NANASHI
中卒でいいんじゃない?
名無権兵衛・15歳・デビッドリンチ目指す。

第29回 プチ家出しました。

ホームステイをしていた時分、
一度ホストマザーの妹と喧嘩しまして。
姉か妹かは分からないんですけど、
いつも緑系のズボンをはいている
超太ったおばちゃんでして。
まあ、喧嘩の原因は大したことの無い事なんですが、
自分的にはちょっと重要な事だったので。
かなり怒ったわけです。
辞書を引き引き、怒ってたわけです。
そしたら相手が鼻で笑うような態度で
「もういいよ」とか言い出したので、
ついに怒りのボルテージは最高潮に。
数分間、目をそらさずに睨みつけた後、
このバカにこれ以上説明しても無駄、と思いまして。
で、あれです。プチ家出ですか?それをしたんです。
とにかく、そのシスターは
うちのホストファミリーの家には住んでないので、
そのおばちゃんが消えるまで
どこかに身を隠しておければ良かったわけです。
プチ家出に際して、多くの準備は出来ませんでした。
とにかく早く、
一刻も早くこの家から出て行かなくてはならないと
思ったので。
結局、持ってきた物といえば。
何もなし。
サイフを家に忘れたのは後で気がついたのですが、
とにかく何もなしで異国の知らない町を歩くのは、
ちょっとマズイですね。
家を出てとりあえず行くところなんて無いですから、
しばらくベンチに座って、今後の身の振り方を考えます。
・・・・やっぱりサイフは持ってくるべきだったな。

結局、行くところはいつも通ってる大学しかない、
という結論に。
今行ってる英語学校は、
結構大きめの大学の中にあるんですね。
で、図書館とかカフェテリアとか設備も結構クールですし。

図書館でパソコンでもして、
適当に時間つぶして帰りゃあいいや、と思ったのですが。
問題が一つ。
金が無い。
電車賃が無い。
どうしよう・・・。
・・・いや、行ける!歩く!俺は歩くぞ!
この時住んでた駅から、大学近くの駅までは、
電車で2駅。
時間にしておよそ10分足らず。
毎日毎日、学校へは電車で通ってました。
ただ、東京中野生まれ中野育ちの自分としては、
駅と駅の間なんて、
少し歩けば着いちゃうもんだと思ってました。
すいません。なめててすいません。
しかし、あの時はそんなこと分かんなかったし、
第一、怒りで気が大きくなって
たんだからしょうがない感じだったんです、よ。
で、いよいよ地獄のプチ家出の始まりです。
基本的に線路は真っ直ぐ。
なので線路沿いに歩いていけば、
すぐに着いたハズなんです。

午後5:00。
この時、まだ3月の中頃です。
冬ですし。
厚着はしてきましたよ、さすがに。
で、田舎道なのでドッカドッカと大股で歩いてました。
ほどなくして、
いきなり線路沿いに歩くのは無理ということが判明。
線路沿いにあった道が、突然なくなってるんです。
なので、
1ブロック先の道を線路の続く方面へ歩く事にしました。
これでも結局は駅に向かって歩いていくわけですから
全然余裕でしょう?
この日は、なんかアイルランド系の人のお祭りかなんかで。
多くの家のドアには、
そのお祭り用の緑の三つ葉が飾ってありました。
行けども行けども緑の三つ葉。
ただでさえ、同じような家が続いてます。
これは、飽きるな・・・。
そう思いながらも、
その時は早期の大学到着ばかり考えていました。

午後5:30。
やっと同じような家の並ぶ住宅街を抜けまして。
ここに来るまでに、
いくつか「分かれ道」があったんです。
どっちに行けば近いのかも分からないし、
とにかく、勘を頼りに前進です。
この時既に線路は見えなくなっていたんですが、
道は真っ直ぐ続いているから
大丈夫だろうと思ってたんですね。
住宅街を抜けた後、目の前にあったのは商店街でして。
と、いっても極小の規模の商店街なんですが。
簡単な雑貨屋みたいのもありまして。
まあ、今までに比べれば退屈ではない感じです。

午後5:50。
商店街は、2秒で通過しました。
この時歩いてるのは、殺伐とした田舎道です。
完全に、初見の土地。
ここはどこなんだ?
道も、こころなしかカーブしている気がします。
本当に到着できるんでしょうか?

