沢 さっきの虚数「愛」の
交換みたいになっちゃいます。
糸井 そうそう。きっと、
口紅を塗りたい気持ちが
どこから出てきたか、
自分にも分からないんです。
口紅を塗って
誰かに好かれたいという気持ちは、
いつだって秘密で、
誰にも言わない、沈黙の行為です。

見栄を張ってきれいな格好をしているのに、
普段着だと言いながら出かけたり、
彼より早く行っていたいのに、
ちょっと遅れて試してみたり、
そういうことまでするのが
人間というものの属性です。

ああでもない、こうでもないとやってきたことが、
楽しかったり楽しくなかったりすることを
招きます。
ほんとうは、そっちのほうが歴史じゃないの?
ということを言ってくれる人が
どこかにいてくれないと、
本当に嫌な時代になると思うんです。
中沢 そういうことは、歴史が添削されると
消されちゃうようなことですからね。
糸井 そういえば、吉本さんが好きな
太宰治の文章のことなんだけど、
もしも今、太宰が
カルチャーセンターに行ったとしたら
すごく添削されちゃうと思う。
「君の個性は分かる。でも、
 デビューしてからにしなさい」
中沢 (笑)言われるだろうね。
でも、それで彼は長いこと
評価されなかったわけでしょう。
糸井 みんなにいやらしいと思われたんでしょうね。
ところが吉本隆明は、
それをいやらしいと言わなかった。
中沢 そうですね。
吉本さんが『万葉集』の歌が好きなのも、
そのあたりのことが
関係しているんじゃないでしょうか。

すごいことばかりがすごいわけじゃないし、
だいいち、すごそうな人って、
たいしたことない人が多いですよね。
なんでもないことをダメだと決めてしまうのは、
表現ということの運命を
全体で捉えていないと思うんです。
糸井 そういうことですね。
「立派とはなにか」という絵は
描いておけるけど、
「立派とはなにか」という絵は、
人間には小さいんだと思うんです。
人間という自由な生きものは、
立派のいれものをはみ出してしまう。
中沢 しょうもないことも含めて、
人間は、入りきれませんね。
立派のいれものに人間を押し込めようとした
小さな思想ほど
過激になったりしますから。
糸井 それはやっぱり
刀がまだあるんですよね。
中沢 ええ、やっぱり持つべきものは
なべぶたじゃないと。

吉本さんは、いつも
思想がゲームになることを
拒否しているところがあると思います。
境界を作って
規則の中でやり取りすることは、
学者がよくやるんですよ。
糸井 比叡山に行ったきりの人と、
比叡山を降りてきた人の違いを、
吉本さんはよく言います。
中沢 比叡山には、
巨大ではあるけれども有限な
観念のプレイグラウンドがあって、
その中ではいかようにも
自由に思想を展開できるし、
いかようにも過激に
考えを展開することができるわけです。
だけど、比叡山を降りるということは、
このプレイグラウンドの枠を
外すということです。
そうなると、さっきまで観客席にいた
酔っ払いの親父なんかが、乱入してくるわけです。
乱入してきた親父たちと一緒に、
ひとつの思想行為をやるということを、
吉本さんは大思想と言っています。
親鸞はまさに、この酔っ払い相手に
なべぶたでやっていたわけですからね。
糸井 限定的なことはダメだよ、という考えは
吉本さんのなかで
一貫して働いていますね。
条件がちょっとでも変更されたら
すぐに変わってしまうことを、
吉本さんは、言うわけにはいかないから。

それをえらそうに、切れない刀で
こうです、ああですと言うと、
二、三十年経ったときに笑われるよ、って。
千年、万年持つ言い方があるはずだ、
そういうところを触りたいんだよ、
ということは──考えてみれば、
今のあの吉本さんの場所にいなかったら
難しかったでしょうね。
中沢 そのとおりですね。
糸井 あの人が大学の先生をもし引き受けていたら。
中沢 ダメだったでしょう。
そして、東京という
世界普遍のことを考えることを可能にする、
数少ない都市にいた、ということが
吉本さんの思想を展開できた
ひとつの原因だとやっぱり思います。

パリは、世界普遍じゃないんです。
EU普遍を考えることはできるんだけれども、
アフリカやオーストラリア先住民や
アメリカ・インディアンや、
あるいは何十万年の人類史を抱え込みながら、
全体性を考えることはできない。
そういう都市は、
東京をおいて他には少ないと思います。

ですから、今日の主題は
吉本さんの思想については、
すごく本質的だったんじゃないかと思います。
糸井 もう時間ですね。
ありがとうございました。
中沢 ありがとうございました。

(これで、おしまいです。
 ありがとうございました)

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2008-09-30-TUE

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
中沢新一+糸井重里0926