Drama
野田マップの稽古場の隅で。

●第2回●

糸井 やっぱり先陣切って汗かいてる人たちって
何人もあちこちにいるんだけど、例えばこの間、
松本人志さんっていう人と話してて、
なんでもない質問のやりとりをしてたんだけど、
「それは糸井さん、温泉に泊まって
 3日間やんないとだめだと思う、
 答えは出ないと思う」
って。その言い方できること自体がもういいんだよ。
もうすごいんだよ。
「もしわかってしもたら、どうすんでしょうね」
ってもう一回帰ってくるわけ。
この人はやっぱり、風、受けてる人だなぁ。
そんな人がいっぱい点在してるっていう感じで、
結構見てると同じ体質だなっていうか、
自分でわかんない。
そこのクイズが面白いんだな。
野田 一つのタイプで謎を解きたくないのは、
もう絶対に俺の癖だよね。
糸井 詩で解くクイズってすごいと思うんだよ。
クイズ出す人はそこが欠けてるんだと思う。
コンピュータゲーム作ってる人って、
全部ロジックで、整合性で勝負するわけだよ。
「整合性」って、10年かけたら
秀才なら誰でも作れるんですよ。
でも秀才が10年かかって作れるものを
僕ら短い人生の中で作る意味ないんだよ。
詩で解くクイズを出せるっていう人がすごいんだよ。
野田 詩で解くクイズを出してるから翻訳しにくいんだよ。
それは海外でいつもぶつかる壁なんだよな。
糸井 民族芝居なんだよね。全部ね。
野田 そうなっていっちゃうからね。
糸井 ハリウッドの人たちはそこをわかってて
解決してる人たちが何人かいると思うんだよね。
野田 英語って日本語に比べるとやっぱりロジックの言語だから。
彼らのは詩でさえロジックだったりするから
いいんだろうなぁ。
糸井 村上春樹が最初の小説を英語で書いたって
いうじゃないですか。
野田 ああそう。
糸井 一回英語で書いて、翻訳したって。
野田 ああ、だから「と僕は言った」なんだね。
あれは向こうのI saidを訳したわけじゃないですか。
俺あれを読んだときに英語の理論とは気づかなかったな。
糸井 英語で書いたんだって。
彼は当時から世界性をいつでも意識してて、
当然のように外国に行ったけど、
どっかにきっかけがあれば
そこのところはやらなきゃいけないのかもしれないし、
やるだけの価値はあると思うんだけど
俺もわからないんだよ、そこ。
世界があるって知っちゃったんで。
野田 出たり行っちゃったりすると
そこがまた面白いってことに気がついちゃうんだ。
そうするとやっぱりそこに混じっていきたいっていうのが。
糸井 ワールドシリーズ出たいじゃん。野球やってると。
野田 だからね、俺ミュージシャンと
スポーツ選手はうらやましいね。
ほんとの単純な肉体芸術だから、音楽も肉体と呼べば。
そういうもの、それでいけるんだよな。
言葉が障害にはならない。
音楽の言葉もあるんだろうけど。大してならないしな。
特にスポーツはうらやましいね。絵画もそうか。美術も。
糸井 今、日本から発信して市場を作れるものって
ゲームしかないんですよ。
僕はゲーム翻訳したのをアメリカに出てるんだけど、
大して売れない。
十何万本なんだけどそのホームページがあったりして、
未だに謎解きとかしてるんだよ。
それ考えると、俺は全部日本語で表現したのに
不自由な日本語を使うわけですよ。ゲームだから。
おかげで通用したと思うと、
「あ、もしかしたらあるな」
と思い始めたんですよ。
僕が作るものだからロジックじゃないんだけど、
なんとか間に立つアメリカ人が、僕の作った意図を理解して
翻訳しようとしたり、ここはこうしないと通じないぞとか
いうのを多少変えたんだけど、
アメリカ人がものすごく面白がって、未だに
オタク化して研究してるんですよ。
それを思うと、この芝居だって
いったん作っちゃってからだったら輸出できるかな。
野田 向こうの現場のやつ、この前、『赤鬼』っていう芝居を
タイのやつとやったのがとりあえずあって、
今年の夏に今度はロンドンの役者と
ワークショップをやってみたんですよ。
翻訳自体はつたない英語なんだけど、
それを読ませてもすごい興味示して、
わからないところ、ここはどうなってんのかっていうのは、
言葉遊びだったりするじゃん? そのことを説明すると、
説明がわかると面白がるじゃん。
日本語っていうのはこうなってこうなんだっていうと、
「ああ」ってわかるんだけど、
じゃあどうやって翻訳するっていうのはできないんだ。
でもそのときにやっぱり30分か1時間かけて、
みんなで「それは文化的にはこっち側でいうと
こういうことかもしれない」とか、
つまり単純なやつはことわざの類で言うと、
「その手は桑名の焼き蛤」とか「遠慮のかたまり」とか。
遠慮のかたまりについて説明するとさ、
それはこうだとかっていう。
糸井 できるかもしれない気はするんだよね。
両方が歩み寄ればできるとは思うんだ。
その意識っていうのは頭の片隅にあるじゃないですか。
世界知っちゃったが故に。そこ興味あるね。
