猫屋台 nekoyatai

ハルノ宵子さんの、お料理と、猫と、父。

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猫屋台

第2回 謎の猫屋台。

2012年、10月。
ハルノ宵子さんの母である和子さんの
葬儀が終わって数日後、
吉本家に遊びにいった糸井重里が
帰ってくるなり、こう言いました。



「さわちゃんが
 (ハルノさんの本名は『さわこ』さんです)
 あの家を改築するみたいなんだよ。
 自分の食いぶちを稼ぐことにもなるし
 励みにもなるし、ってことで、
 ちいさな料理屋さんをやるんだって」

お料理屋さん‥‥?

ハルノさんのつくるお料理はおいしい、
その噂は幾度となく聞いていました。
また、私は吉本家の忘年会に
一度だけおじゃましたことがあり、
鴨のつくねが入った鍋がとてもおいしかったことを
憶えていました。
糸井はにこにこして、こうつづけました。

「お店の名前、猫屋台(ねこやたい)に
 するらしいよ。
 それから、吉本さんの部屋を公開するんだって。
 さわちゃんって、やっぱりおもしろいね」

猫屋台‥‥!
たしかにあそこの家には(内にも外にも)
猫がたくさんいるし、
吉本隆明さんは
「さわちゃんは、猫と話ができる、
 猫に近い人間と言えます」
と言っていたっけ‥‥。



それから、吉本さんの部屋を公開するって、
いったいどういうことになるんだろう。


▲吉本さんの部屋。
あれよあれよという間に改築計画が動くと聞き、
数日後の2012年10月29日、
私は吉本家に行くことにしました。
到着すると、不動産や建築のプロデュースをする
株式会社スピークのみなさんが居間にいらっしゃいました。


▲ハルノさんと株式会社スピークのみなさん。初対面の瞬間。

この方々が、家のリノベーションを担当するのです。

ハルノさんは、本気だ!

スピークのみなさんは、ハルノさんに
いったいこれからなにをしようとしているのか、
訊ねていました。

ハルノ宵子さんによる猫屋台構想(2012年)

1 父の部屋をあのまま保存したい。

父の書斎を見たいとおっしゃる方が
死後、ちらほら訪ねていらした。
書斎をあのまま保存して、
見たい人には自由に見てもらいたい。

2 代金がわりにお茶や食事を出す。

父の書斎をただお見せするだけで
見学代金をいただくわけにはいかない。
しかし、書斎にある本を手に取りながら、
お茶を飲んでいただくのはどうだろう。
そうしたら、お茶代はもらおう。
これまで吉本家に集っていた友人も、来ればいい。
材料や時間があれば、食事も、要望に応じて出す。

3 猫にそのまま暮らしてもらう。

猫は、言うことをきかせられない生きものだし、
快適な場所に行くので、
うちに集まってくるのはしょうがない。
いま、内猫は4匹、外にウロチョロしている猫が数匹。
猫にはそのまま暮らしてもらう。
キャットタワーや床暖房などもつくりたい。


▲改装前の猫用床暖房。
 ミニホットカーペットつき。通称「猫箱」。




以上3点が、ハルノさんの望みでした。
「それ以外は、ありません」
と、ハルノさんは言いました。
シンプルなような、わかりづらいような‥‥。

「書斎を見がてら、ビールも飲んで
 猫も見てもらえばいい。なはは」


▲本その他いろんなものが詰まった吉本さんの書斎を
 スピークのみなさんが確認します。

みなさんは、この妙なオーダーを
どう受け止めているのでしょう。

ハルノさんはつづけました。

「キッチンは改装したいな。
 というか、営業許可がおりるように、
 改装しなきゃいけないだろうね。
 あの食器棚は地震が来たら終わり、
 みたいな感じだし」


▲地震が来たら終わり。
「2階の、傾いてるベランダは
 いつかビヤガーデンにしてやれ、と思います」


▲おかあさんがいつも寝ていた部屋の奥はベランダです。

▲傾いていて怖い。
「ここは、遠くにスカイツリーが見える
 ゴールデンビューなんだよねぇ。
 だけど、すぐ下は、墓。
 お墓好きの人限定のビアガーデンだね。なはは」


▲下はぎっしり墓です。
「そんで、改装はなるべくこっそりやりたい。
 書斎も台所も、いまのままがいちばんいいから
 やりすぎないのがベスト。
 動線を考えて、最低限に改装するのがいいと思う。
 基本は、気持ちよく、友達や
 父のファンの人たちが来て、飲めればいい。
 で、金は置いていけよな、ってこと。
 うしし」

うしし。ううーん。
リノベーションって、もっとこう、ふつうは
家の「大変身!」にドキドキワクワク、
ああしようこうしよう、という感じじゃないのかな?
ご両親が亡くなって、
そろそろ「老後どうしようかな」というふうに
考えたりしないのかな?

「老後のたのしみ?
 うーん。猫屋台の計画が
 たのしみ、ってわけじゃないけど、
 ま、トントンになればいいのかな」



ハルノさんは「老後」などには
興味なさそうに、そう言っていました。

ハルノさんがなにを指して「トントン」と
言っているのか、このときはわからなかったけど、
そういえば「トントン」ということばは、
隆明さんからも何度か聞いた気がします。




▲ハルノさんは、なにを思っているのかな。
この頃のハルノさんはご両親が亡くなった喪失に
ずいぶん痛手を負っていたそうです。あたりまえです。

(つづきます)
2014-10-01-WED