MONEY IS… vol.01 貧乏と芸術の間の千円札。 赤瀬川原平さんの、とても正直な「お金」の話。
糸井 赤瀬川さんは「食うに困った経験」のある世代‥‥
ですか?
赤瀬川 もちろん。
糸井 そうですか。
赤瀬川 あの時代は、みんなそうだったですから。
学生になって東京に出てからも
まあ、金がないから‥‥イモ泥棒とかね。
糸井 ああ、そうですか。
赤瀬川 ともだちの米を盗んだこともあります。
糸井 米とは、「飯」そのものですね。
赤瀬川 小金井の下宿にいたんだけど、
となりの人の実家がね‥‥山形かどこかで、
米を「俵」で送ってくるんです。
糸井 すごい。
赤瀬川 よく時代劇かなんかで、竹を半分に割ったものを
ブスっと刺すと
サラサラサラって出てくるじゃない、米が。
糸井 ええ、ええ。ありますねぇ。
赤瀬川 あれ、けっこう難しいんだね。
糸井 やったんですか(笑)。
赤瀬川 サラサラサラっとキレイに流れてこなくて、
穴の空いたところから、バラバラッと。
慌てちゃってね。‥‥忘れませんねぇ、あのことは。
糸井 具体的にあったんだ、そういうことが。
赤瀬川 ありましたね。
糸井 そうやって貧乏なときほど、
ケチって言われるの、イヤかもしれませんね。
赤瀬川 イヤだったでしょうねぇ。
糸井 そんな気がしますよね。
赤瀬川 だって、貧乏って「居直れない」から。
糸井 ああ‥‥。
赤瀬川 ‥‥でね、その家、お味噌も「樽」で来るんです。
糸井 もしかして‥‥。
赤瀬川 中学からいっしょの雪野(恭弘・画家)と
大学も「ムサ美」(武蔵野美術大学)で同窓だったんだけど
ふたりとも、本物の貧乏だったからね。

そのお味噌も‥‥ときどき失敬したりしました。
糸井 ははー‥‥。
赤瀬川 ついにあるとき、そのとなりの人から
「味噌が少なくなってるんだよな」とか言われてね。
ヤバいなあと思って。
糸井 知ってたんだ。
赤瀬川 そのときは、一応しらばっくれたんだけど、
その後はもう、やめましたね。
糸井 具体的には、いつくらいの話ですか?
赤瀬川 ムサ美1年のときだから、50年代の半ば。
糸井 とんでもなく昔じゃないですね。
赤瀬川 じゃないです。
糸井 ぼくが小学校の高学年くらいのときだから、
日本が、だんだん良くなってきてるころですよね。

そのころまだ、具体的に食えなかったわけですか。
赤瀬川 食えなかったですねぇ。
糸井 当時の収入源というのは「仕送り」ですか。
赤瀬川 はじめの2カ月だけ、仕送りがあったかな。
雪野のほうは1カ月だけ。
すぐ、路傍の身になってしまったわけ(笑)。
糸井 早いですね(笑)。
赤瀬川 仕送りがなくなってからは、
サンドイッチマンのバイトをちょこちょこやって。

でも逆に言うと、仕事もそれくらいしかないから、
もう「盗む」しかなかったんですよ。
糸井 とくに「食べ物」についてですね。
赤瀬川 そう、まず「食いつなぐ」ということですから。

部屋代は、絵描きに理解のある大家だったから。
だいぶ、溜めてたけどなあ‥‥。
糸井 「どうやったら、お金が入るんだろう」
ということについては、なにか考えてましたか?
赤瀬川 いや‥‥あんまり、そっちのほうに
頭がはたらかないんですよね、当時から。

まがりなりにも自活できるようになったのは、
「レタリング」の技術を覚えて、
装飾屋とか看板屋で
賃仕事をできるようになってからですから。
糸井 レタリング。
赤瀬川 ええ。
糸井 そういう「非常に原則的な仕事」が
赤瀬川さんの最初の収入源だった‥‥というのも
おもしろいですよね。

つまり「表現」とかじゃなくて
「あなたでも、あなたでも、あなたでもいいんだけど、
 あなた上手ねえ」
というような種類の仕事ですよね。
赤瀬川 そうです、そうそう。技術の仕事です。
糸井 ある意味では「誰でもできるようなこと」のほうが
「換金」という部分では、複雑じゃないですね。
赤瀬川 うん、それはそう。
糸井 良し悪しだとか、
価値の高い低いがないところで仕事するほうが、
確実に「食える」時代があったんだ。
赤瀬川 イラストの仕事がだんだん増えていったのも、
そんなことをしているうちに、なんです。
糸井 あの、吉本隆明さんがプロの作家になったのって
40歳を過ぎてからなんですね。

で、それまでの飯のタネは何だったかっていうと、
特許事務所の「翻訳の仕事」だったんです。
赤瀬川 そうですか。
糸井 つまり、どちらかというと技術の仕事ですよね。
赤瀬川 その期間が長いんですか。
糸井 長いです。

その翻訳の仕事と、評論なんかの原稿料とが、
「半々」になったところで
翻訳を辞めて、プロの作家になったんですって。
赤瀬川 ああ、なるほど。
糸井 赤瀬川さんのケースと似てるなと思ったんですが、
わかりますか‥‥その感じ。
赤瀬川 わかるなぁ。すごくよく、わかります。

<つづきます!>


2010-06-02-WED