午後6:10。
道が、大きくカーブしてます。
ここを曲がってしまったら、
死神が待ち構えているのは目に見えてます。
・・・気がついたら1時間以上経過してる・・・。
どんなに遅くなっても
1時間で着くと思ってたのに・・・。
どうするか?
カーブしている道を無理やり真っ直ぐ進もうと思うと、
「立ち入り禁止」とか書いてある
謎の土地に突入することになります。
・・・侵入してみるか?
いや、だめです。危険です。
なんか、不法侵入者は発見次第撃ち殺される、
みたいな雰囲気です。
どうしよう。
戻るか?
それはもっとイヤだな。
道は大きく右にカーブしている。
右がダメなら・・・左だ!
というわけで、ヤブをかきわけ左へ前進。
ヤブを抜けた先は、超超超田舎道。
もうなんでもいい、
とにかく大学に着ければいいんだよ!と、
半ばヤケクソ気味にドロ道を歩き続けます。

午後6:30。
おお!
おおおお!
大通りだ!
歓喜、です。
『道に迷ったら大通りに出よ』の法則に則って
行動が出来ます。
まあ、大通りと言っても、歩道は未整備、
あたりは殺風景ではありますが。
クルマが何台か通っているので、それは安心です。
再び、前進。
少し暗くなり始めてます。

午後6:40。
駅・・・。一体、どこにあるんですか?
辺りは暗いし。
回りは流れていくクルマ以外何も無いし。
冬の田舎道の徒歩は予想以上に体力を使うし。
先を見渡しても何もないし。
・・・。
立ち止まります。
初めて立ち止まりました。
・・・。
そう言えば、サイフ持ってないんだよな。
どうしようかな?
もう、帰り道もよくわかんないし。
それにしても、ここはどこだ?
・・・。
もしかして・・・。
死ぬ?
まさか、まさか!
こんな大通りの歩道で死ぬわけ無いだろう。
・・・・いや、しかし。
ここ、どこか分かんないし。
金も無いし帰り道も分かんないし。
寒いし、孤独だし。
暗いし。
・・・。
ヤバイ。
・・・死ぬな。

引き返そうかどうかを本気で検討。
今だったら、
まだどうにか家に帰りつけるかもしれません。
それとも、このまま進み続けて、
僅かな希望に命を賭けるか。
しばらくクルマの流れを見つめます。
・・・英語もまだ全然喋れないし、助けてもらうのも、
なんかキツい感じだよなぁ。

ここで大学に辿り着けずに戻るようならば、
『敗北』だと思いました。
負けるのは嫌でした。
怒りも冷め止まぬ状態。
・・・前進。
前進、です!
限界間近の体力、脳を侵す疲労感。
それでも、前進です。
死よりもプライドが勝った瞬間です。
再び大通りの歩道を大股で歩き始めます。

午後6:55。
奇跡。
たまに、ごくたまに、起こるもんです。
駅を発見です!
あはははあははははは。
笑いながら駅に向かって走ります。
脚の感覚はほとんど無くなっていました。

午後7:10。
大学到着。
『大学到着』と書こうとしたら、
間違えて『大学と宇宙悪』と書いてしまいました。
SFですね。
で、大学に到着しまして。
図書館で休憩です。
疲れました。
というか、生きててよかったです。
もう二度と大学までは歩かない、と誓いました。

午後8:00過ぎ。
帰り道。
また、奇跡を信じて、大きな賭けにでました。
無銭乗車、です。
電車に無銭乗車、です。
うちの近くを通っている電車は、
電車の内部でキップをチェックする方式になっているので、
キップ切る人(僕はキッパーと呼んでいる)が
来なかった場合、前もって買っておいたキップは、
次回の乗車に使えるのです。
でも、その時は当然キップなんて持ってないですし、
車内でキップを買う金もありません。
ただ単に、キッパーが来ない事を祈るだけです。
迷った末、乗車。
もう後戻りはできません。
「キッパー来るなキッパー来るなキッパー来るな
 キッパー来るな」
心の中で祈り続けます。
・・・。
数分後・・・。
ヤベぇ、キッパーだ!!
コロされる!!
前方からキッパーがやってきます。
本気でうろたえます。
おろおろ。
・・・。
逃亡だ!
前方から迫り来るキッパーから逃げる逃げる。
あからさまにではなく、さりげなくさりげなく。
世界一地味な逃亡劇は続きます。
幸運な事に、キッパーは
他の乗車客のキップを切るのに忙しいみたいでした。
「次は、フローラルパーク駅」
「・・・・行ける!逃げ切れる!」
ほどなくして、電車はフローラルパーク駅に到着。
ドアが開くと同時に、急いで外に出ます。
・・・・助かった。
安堵感。冷や汗。

そして、帰宅。
長い旅でした。
夕飯は、ハンバーガーでした。
肉、肉、肉、です。
おわり。

2001-06-27-WED

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