『ディア・ドクター』の  すてきな曖昧。 糸井重里×西川美和監督
第5回 えらくならないほうが、いい。
糸井 メイキングも拝見したんですが、
西川監督っていうのは役者さんに対して
ああしてこうしてみたいなことは、
どうもあんまり言ってないようで。
西川 ゼロから私が指示するってことはないですね。
やってもらって修正するというような感覚です。
だから、自分に演出力があるかと言われると、
まったくそういうふうには思わないんです。
キャスティングの勘とか運っていうのは、
ちょっとあるかなとは思いますが。
糸井 勘とか運ですか。
西川 ええ。
期待してなかった俳優さんに会ってみたら、
思ってた以上に役柄に近い「素」があったとか、
そういうことは多いんです。
糸井 思ってた以上にというのは、
言葉にして思ってた以上にというだけで、
十分にはじめから気づいてた可能性もありますね。
西川 そうなんでしょうか。
糸井 うん。
だって人って、履歴書に書いてあることじゃ
わかんないじゃないですか。
西川 ああー。
糸井 以前にどういう役をしたからわかる
っていうものでもないし‥‥。
ただ逆に、「わかるんだよ」って
言い切れる場合も、ありますよね。
西川 はい、あります。
糸井 運でも勘でもなくて、
長編小説のように読んでいた俳優さんたちが
西川さんの中にいて、
そこが選ばせているんじゃないでしょうか。
短編じゃなくてね、長編で。
西川 そうか‥‥。
糸井 ぼくらでも、
いっしょに仕事をする仲間を選ぶときには、
やっぱりそうとう言葉にならない部分で
選んでますよ。
西川 そうなんですね。
糸井 そういう人たちと場を共有して、
からかったり、ふざけたり、
くんずほぐれつ遊んだり、格闘したりしてると、
やっぱりそこから出てくるものがあるんです。
西川 はい。
糸井 その物語は「増やし」ますよねえ。
映画だったら、作品を豊かにします。
西川組というのをぼくはよく知らないけど、
きっと現場でそれができてるんじゃないですか。
西川 そうだといいんですけど(笑)。
糸井 えらくないのがいいですよね、まず。
監督がね。
西川 えらくはないですね、残念ながら(笑)。
なれるんだったらなりたいですけど。
糸井 いや、それは気をつけたほうがいいんじゃない、
ならないように。
西川 そうですか(笑)。
糸井 監督がえらくないから、
「自分たちも考えなきゃ」って思う。
それはみんなの小さい覚悟になるじゃないですか。
西川 なるほど。
糸井 『ゆれる』のメイキングで
最高にいいシーンありましたよね。
香川照之さんが、
「これはいいシーンになる」って気づいて、
「もう一回いいですか!」
みたいなのをやってるでしょ。
いい仕事してるなあって(笑)。
西川 香川さんはもう、何ていうんですかね、
ほとんど自警団みたいなもので(笑)。
「俺がなんとかするから!」って。
バットマンみたいな存在に
なりつつありますね(笑)。
糸井 それはもう、監督を兼ねてますよね。
監督がそこにいるのに、
「俺がなんとかする」ってやってるわけでしょ?
西川 そうですね。
糸井 いいチームだなぁ(笑)。
西川 そうなんですよ。
自主性に任せてるところがあるので。
糸井 えらくなっちゃったら、
それはもうできないですよね。
西川 ああ‥‥そうかもしれません。
糸井 「ジャッジは監督ですよ」ってなるから、
つまんないと思うよ。
西川 そうですねえ。
でも、鶴瓶さんの場合はわりとそっちでした。
糸井 へえー、そうですか。そうだったんだ。
西川 実は。
ジャッジを任された感じで。
糸井 たしかに、言われてみればそうでしょうね。
主役であの出番の多さだと、
「俺が決めなあかんこといっぱいあるなぁ」
って、鶴瓶さんはきっと思いますよね。
西川 はい。
糸井 それだとずっと、
悲しい芝居になってしまう(笑)。
西川 (笑)もちろん自覚はすごく高く
持ってくださってたんですよ。
でも自己演出はぜんぜんされなくて。
あれだけのことをやられてる方ですから
そもそも演出力は当然ありますよね。
だけど、それのジャッジをするのは
西川だと思ってくださっていたんです。
いかようにでも調整させてくれるという。
個性が強すぎて、
コントロール不可能かともおびえていたんだけど、
まったくその逆でした。
こっちのコントロールする矛先に合わせて、
自分の個を咲かせてくれる感じ。
糸井 ふつうは、監督を信じて任せていると、
自己演出をしない役者さんの場合
シーンごとに演技がブレがちじゃないですか。
そこは、西川さんが調整を‥‥?
西川 そうですね。
糸井 どんな指示をしました?
鶴瓶さんに。
西川 うーん‥‥何を言ったかな‥‥。
ほんとに細かいことで、
具体的な指示ばっかりでしたね。
糸井 「声を大きく」みたいなことですか。
西川 もうちょっと早めにしゃべったほうがいいとか、
トーンを低く高くとかっていう。
糸井 そうでしたか。
西川 あとはやっぱり客前が普段のお仕事なので、
映画の大きなスクリーンで見るには、
ちょっと大きいかなと思う時があるんです、
お芝居が。
糸井 あ、そうかそうか。
西川 落語もそうですけど、
「顔での表現」というのも肝心なお仕事だから、
感情を主に顔で表そうとされるんですね。
映画は映してくれる部分がたくさんあるので、
「顔はもっと普通でいいです」
っていうようなことが多かったのかな‥‥。
糸井 それは一種の異文化交流ですよね。
西川 そうですねえ。
お芝居が大きいことは、
まったく悪いことではないですから。
逆にいうと、その表情を一回見せてもらうことで、
あ、ここの感情を師匠は理解してくれてるんだな、
じゃあ、今度はその表情を抜きましょう。
という確認にもなりましたし。
糸井 精度があがるわけだ。
すごいですね。

(つづきます)

2009-09-07-MON


まえへ
このコンテンツのトップへ
つぎへ