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糸井 |
それじゃあ、芸術作品の「題材」という以外に
赤瀬川さんにとって
「お金」って、どんなもの‥‥でしょうか?
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赤瀬川 |
うーん‥‥貧乏なころは、ひたすら欲しかった。
生きていくのに必要だったっていう、
それ以上には、とくに考えられなかったですね。
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糸井 |
なるほど。
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赤瀬川 |
だからこそ、切実にお金が「ない」からこそ、
とにかく、
食えるところまで、はい上がりたかったんだけど。
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糸井 |
たとえば、若い男の子に、
すっごーくキレイなお姉さんが近づいてきて
「寄ってかない?」って囁いたら
それはもう、寄ってっちゃうと思うんですよ。
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赤瀬川 |
寄ってっちゃうねぇ。
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糸井 |
お金にも、そういうところ、あるじゃないですか。
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赤瀬川 |
うーん‥‥ありますね。
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糸井 |
赤瀬川さんは、そのへん、どうですか?
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赤瀬川 |
あの、大むかしの話なんですけど。
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糸井 |
ええ。
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赤瀬川 |
知り合いが、パチンコ屋に勤めたんですよ。
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糸井 |
はい。
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赤瀬川 |
で、玉がなくなったら、
いくらでも補充してくれるんです。
まだ貧乏なころだったし、夢のようですよ。
なくなったら、ザザーッと出してくれるんだから。
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糸井 |
ええ、ええ。
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赤瀬川 |
景品にも換えてもらえるし、もう嬉しいわけです。
で、いちばん最初は先輩と行って、
次に自分ひとりで行って、やってたんだけど‥‥。
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糸井 |
ええ。
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赤瀬川 |
なんだか、だんだんつまんなくなってきて、
やめちゃった。
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糸井 |
ああー‥‥。
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赤瀬川 |
そのときに、なんとなくわかったのはね、
「お金」もまた際限なく出てきたら、おもしろくないし、
「そんなには、要らない」っていうこと。
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糸井 |
似たようなことは、ぼくも思ったことがあります。
だから「お金じゃないんだよ!」って
簡単に言う人には
「そうかなぁ」って反発しちゃうんだけど、
あんがい、自分でも思ってたりするんですよね。
「お金じゃないよなぁ」って。
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赤瀬川 |
たとえ貧乏であってもね。
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糸井 |
『通販生活』という雑誌を出している
カタログハウスという会社の
斎藤(駿)さんという社長と
以前から、仲良くさせていただいてるんですね。
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赤瀬川 |
ええ、はい。
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糸井 |
斎藤さんは「お金」を目の前にたくさん積まれた人が
「変わっていく」さまを、
もう、何度も、見てきていると思ったんですよ。
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赤瀬川 |
うん。
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糸井 |
ぼくも「そういう人」かもしれないじゃないですか。
自分じゃわからないですけどね。
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赤瀬川 |
うん、うん。
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糸井 |
で、「どうして人は、変わっちゃうんでしょうね」
みたいなことを話していたら、
「いや、変わったように見えてるだけで、
そういう人は、
最初からそういう人だったんですよ」って。
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赤瀬川 |
ああ‥‥なるほどね。
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糸井 |
「じゃあ、ぼくは、どうですか?」って聞いたら
「あ、糸井さんは、ぜんぜん大丈夫」だって。
たしかに、そういうことで「変わった」ってことは
これまでなかったなとも思うし、
「だったら、そのこと心配するのやめようかな」と
思ったんです、そのとき。
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赤瀬川 |
そうですか。
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糸井 |
さっきの「パチンコ屋の話」の場合、
いくらでもお金がほしい状態なわけですよね、
当時の赤瀬川さんは。
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赤瀬川 |
うん。
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糸井 |
なのに、やめてるんですよね。
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赤瀬川 |
そうなんです。
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糸井 |
そう思うと「人間なんて、そんなもんじゃない!」って、
ことさらに人間を悪く言うのは、間違ってますね。
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赤瀬川 |
そうですねぇ‥‥たしかに。
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糸井 |
じゃあ、赤瀬川さん、
お金のことを「にくらしい」と思ってた時代から、
その後、
だんだん「食えるように」なっていくわけですが、
そうなると‥‥どうなりましたか?
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赤瀬川 |
まず「うれしさ」が、率直にありますよね。
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糸井 |
いやあ、いいですなぁ。
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赤瀬川 |
中華料理屋に入って、
メニューの値段を見ないで注文できる、そのうれしさ。
まぁ、そのことに気づいて、
「ああ、ホッとしたなぁ」って感じたのは、
だいぶ年を取ってからですけどね。
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糸井 |
そうですか‥‥赤瀬川さんにとっての「お金」って
にくらしいものであり、
同時にすっごく欲しいものであり、
芸術の題材であり‥‥。
結局、どんなものだったんでしょうね。
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赤瀬川 |
そうねぇ‥‥。
前に、ぼくね、お金のことで
大人の絵本を書いたんです。
『ふしぎなお金』っていう。
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糸井 |
ほう。
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赤瀬川 |
その絵本に書いてあるんですけど、
ぼく、お金って「血」みたいに感じるんです。
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糸井 |
よく言われる「経済の血液」という意味とは
また違うニュアンスですよね。
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赤瀬川 |
うん、血が出たら、
そこ出ないように押さえるでしょ。
それって、お金も同じじゃないですか。
落としたらすぐ、拾ってポケットにしまう。
見えないところに、サッと。
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糸井 |
なるほど、うん、うん。
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赤瀬川 |
それと「結局、血とは手段だ」ということ。
「目的」じゃなくて。
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糸井 |
ああ、それは「ドラッカー」と同じですね‥‥。
ピーター・ドラッカーという人も
「利益とは、目的ではなく、手段である」
というふうに言ったんですよ。
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赤瀬川 |
ああ、そうみたいですよね。
だから「お金」は、自分の財布の中にある間は
自分のものだけど、出たら別の人のもの。
血も、抜いて輸血したりしますよね。
とにかく、ぼくたち人間が
生きたり、考えたり、運動したりするための
「手段」なんだよね、「血」って。
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糸井 |
「お金」も「血」も、流通をつかさどってる。
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赤瀬川 |
そうそう、その流通がうまくいってないと
ぼくの「鼻づまり」だとか
身体のどこかに不調が起こってくるわけで。
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糸井 |
「お金」も「血」も「受け継ぐもの」だし。
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赤瀬川 |
ああ‥‥そうですね。
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糸井 |
「血統」って「財産」のことでもありますね。
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赤瀬川 |
うん、うん。
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糸井 |
ああ、なるほど‥‥おもしろいなぁ。
「お金は血なり」かぁ。
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赤瀬川 |
そんなふうに、思ってはいるんですけどね。
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糸井 |
いやぁ、今日は、すごくおもしろかったです。
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赤瀬川 |
ああ、そうですか。
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糸井 |
ありがとうございました。
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赤瀬川 |
いやぁ、こちらこそ。
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糸井 |
「ほぼ日」12周年記念の「お金」の特集、
今日の赤瀬川さんのお話で、
すごくいいスタートを切れると思います。
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赤瀬川 |
そうですか。それは、よかった。 |
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<終わります> |