2012-12-04-TUE


糸井 西水さんは世界銀行にいらしたとき、
危険な地域にも
ずいぶん行かれているんですよね。
西水 そうですね。
戦争をバンバンやっている地域とか、
危険なところばかり行っていて、
「女性がそんな場所を歩くのは大変だ」
なんて、よく心配をされました。
ただそういった地域でも、
やはりこちらの姿勢といいますか、
心の有りようがとても大事で。
糸井 そうですか。
西水 たとえばパキスタンのある村に行くと、
彼らが信用するのは
基本的に、家族や親戚だけなんですね。
権力者のことは、ぜったいに信用しない。
世界銀行からきた私も、
最初は権力者のひとりとして見られます。
向こうは、
「きっと悪いことをしにきたんだ」
と身構えていますから。
糸井 ああー。
西水 けれどそうした地域でも、
こちらがちゃんと心を開いて向き合えば、
家に招いてくれることがあります。
糸井 家に。
西水 そうした地域で、家に入れてもらうことは
「家族の一員だよ」というシグナルなんですね。
外ではまったく本音を話してくれなかった人たちが、
家に入ってからは
腹を割ってくれるようになるんです。
糸井 はあー、そこまで入っていく‥‥。
西水 加えて、南アジアの国々は、
「誰かが家族として受け入れた相手は
 共同体にとっても家族の一員。
 だからその人になにかあったら、
 共同体の名誉の傷になる」
という考え方の文化なんですね。
糸井 ええ、ええ。
西水 ですからそうした地域で、
いちど家族に入れてもらえれば、もう、
「ミエコを守る」
という無言の掟ができるんです。
糸井 はああー。
西水 そうなると、
護衛でついてきてくれた警察や
政府軍の護衛士たちといるほうが、
かえって危険なんです。
なぜならば警察や護衛士は、
人々にとって「家族」ではないから。
糸井 はい、はい。
西水 護衛の方々には
「何かあったら世界銀行の責任ですから」
と、帰っていただいて。
そのかわり、
土地の人たちに守っていただきます。
糸井 結局、自分の身を守るのは「武力」ではなく、
そこに住む人たちとの「関係」。
そういうことですよね。
西水 そうです。
糸井 でもそれは、
相手との「関係」がどう転ぶかで、
自分の命さえ危ない。
そういう話でもありますよね?
土地土地の人々との関係は、
毎回サイコロを振りながら
つくっていくようなものでもあるでしょうし。
西水 ええ。
いつ何が起こるか、わからないです。
糸井 それは、おそろしいスリルですね。
「今回はだめかもしれない」
が毎回なわけで。
「これまで大丈夫だったから今回も大丈夫」
っていうのは‥‥
西水 ないです。
「前に大丈夫だったから今回も」は、
ぜったいにないです。
糸井 そうですか‥‥。
いや、なんていうんだろう‥‥
事実として、
それをされてきた方なわけですよね。
西水 ええ‥‥はい。
糸井 ほんとうに、感心するんですが‥‥
西水 ‥‥。
糸井 ‥‥だって、
そのたいへんなスリルのぜんぶが、
ひとつずつ違うケースっていうのは‥‥。
西水 そのことを、わかってくださいますか。
糸井 いや、それは、そうでしょう。
そのご経験は‥‥すさまじいですね。
西水 ありがとうございます。
それはきっと、
糸井さんだからわかってくださるのであって‥‥。
日本でわかってくださる方、
ほとんどいないですよ。
糸井 そうですか。
そのことを言う人がいないのだとしたら、
もしかしたら多くの人は、
「西水さんはすごい人だからできるんだ」
と思っているのかもしれませんね。
西水 ぜんぜんです。
私がすごいとか、そんなことはないんです。
なんとかできている理由は、
「一回ずつの大切さを思えば
 やる以外の選択肢を考えられない」
ということだけですから。
糸井 ああ‥‥すごいですね。
でも、そう思います。
「できる理由」っていうのは、
まさにそこなんですよね。
「やるしかないんだ」っていうか。
‥‥いや。
いや、ほんとに‥‥。
西水 なんといいますか、
ほんとうに‥‥。
糸井 ‥‥。
西水 Thank you. です、
わかってくださって。
(立ち上がり、手を差し出す)

糸井 (しっかり手を握る)
一同 (拍手と笑い)
糸井 ああ‥‥今ね、こころから思いましたよ。
西水さんのされてきたことを
「すごい人だからできている」
と思っている人は、
西水さんがこれまでされてきた
一回一回のケースがぜんぶ違うことを
わかっていないだろうな、と。
西水 人と人が向き合うことに、
「技術」とか「すごい人だから」は
関係ないですものね。
糸井 そう、そうなんです。
ぼくにしたって人と会って話すことを
よくしているから、
得意だとか話が上手いとか思われてますけど、
そんなわけはないんです。
それこそ、一回一回のケースが‥‥。
西水 ああ‥‥同じなのですね。
‥‥あるんですね、
こんなふうに伝わることが。
糸井 ええ。
西水 なんだか‥‥泣いちゃう(笑)。
糸井 (笑)
西水 ‥‥ありがとうございます、うれしいです。
糸井 ‥‥こちらこそ、
きょうお会いできたこと、ほんとうにうれしいです。
(つづきます)
2012-12-04-TUE






世界銀行副総裁という立場から、
つねに「現場」に根ざした「国づくり」を
推し進めてきた西水美恵子さん。
こちらは西水さんが、各国で向き合ってきた
改革や支援のことを書かれた1冊。
出会われてきた素晴らしいリーダーたちや
草の根の人々の話をはじめ、
胸に響く話が多数収められています。

英治出版、2009年4月発行 
本体1,800円+税



西水さんが、自身の体験から
考えてきたことや学んできたことを
書かれたのがこちらの本。
リーダーの姿勢やありかた、
働くということ、危機管理の方法など、
さまざまな発見があるとともに
西水さんのまっすぐな姿勢が
読む人に勇気を与えてくれます。

英治出版、2012年5月発行 
本体1,600円+税