『ディア・ドクター』の  すてきな曖昧。 糸井重里×西川美和監督
第7回 見えない因果は、山ほどある。
糸井 ちょっと『蛇イチゴ』の話なんですけどね、
「この監督は、悪いなあ」と思ったのは、
あの、おばさんの着替えのシーン。
西川 絵沢萌子さんだ(笑)。
糸井 もう本当に悪いの。
こう、おっぱいの、
斜めの垂れ方を撮ってるでしょう。
西川 あれはいちばん
撮りたかったカットなんです(笑)。
糸井 もう本当にね、あなたは悪い!(笑)
でも、同性だから撮っていいんだよ。
西川 そうですね。
糸井 あれはぜったい男は撮らないです。
西川 そうですか? 撮らないかなあ。
糸井 撮らない。
「それはないことにしときましょう」
ってなりますよ、男は。
西川 へええー。
糸井 いや、だから、
『ディア・ドクター』の中にも、
そのニュアンスがあるんですよ、やっぱり。
西川 そうですか。
糸井 本人が「はい、どうぞ」っていうの。
女の人が自分の性的な部位を
粗末に扱うのがぼくはすごく好きなんです。
「ほれ」っていう。
西川 いますよね(笑)。
糸井 あるいは、ストリッパーがね、
「はい、どうぞ!」って。
西川 60くらいのストリッパーとか(笑)。
糸井 うん、その何ていうんだろう‥‥
性的な部位はとくべつ大事なものじゃなくて、
「だって腕とか顔と同じでしょ?」という扱いは、
かえってエロティックに見えるんですよ。
‥‥自分だけの感性かもしれないけど(笑)。
西川 どうなんでしょう(笑)。
糸井 この映画で八千草さんが、
「はい」って診てもらってるのは、
そういう感じだなあと思いましたねえ。
西川 ああ、はいはい(笑)。
糸井 それを勝手に男たちが色眼鏡で、
「本当に見ていいんですかぁ」と。
西川 そう、そう(笑)。
糸井 その関係がぼくは‥‥‥‥好きなんですよ。
そこを描いた映画を
いままで観たことなかったんです。
だから‥‥興奮しましたね。
西川 そんな見方をしてくださった方は、
はじめてです。
糸井 ていねいでしょお?(笑)。
西川 驚きました。
そんな細かいところまで‥‥。
糸井 なにしろ2回観てますから。
‥‥あ、またいいところ思い出した。
あの、「スイカの粗末な扱い」。
西川 あ、はい、スイカのシーン。
糸井 大きな嘘を抱えている鶴瓶さんの部屋に、
瑛太さんが、スイカを皿にのせてやってくる。
あのスイカは大事ですよね。
西川 うん、そうですね、まさに。
糸井 「食べますか」って持ってきた瑛太さんは
スイカを大事に持ってきた。
でも、あのときの鶴瓶さんはそれどこじゃないから
スイカがただのブツにしか見えてない。
ふたりの置かれてる状況が
スイカを通して出ちゃってますよね。
西川 うん。
糸井 あれは脚本を書いたときには
どうだったんだろうって考えたら、
もう悩ましくて(笑)。
西川 そうなんですよ、やっぱり本の時に‥‥
糸井 もう考えてますよね。
西川 考えてます。
何を小道具にするかというのがいちばんで。
だから、鶴瓶さんの部屋の家具も、
あのスイカをどう扱うかってところから、
逆算して決めたんです。
糸井 うわぁ、いいですねぇ。
西川 椅子に座るべきなのか、
地べたに座るべきなのか。
スイカをめぐるあのお芝居をするには、
やっぱり地べたじゃないと
ああいう動きにならないので。
糸井 ダメですね。
足に近い食い物にならないですよね。
粗末にならない。
西川 テーブルか地べたか、と考えて、
地べたに決めました。
糸井 テーブルでちゃんと食べるスイカと
地べたで粗末にされるスイカっていうのは、
さっきのおっぱいの話と同じですね。
西川 ‥‥ああ。
糸井 いわゆる普通のすばらしいおっぱいと、
「ほれ」って粗末に出されるおっぱい。
同じです、関係が。
西川 ああ、ほんとだ。
糸井 だから、西川さん、
無意識にそういうことをいっぱい
描いてるのかもしれないですね。
こっちから見るとつまらないものが、
逆から見るとすばらしいものに見えて、
でも同じものなんですよ。
というのをいつも描かれてます。
西川 そうですね。
昨日はこっちから見てたのに、
今日はあっちから見る。
あの‥‥人って、変わるじゃないですか。
糸井 変わります。
西川 それがやっぱり残酷だし、
おもしろいところだなと思ってるんです。
でも映画でそれを描くと
みんな違和感を感じてしまうんですよ。
「あれ? キャラが変わってる」みたいな。
糸井 うん。
西川 小説なんかだと、
そういう理由のない変化をスルスルっと読んで
納得できてしまったりしますよね。
それをなんとか映画で、
行動原理の整合性とかなく、やってみたいなと。
糸井 やりたいですよねえ。
因果がないと、
「ロジカルじゃない」って言われちゃうでしょ。
西川 そう、そう、そう。
糸井 でも、見えない因果は、山ほどある。
西川 そう! そこなんですよねえ‥‥。

(つづきます)

2009-09-09-WED


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