糸井 | 映画としてハラハラさせる場所も ときどき作ってくれてますよね。 今回でいうと、いちばんドキドキしたのは、 あそこかな、 八千草さんの娘が鶴瓶さんを尋問に来たところ。 あれは、ドキドキしました。 |
(C)2009『Dear Doctor』製作委員会 |
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西川 | あそこは一応、クライマックスというか、 映画の山場なんですけど、 地味じゃなかったですか。 |
糸井 | いや、怖かったですよ。 八千草さんの娘、井川遥さんもお医者さんで、 自分の母親の病状を、鶴瓶さんに訊くでしょ。 「母は本当に大丈夫なんでしょうか」みたいに。 鶴瓶さんは八千草さんの病気を隠して 嘘をついているわけですから、尋問ですよ。 |
西川 | はい。 |
糸井 | 東京の大学病院に勤める井川遥さんが、 なんだかあやしい鶴瓶さんに、 追いつめるような質問を重ねてね。 |
西川 | ええ。 |
糸井 | あそこで井川遥さんが黙るシーンが、 いちいち怖くて。 |
西川 | (笑) |
糸井 | あれもきっと、脚本でできてますよね。 |
西川 | はい。 だから現場では、間を作っていきます。 ああいうシーンのいちばん大事な作業ですね。 沈黙の長さを計りながら決めていくんです。 沈黙が長すぎると、 たとえリアルであっても ちょっと作為的過ぎる感じがしてくるし、 短いと物語れない。 間を計るのって難しいんですけど、 そのあたりはやっぱり‥‥ 笑いの人が得意なんですよ。 |
糸井 | ということは‥‥ あの場面の間は、鶴瓶さんが主導権を? |
西川 | 間に関しては、 鶴瓶さんにはほとんど指示をしていません。 |
糸井 | 間は、長すぎると脅迫になりますよね。 |
西川 | そうですね。 |
糸井 | 権力を行使している形になっちゃう。 |
西川 | ええ。 |
糸井 | じゃあ、あの場面の鶴瓶さんが、 いちばん強かったんですね、どの場面よりも。 嘘をつき通すという強い意志があるから、 引くこともできないし。 |
西川 | そうですね。 |
糸井 | で、その場面をやり過ごせたおかげで、 弱い自分が戻ってきて‥‥ どこかへいなくなっちゃった(笑)。 |
西川 | そうそう(笑)。 やりきっちゃったことで萎えちゃった。 |
糸井 | 理屈だけで観ようとする人は、 あそこで鶴瓶さんが出ていって 失踪しちゃう理由が わからないかもしれないですよね。 |
西川 | うーん‥‥かもしれません。 |
糸井 | やりきったんだよ、鶴瓶さんは。 |
西川 | ‥‥やりきることって、 実はすごく怖いことじゃないですか。 やりきれたときほど、 なんか、こう、 そのあとが弱くなるんですよ。 |
糸井 | やりきれたかどうかというのは、運もあります。 井川遥さんが、 「‥‥わかりました」 と言ったから、ぜんぶ決まったわけで、 自分からは何もコントロールできない。 |
西川 | そういうシーンでした。 |
糸井 | 相手に主導権がある場所で「やりきる」って、 いや、すごいことです。 就職活動なんかをしてる人に、 ちょっと見せたくなる。 |
西川 | そうですね(笑)。 |
糸井 | あそこはだから、 やっぱり山場なんですよ。 いろんなものが入ってるでしょう。 テーマでもあったし、 映画としてのサービスシーンでもあった。 あのやりとりはドキドキしますよ。 |
西川 | とても日本人的なコミュニケーションで、 お互いにズバリと言わないやりとりなんです。 だから、激しいバトルにはならない。 これが山場でいいんだろうかって‥‥。 |
糸井 | そういうことも気にされるんですね(笑)。 |
西川 | まあ、すこしは‥‥。 たとえば韓国映画なんかだと、 人前でドーンと立ち上がって ワーッとまくし立てたりしても、 何となく無理のない風景にみえるというか、 もちろん単なるイメージかもしれませんけど、 そういう熱い気質の国民性だという認識があって、 「あるある」と思えちゃう。 でも、同じ行動を現代の日本人の設定でやらせると 相当な事情がない限りは、 「映画的過ぎる演出」に見えてしまう。 |
糸井 | うん。 |
西川 | 私は「一般的」とされている気質からなるべく はずれすぎない人物像を描きたいので、 地味になっちゃうんですよね、たいがい。 |
糸井 | でも、 「あそこがいちばんドキドキしたね」 って観客は、まあ、いるわけですから。 |
西川 | そうですね、救われますね。 |
糸井 | 落語を聴いてる人なんかもそうですよ。 何でもないセリフの 耳からの響きだけで ほろりとしたりするんですから。 |
西川 | ああ‥‥。 |
糸井 | それは歌だってそうじゃないですか。 アカペラで伴奏もなしにただ歌った歌に、 歌詞もぜんぶ知ってるのに 泣けてくるってあたりも。 |
西川 | ‥‥はい。 |
糸井 | そこは、 信じ切ったほうがいいと思うなあ。 |
西川 | そうですね‥‥。 うん、確かに。 |
糸井 | ぜひそれを流行らせたいです、世界に。 |
西川 | (笑) |
糸井 | 「あれを俺もわかりたい」って、 イギリスの人とかに言わせてみたいですね。 |
西川 | そうですね(笑)。 (つづきます) |
2009-09-10-THU