老い先短いんでさ。
野田 韻を踏むとかいうのが悔しいんだよ。
彼ら韻を踏むの好きじゃない?
すると「いつわりは真実を生むためのつわりだ」
っていう僕の芝居のセリフがあるんですよ。
糸井 ああ、いいねぇ。
野田 そうすると直訳しても彼ら結構喜んだの。笑ったの。
そのウソをつくことはホントへのつわりだと。
それだけでも笑ってたんだけど、いつわりとつわりが
韻を踏んでるって言うと、はぁーんってなるわけだよね。
そういうのって実はシェイクスピアなんかと比べて
偉そうって言われるけどさ、
あのさ、シェイクスピアってさ、
あれはすごく言葉遊びがすごくてとかいうけど
やっぱりほとんどちゃんと翻訳されてないような
気がするんだよね。
だから、韻なんかすっごい踏んでるわけだから、
それで、こう言うと、翻訳の人に悪いけど
やっぱり言葉遊びはめちゃくちゃ難しくて
それですごいって日本で言われているシェイクスピアって
何なんだろうと思う。
糸井 柳瀬尚紀が一所懸命やってるけど
もう俺は違うと思うんだよ。
あれ大脳的すぎると思うんだよ。
それに比べてあっちのほうがヒントになる。
『ロミオとジュリエット』のこないだやったやつ。映画の。
あれ古語でしゃべってるらしいんだよ。
だけど勢いがあるの。
つまりアメリカ人にもわからないようなこと
言ってるんだよ。きっと。
ディカプリオだっけあれ。あれはね、
俺わかんないけど、面白かった。
あの辺がね逆にヒントになるんじゃないかなぁ。
ぞくぞくするものあるんだよ。
ああいうような可能性も、ちょっとあるなぁ。
野田 でもやっぱり英語だから少しわかるんだよね。きっとね。
だからロシア語とかロシアの芝居とか観たときって、
わかんねぇ。
とにかく言葉がこんなにわかんねぇもんかとか、
もちろんタイの言葉なんかも
そうだけどわかんねぇなぁって。
糸井 ちょうど今、カミさんが岩松了さんが翻訳した
チェーホフ(『かもめ』)やってるじゃないですか。
岩松さんがあえてチェーホフを翻訳し直してって考えてる
センスっていうのも、俺らが今喋ってることの
逆側からの発想だと思うんだよね。
できるかもしんないって思って。
きっとチェーホフの理解のされなかった状態を
今再現したいと思ったんだと思うんだよ。
たぶん道は違って同じようなところに、
きっと裏表から攻めてるんじゃないかなって気がして。
まだ観てないんだけど、
やっぱり台本面白いらしいんだよ。
笑うんだって。なんでもないセリフで笑うっていうから、
ああ、きっとその辺をやりたいんだろうなぁと思ってて、
みんな俺らの近い世代のやつらがそこんところに
なんかわだかまりを持ってて、
世界と今の島国っていう、リンクしてることを
意識しながら日本で芝居してるっていうのが、
客も意識してると思うんだよね。
その状態っていうのがこれはこれで
何か生むと思うんで、面白いなあ。
野田 全然違うけど、昔、俺、翻訳のそれ、
翻訳が如何に正確に伝わらないかっていうのの実験として
テレビなんかでやってほしいなと思ったのが、
向こうの小説、全然知らないのを日本の翻訳家に
ぱーっと翻訳させて、その翻訳したやつを
今度向こうのやつに戻すの。
糸井 再訳ね。
野田 再訳させると原作のものと同じものができるかって、
もちろんできないんだけど、
どのくらい違ってるのかっていうのを、
「伝言ゲームじゃないけど
 ああいう企画ってやってみたら?」
ってテレビやってる人に言ったことあるんだけど、
テレビじゃあ、って言われちゃった。
そこがテレビのダメさだと思うんだけどね。
糸井 それインターネットだとやりやすいね。
野田 そうだよね。でもその意図を、
隠しておかないといけないんだよね。
これをただ単純に翻訳してくれって
頼みさえすればいいんだよね。
糸井 やってみようかね。いつかね。
野田 そんな長いもんじゃなくてもいいかもしれないね。
糸井 テレビだと……。
野田 4回くらい繰り返したら、伝言ゲームじゃないけど
もう全然違うふうになるかもよ。
糸井 あの、吉本ばなななんかはイタリアとかヨーロッパで
すごく人気あるけど、
それはもう一つのチームになってるみたいね。
すっごく仲良くなって、
吉本ばななそのものが翻訳されるって
意識してるんじゃないかな。
彼女3回書くっていうんですよ、同じ小説を。
たぶんそこのところで作業してるのは、
単純にしてくことじゃないかと思うんだよね。
それを意識してるのは僕らよりずっと下の世代の
吉本ばななだっていうのがリアルだね。
野田 とてもわかる気がする。だから、漢字とかほんとに
いらなくなっていくのかなとか思っちゃうしね。
でも漢字を覚えた私たちっていうのは、
あと漢字から考えちゃう頭を持っていて、
セリフのなかにまだざらに漢字があるし。
糸井 体癖だよ。

(つづく)

1999-11-21-SUN

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