『ディア・ドクター』の  すてきな曖昧。 糸井重里×西川美和監督
第6回 八千草薫さんの、女の匂い。
糸井 主人公の鶴瓶さんが、
未亡人役の八千草薫さんに、途中から
どんどんなれなれしくなっていきますよね?

(C)2009『Dear Doctor』製作委員会
西川 ええ。
糸井 あの近づいていき方っていうのは、
ものすごく、すてきでしたねえ。
西川 あ、そうですか。
糸井 これは女の監督だよ、と思った。
西川 えーー。
糸井 あんな、ないですから。
鶴瓶さんにはできないことです、
演出をされないと。
西川 そうなんですか。
糸井 鶴瓶さんにはないし、男にはないんです。
西川 えーー、意外です。
糸井 だんだんと図にのってくる感じっていうのは、
女性からは、こう見えてるんだと思いました。
ああなるまでに男は、
ものすごい時間をかけて一歩ずつ進むんですよ。
でも、女性から見たら、
一気にああなったように見えるんですねぇ。
西川 いやいやいや、
あれは女の願望なんですよ、単なる。
糸井 願望、ですか。
西川 そう。
糸井 ファンタジーなんだ。
西川 ファンタジーなんです。
「こうだといいな」っていう。
糸井 はあー、女性の願望。
西川 はい。
糸井 こういう話をできて、
ぼくは本当にたのしい(笑)。
西川 (笑)
糸井 八千草さんのああいうのは、女の願望だった。
人生の難問がまたひとつわかった気がする(笑)。
西川 (笑)
糸井 ふつう、男はちっちゃいことを繰り返して、
あの位置を獲得するんですよ。
それを一気にやっちゃおうとするのが、
肉体関係ですよね。
でも、あの主人公はそれをやらない。
なのに、あるところから、
ムッと右肩上がりに「男」になるんです。
それはまあ、「ご飯」の場面ですよね。
西川 ああ、そうですね。
糸井 八千草さんがご飯つくってるところを覗くんです。
ちょっと料理を手伝って。
慣れない手つきで、鶴瓶さんが。
で、一緒に食べてる。
女性の監督がああいうふうに撮るというのが
ぼくはおもしろくて。
西川 えーー。
糸井 八千草さんは台所まで入ってくる鶴瓶さんを
まったくいぶかしく思ってないでしょ?
どうして? って思ってたんだけど、
いま「女の願望なんです」って聞いたことで
わかりましたよ、なるほどねえ。
西川 ファンタジーなんです。
糸井 あと、社内で観たやつとしゃべったんだけど、
八千草さんの部屋って、
女の匂いがぷんぷんするんですよ。
それはもう八千草さんのおかげだし、
映画のさまざまな結晶なんですけど、
あの部屋を開けると、女の匂いがするんです。
もう、すばらしく、いやらしかった(笑)。
西川 そうですか(笑)。
糸井 そういう恋愛の部分は、
この映画の何度観てもおもしろい部分ですね。
西川 でもそれって、
八千草さんでしか成立しなかったと思います。
糸井 はい、八千草さんでないと。
他に誰ならできる? って話、
うちでもしたんですよ。
‥‥いないんです、やっぱり。
西川 独特ですから。
糸井 このキャスティングは大成功ですよ。
「女の匂いが」って言わせるところまでは
なかなかできないですから。
西川 いや、うれしいです。
糸井 野良着も似合うし。
西川 野良着も似合うんですよ。
糸井 「しゃんとしてる」とか「凛としてる」
ってところじゃない部分で、
きれいさを表現できてますよね。
西川 ええ。
糸井 「孤独なのに、きりっとしてますね」
と言われたらダメな役なので。
それだと、
鶴瓶さんのつけ込むスキがないんですよ。
西川 たしかに。
糸井 押されたら、こう、傾く感じがないと。
西川 そうですね(笑)。
糸井 まさにその感じですよ、八千草さん。
西川 現場でも本当にかわいくて。
女性陣がみんなメロメロになっちゃうんです。
「八千草薫のように年をとっていくには
 どうしたらいいのか」
という話し合いが持たれるほど(笑)。
糸井 そうですか‥‥。
弱っちゃうね、そんな人がいるっていうのは。

(つづきます)

2009-09-08-TUE


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