MONEY IS… vol.01 貧乏と芸術の間の千円札。 赤瀬川原平さんの、とても正直な「お金」の話。
糸井 その「千円札裁判」をつうじて、
多少でも「芸術的な視点」が豊かになった、
みたいなことって、ありましたか?
赤瀬川 うーん‥‥そうですねぇ。

言葉の問題、技術面は鍛えられましたかね。
文章を書く必要に迫られたので。
糸井 ああ、そっちですか。
赤瀬川 好きで書いたわけじゃなかったんだけど‥‥
「あんなバカなことをして」だとか
「売名行為じゃないか」とか、
そんな声が、もう、いっぱい出てきたから。
糸井 そうだったんですか。
赤瀬川 もちろん、友だちや仲間は違いますよ。

でも、オーソドックスな絵画の世界の人々は
そんな反応だったんです。
糸井 はー‥‥。
赤瀬川 そういった批判に対して、
どう答えるかが、いちばん難しかったですね。
やっぱり、
何か言わないといけないなと思ってたので。
糸井 うん、うん。
赤瀬川 それで「言葉」を覚えたし、
言葉の「裏表」みたいなものも、ずいぶん。
糸井 なるほど、なるほど。
赤瀬川 でも、裁判じたいは、じつにおもしろかった。
糸井 あ、そうですか。
赤瀬川 つまり「現代芸術は、ここまで来てるんだ」ということを
まず主張しないと、
「印刷物も芸術である」と認めてもらえないでしょう。

だから、たとえば弁護側の証拠物件として
高松次郎の「紐」だとか、
中西夏之の「洗濯バサミ」だとか、
そういうのを出してきたり‥‥。
裁判所が、美術館みたいになっちゃって。

※高松次郎
 1960年代に、赤瀬川さん、中西夏之さんと
 「ハイレッド・センター」という
 前衛芸術グループを結成していた芸術家。
 絵画・彫刻・写真‥‥などさまざまな作品を残したが
 なかに「紐」を用いた一連のシリーズがある。
糸井 へぇー‥‥。
赤瀬川 その「紐」も、そのまま証拠物件としようとすると、
「いや、この状態では、まだ芸術ではない」
「紐は、こうやってはじめて芸術になるんだ」って。

‥‥まあ、実際、そうなんだけど、
そんなことを、ことさらに主張したりしてね。
糸井 記録映像があったら、おもしろいでしょうね。
赤瀬川 まぁ、法廷だから、映像は撮れないんだけど‥‥。
川仁(宏・思想家、アーティスト)さんが
音声を「隠し録り」してたみたいだよね(笑)。
糸井 え、そうなんですか。
赤瀬川 あの人がまた好きでね‥‥。

当時、まだオープンリールの時代だと思うんだけど、
ほんとのスパイが使うような、
ワイヤーコードのマイクを借りてきて。
それを、洋服の下に仕込んで(笑)。
糸井 すごいですね(笑)。
赤瀬川 あと、それにね、
「紐っていうのは、ここを、こう伸ばさないと
 芸術にならないから」
みたいな議論になってくると、
弁護士とか裁判長には、わからないでしょう?
糸井 ええ、ええ。
赤瀬川 この証拠である「紐」を
完全なる「芸術」の状態で提出するには
どうすればいいか。

ああでもない、こうでもないになって、
ついに弁護人が
「傍聴人のなかに、実際の芸術家のかたが‥‥」とか。
糸井 つまり「芸術のおわかりになるかたは」と。
赤瀬川 そう、そう。
糸井 飛行機にお乗りのお客さまのなかに‥‥みたいな(笑)。
赤瀬川 「手伝ってもらってもいいでしょうか」って。
糸井 おもしろいなぁ(笑)。
赤瀬川 世間の仲間うちでは、ぼくのつくった千円札を
踏んじゃったり、破いちゃったり、
もう、ぞんざいに扱ってるわけです。

だけど法廷では、まずは「芸術である」という存在。
結審するまでは、その位置は絶対なんです。
糸井 仮構世界なわけだ。
赤瀬川 そうそう、そんなのが、いちいちおもしろくて。
また、こちらの弁護士さんも、いいんですよ。

正義感のかたまりのような人だったから、
ときどき検察側の質問に
本当に腹が立ったときなんか、
「バカ野郎!」って言っちゃうらしい。
糸井 すごいですね。
赤瀬川 でも、そのすぐあとに
「‥‥と、言いたくなるような気分です」と
続けるんです。
糸井 ああ、なるほど(笑)。
赤瀬川 そうするとね、書類上の記録だと
「バカ野郎と言いたくなるような気分です」となって、
「バカ野郎!」とは
だんじて、言ってないことになるんだな(笑)。
糸井 結局、法廷も「言葉」でできてるってことですね。
 
赤瀬川 そうだよね。
糸井 そこで、赤瀬川さんも、言葉を鍛えた、と。
赤瀬川 そう。
糸井 はー‥‥。聞けば聞くほど、おもしろい。
赤瀬川 ふふふ。
糸井 つまり、いまのお話をお聞きしていると
その「千円札裁判」の法廷って
「社会」から「芸術」に対する「みせしめの場」に
一見、見えるんだけど‥‥。
赤瀬川 うん。
糸井 裏を返して見ると、「芸術」から「社会」に対する
「プレゼンテーションの場」ですよね、そこ。
赤瀬川 うん‥‥考えてみればねぇ。

<つづきます!>


2010-06-01-TUE