原田泳幸さんと、 価値について。 「人間の価値ってお金じゃないんです」
第2回	心からお願いする
糸井 僕、社長業を始めるときに、
原田さんのところに
一度相談に行ったの覚えてますか?
原田 え? どんな相談しました?
糸井 「社長業っていうのは、
 どうやってやっていったら
 いいんでしょうかね?」っていう相談をしました。
原田 あぁ、なんかそういう質問を受けた気がします。
糸井 僕が社長業をおこなうにあたっての
何かしらのヒントをつかみたくて、
いっしょに食事したんです。
アップルのマーケティング部の部長から
社長になった原田さんですから、
その経緯にさぞかしいろいろなことがあっただろうな、
と思っていて、いろいろとお訊きしたかったんですよ。
原田 私、その質問になんて答えました?
糸井 「心からお願いすることです」って言われました。
原田 なるほど(笑)。
糸井 「自分がその立場になって新たにおこなうことは
 『改革』になるし、その『改革』が困る人もいる。
 その人が年上や先輩にあたる場合もある。
 そういう場合は、心からお願いするんです」と。
つまり社長業をうまくこなすには、
心からお願いできるかどうかにかかっていると
教えていただきました。
原田 そうそう、たしかに言いました。
思い出しました。
あの時期だ(笑)。
糸井 そういう「改革」って
跳ね返ってくる圧力に対しての覚悟がいりますよね。
「心からお願いすることです」とお訊きしたときに
「そんな覚悟ってできるものなのか?」
という気持ちが僕にはあったんです。
原田 たしかに圧力はすごくあります。
私は、そういう圧力を2年間くらい静観していて
ある日、圧力をかけてくる人たちに
マンツーマンで説得して歩いたんです。
なにか反論されても、
「それは私に対する期待だと思っております」
と言って「心からお願いした」わけです。
糸井 いま笑顔でそうやって話してますけど、
たいへんなことですよ。
敵のところに飛び込んでいくわけですから。
原田 いつでもできるわけじゃないんですが、
そういうことを話す、ここぞというときは
すごく自分を冷静に保ちます。
糸井 いちばん言いたいことを伝えるとき、ですね。
原田 そうです。
厳しいことを厳しい顔で言うのはカンタンです。
でも、それだと厳しさが先行してしまって
言いたいことの中身が相手に伝わらない。
私がわかってほしいのは、
なぜこういう厳しいことを
あなたに伝えなくてはならないんだ、
ということですから。
私が冷静になって、
ときにはジョークも交えたりしながら
厳しいことを言わないといけないわけです。
糸井 アウェイみたいな立場で
それだけ大事なことを全部やるのって、
ものすごいことですよ。
原田 私はね、こういうことが
走っているときに閃くんですよ。
糸井 走っているとき、ですか。
原田 まえは風呂に入っているときとか、
トイレに座った瞬間とかに
パーンと閃いていたんですが、
いまはもっぱら走っているときですね。
そういう行為には、頭の中の次元を
変えられるきっかけがあると思います。
糸井 じゃあ、ドラム叩いていたときとかも?
※原田さんのドラムはかなりの腕前。
 かつてプロを目指していたそうです。

原田 アイデアが閃くかどうかはわかりませんが、
たしかにドラム叩いていたときは
頭の中が、また違う次元だったでしょうね。
糸井 うんうん、でしょうね。
原田 そういう頭の次元を切り替えるような
「方法」で言えば、
会社や自分を客観的に見るというときにも
私は「方法」を持っています。
糸井 ほぉ、それはどんな?
原田 それは海外に行くことなんです。
糸井 海外?
原田 海外に行くと時差ボケで
2時間くらい寝て
目が覚めちゃうときってありますよね。
私はそういうときに、
そこから朝までずっと仕事するんです。
糸井 ほぉ。
原田 メールの処理とかをしていると、
それとは別に頭の中に
大きな課題がバンバン浮かんでくるんです。
糸井 あ、そうですか。
原田 こう、なんて言うんでしょう、
日本から離れたときにこそ、
日本がよく見える、とでも言いますか。

アップルのときもそうだったんです。
日本にいるときは
「本社はなんであんなことを!」
と憤慨していたんですが、
本社に異動になったら
「日本はとんでもないことやってる」ってわかった。
外にいかないと、これまでの自分の立ち振る舞いが
見えてこないんですよ。
糸井 客観的に見るということを
自分の立ち位置から
物理的に変えるということですね。
原田 そうです。
だから私はよく店舗に顔を出すようにしてます。
店舗のチェックをしに行くわけではなく、
行くことで問題が見えてくる。
これも、さっきお話したような、
立ち位置を物理的に変えることでわかることなんです。
経営の課題っていうのはお店に出ていますからね。
糸井 原田さんは、立ち位置もそうですけど
視点を大きく変えてますよね。
それこそ、目玉の位置を変えるくらいに。
原田 あぁ、そうかもしれないです。
糸井 そういう考えかたって
社員だったときから持ってましたか?
原田 いや、まったくないですね。
社員だったときによく社長が
会社の業績とかマーケットシェアとか
言ってましたけど自分には
まったく関係のないこと、と思ってました。
糸井 その意識ってどこでどう変わったんですか?
原田 もともと私はエンジニアで
「社内でいちばん難しいプロジェクト」
のことにしか興味のない社員でした。
糸井 原田さんらしい(笑)。
そのストイックな感じなんか
まさにスポーツ選手みたいだもの。
原田 ほんと、まさにそうでした。
そんな私を会社が
営業の世界に連れて行こうとするんですよ。
それが30歳過ぎるころですかね。
で、3年くらい抵抗したのち
営業になるんですけど
そこにエンジニアのときとは違った
また新しい世界が見えてくるんですよ。
で、バリバリこなしていったんです。
糸井 でも、そのエンジニアだったときの
自負だとか誇りみたいなものが
営業として邪魔になったりしませんか?
原田 たしかにそういうものはありました。
でも、気づかされたんです。
「あぁ、自分はただのマニアだったな」と。
糸井 うんうん。
原田 会社っていうものは
エンジニアの力で動かしていると思っていました。
それこそ、地球っていうのは技術で動かしている
とまでも思っていたほど。
でも、エンジニアの世界を離れて
「会社を動かしているのは
 技術ではなく営業や経営なんだ」
ってことに気づくんです。
糸井 見えるものが増えてきた、というわけですね。
原田 えぇ。まさに先ほど言った
立ち位置を変えることで見えてきたものです。

(つづきます)

2010-08-17-TUE

前へ
次へ
次へ

 
メールをおくる
ほぼ日ホームへ