『ディア・ドクター』の  すてきな曖昧。 糸井重里×西川美和監督
第8回 ズバリと言わない、山場。
糸井 映画としてハラハラさせる場所も
ときどき作ってくれてますよね。
今回でいうと、いちばんドキドキしたのは、
あそこかな、
八千草さんの娘が鶴瓶さんを尋問に来たところ。
あれは、ドキドキしました。

(C)2009『Dear Doctor』製作委員会
西川 あそこは一応、クライマックスというか、
映画の山場なんですけど、
地味じゃなかったですか。
糸井 いや、怖かったですよ。
八千草さんの娘、井川遥さんもお医者さんで、
自分の母親の病状を、鶴瓶さんに訊くでしょ。
「母は本当に大丈夫なんでしょうか」みたいに。
鶴瓶さんは八千草さんの病気を隠して
嘘をついているわけですから、尋問ですよ。
西川 はい。
糸井 東京の大学病院に勤める井川遥さんが、
なんだかあやしい鶴瓶さんに、
追いつめるような質問を重ねてね。
西川 ええ。
糸井 あそこで井川遥さんが黙るシーンが、
いちいち怖くて。
西川 (笑)
糸井 あれもきっと、脚本でできてますよね。
西川 はい。
だから現場では、間を作っていきます。
ああいうシーンのいちばん大事な作業ですね。
沈黙の長さを計りながら決めていくんです。
沈黙が長すぎると、
たとえリアルであっても
ちょっと作為的過ぎる感じがしてくるし、
短いと物語れない。
間を計るのって難しいんですけど、
そのあたりはやっぱり‥‥
笑いの人が得意なんですよ。
糸井 ということは‥‥
あの場面の間は、鶴瓶さんが主導権を?
西川 間に関しては、
鶴瓶さんにはほとんど指示をしていません。
糸井 間は、長すぎると脅迫になりますよね。
西川 そうですね。
糸井 権力を行使している形になっちゃう。
西川 ええ。
糸井 じゃあ、あの場面の鶴瓶さんが、
いちばん強かったんですね、どの場面よりも。
嘘をつき通すという強い意志があるから、
引くこともできないし。
西川 そうですね。
糸井 で、その場面をやり過ごせたおかげで、
弱い自分が戻ってきて‥‥
どこかへいなくなっちゃった(笑)。
西川 そうそう(笑)。
やりきっちゃったことで萎えちゃった。
糸井 理屈だけで観ようとする人は、
あそこで鶴瓶さんが出ていって
失踪しちゃう理由が
わからないかもしれないですよね。
西川 うーん‥‥かもしれません。
糸井 やりきったんだよ、鶴瓶さんは。
西川 ‥‥やりきることって、
実はすごく怖いことじゃないですか。
やりきれたときほど、
なんか、こう、
そのあとが弱くなるんですよ。
糸井 やりきれたかどうかというのは、運もあります。
井川遥さんが、
「‥‥わかりました」
と言ったから、ぜんぶ決まったわけで、
自分からは何もコントロールできない。
西川 そういうシーンでした。
糸井 相手に主導権がある場所で「やりきる」って、
いや、すごいことです。
就職活動なんかをしてる人に、
ちょっと見せたくなる。
西川 そうですね(笑)。
糸井 あそこはだから、
やっぱり山場なんですよ。
いろんなものが入ってるでしょう。
テーマでもあったし、
映画としてのサービスシーンでもあった。
あのやりとりはドキドキしますよ。
西川 とても日本人的なコミュニケーションで、
お互いにズバリと言わないやりとりなんです。
だから、激しいバトルにはならない。
これが山場でいいんだろうかって‥‥。
糸井 そういうことも気にされるんですね(笑)。
西川 まあ、すこしは‥‥。
たとえば韓国映画なんかだと、
人前でドーンと立ち上がって
ワーッとまくし立てたりしても、
何となく無理のない風景にみえるというか、
もちろん単なるイメージかもしれませんけど、
そういう熱い気質の国民性だという認識があって、
「あるある」と思えちゃう。
でも、同じ行動を現代の日本人の設定でやらせると
相当な事情がない限りは、
「映画的過ぎる演出」に見えてしまう。
糸井 うん。
西川 私は「一般的」とされている気質からなるべく
はずれすぎない人物像を描きたいので、
地味になっちゃうんですよね、たいがい。
糸井 でも、
「あそこがいちばんドキドキしたね」
って観客は、まあ、いるわけですから。
西川 そうですね、救われますね。
糸井 落語を聴いてる人なんかもそうですよ。
何でもないセリフの
耳からの響きだけで
ほろりとしたりするんですから。
西川 ああ‥‥。
糸井 それは歌だってそうじゃないですか。
アカペラで伴奏もなしにただ歌った歌に、
歌詞もぜんぶ知ってるのに
泣けてくるってあたりも。
西川 ‥‥はい。
糸井 そこは、
信じ切ったほうがいいと思うなあ。
西川 そうですね‥‥。
うん、確かに。
糸井 ぜひそれを流行らせたいです、世界に。
西川 (笑)
糸井 「あれを俺もわかりたい」って、
イギリスの人とかに言わせてみたいですね。
西川 そうですね(笑)。

(つづきます)

2009-09-10-THU


まえへ
このコンテンツのトップへ
つぎへ