糸井 | 主人公の鶴瓶さんが、 未亡人役の八千草薫さんに、途中から どんどんなれなれしくなっていきますよね? |
(C)2009『Dear Doctor』製作委員会 |
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西川 | ええ。 |
糸井 | あの近づいていき方っていうのは、 ものすごく、すてきでしたねえ。 |
西川 | あ、そうですか。 |
糸井 | これは女の監督だよ、と思った。 |
西川 | えーー。 |
糸井 | あんな、ないですから。 鶴瓶さんにはできないことです、 演出をされないと。 |
西川 | そうなんですか。 |
糸井 | 鶴瓶さんにはないし、男にはないんです。 |
西川 | えーー、意外です。 |
糸井 | だんだんと図にのってくる感じっていうのは、 女性からは、こう見えてるんだと思いました。 ああなるまでに男は、 ものすごい時間をかけて一歩ずつ進むんですよ。 でも、女性から見たら、 一気にああなったように見えるんですねぇ。 |
西川 | いやいやいや、 あれは女の願望なんですよ、単なる。 |
糸井 | 願望、ですか。 |
西川 | そう。 |
糸井 | ファンタジーなんだ。 |
西川 | ファンタジーなんです。 「こうだといいな」っていう。 |
糸井 | はあー、女性の願望。 |
西川 | はい。 |
糸井 | こういう話をできて、 ぼくは本当にたのしい(笑)。 |
西川 | (笑) |
糸井 | 八千草さんのああいうのは、女の願望だった。 人生の難問がまたひとつわかった気がする(笑)。 |
西川 | (笑) |
糸井 | ふつう、男はちっちゃいことを繰り返して、 あの位置を獲得するんですよ。 それを一気にやっちゃおうとするのが、 肉体関係ですよね。 でも、あの主人公はそれをやらない。 なのに、あるところから、 ムッと右肩上がりに「男」になるんです。 それはまあ、「ご飯」の場面ですよね。 |
西川 | ああ、そうですね。 |
糸井 | 八千草さんがご飯つくってるところを覗くんです。 ちょっと料理を手伝って。 慣れない手つきで、鶴瓶さんが。 で、一緒に食べてる。 女性の監督がああいうふうに撮るというのが ぼくはおもしろくて。 |
西川 | えーー。 |
糸井 | 八千草さんは台所まで入ってくる鶴瓶さんを まったくいぶかしく思ってないでしょ? どうして? って思ってたんだけど、 いま「女の願望なんです」って聞いたことで わかりましたよ、なるほどねえ。 |
西川 | ファンタジーなんです。 |
糸井 | あと、社内で観たやつとしゃべったんだけど、 八千草さんの部屋って、 女の匂いがぷんぷんするんですよ。 それはもう八千草さんのおかげだし、 映画のさまざまな結晶なんですけど、 あの部屋を開けると、女の匂いがするんです。 もう、すばらしく、いやらしかった(笑)。 |
西川 | そうですか(笑)。 |
糸井 | そういう恋愛の部分は、 この映画の何度観てもおもしろい部分ですね。 |
西川 | でもそれって、 八千草さんでしか成立しなかったと思います。 |
糸井 | はい、八千草さんでないと。 他に誰ならできる? って話、 うちでもしたんですよ。 ‥‥いないんです、やっぱり。 |
西川 | 独特ですから。 |
糸井 | このキャスティングは大成功ですよ。 「女の匂いが」って言わせるところまでは なかなかできないですから。 |
西川 | いや、うれしいです。 |
糸井 | 野良着も似合うし。 |
西川 | 野良着も似合うんですよ。 |
糸井 | 「しゃんとしてる」とか「凛としてる」 ってところじゃない部分で、 きれいさを表現できてますよね。 |
西川 | ええ。 |
糸井 | 「孤独なのに、きりっとしてますね」 と言われたらダメな役なので。 それだと、 鶴瓶さんのつけ込むスキがないんですよ。 |
西川 | たしかに。 |
糸井 | 押されたら、こう、傾く感じがないと。 |
西川 | そうですね(笑)。 |
糸井 | まさにその感じですよ、八千草さん。 |
西川 | 現場でも本当にかわいくて。 女性陣がみんなメロメロになっちゃうんです。 「八千草薫のように年をとっていくには どうしたらいいのか」 という話し合いが持たれるほど(笑)。 |
糸井 | そうですか‥‥。 弱っちゃうね、そんな人がいるっていうのは。 (つづきます) |
2009-09-08-TUE