葉っぱを お金に変えた人。  「いろどり」の横石知二さんから、グッドニュース。
第7回 歌とお金。
糸井 さっきも話しましたけど、
上勝のおばあちゃんたちは、
ほんとにニコニコしてお金をつかってますよね。
横石 ええ。
糸井 そのあたりがちょっと、
もしかしたらヒントかなぁと思ってるんです。
横石 ヒント‥‥。
なんのヒントでしょう?
糸井 「歌とお金」っていうのを、
ぼくは今年のテーマにしてるんです。
横石 「お金」のほかに、
「歌」もテーマなんですね。
糸井 ええ。
昔は歌うための歌、
「歌う歌」がいっぱいあったでしょう?
とくにぼくがいま肩入れしているのが、
クールファイブなんです。
前川清さんの歌。
横石 前川清さん。
糸井 大好きで。
あの人が歌ってる歌って、
今の時代にスピーカーで流して
詩を噛みしめたりしたら、
けっこう恥ずかしい歌なんですよ。
人前で言えないような
恋愛が語られていますから。
横石 ああー、そうでしたねえ。
糸井 「これきり」と言いかけた
 唇が唇にふさがれる 北ホテル

今どき言えないでしょ、そんなの?
横石 (笑)
糸井 そういう歌だらけなんです。

 嘘と涙の しみついた
 どうせ私は 噂の女

とか、

 あなたのそばで 暮らせるならば
 つらくわないわ この東京砂漠

とかね。
つまり、事情を抱えた男と女が
「下半身つきの愛情」を持ってるんですよ。
その物語が歌われてるわけだから、
今の人から見たら清潔感がないですよね。
横石 はい、はい。
糸井 今だってそういう物語は当然あるはずなのに、
「夢に向かって走って、あなたが支えてくれた」
みたいな歌ばっかりになっちゃってる。
なんだか「自然」と「歌」が、
断ち切られちゃってるんですよ。
ぜんぶ舗装された
コンクリートの上の恋愛になっちゃった。
「下半身は歌うの、なしね」って。
「自然」が失われた歌っていうのは、
やっぱり感じないんですよねえ。
横石 なるほど。
糸井 で、お金に対する価値っていうのも
そうなってきてるんです。
「自然」と断ち切られちゃってる。
つまり、もう、
お金に下半身がないんです、足腰が。
横石 ああー、はい。
糸井 上勝のおばあちゃんが持ってるお金は、
やっぱり下半身があるというか、
自然とつながってるというか‥‥。
そういうことじゃないかな、と。
横石 そうですね、そうだと思います。
糸井 ねぇ。
うーん‥‥横石さんとお話ししたおかげで、
「歌とお金」を組み合わせて
ひとつのテーマにした理由が、
ようやく自分でわかりました、いま。
横石 あ、そうですか。
糸井 いや、ありがとうございます(笑)。
横石 いえいえ(笑)。
糸井 だってね、ついでにしゃべりますけど、
いまの女性たちが、20代の子も含めて
『天城越え』を歌いたがるんですよ?
横石 『天城越え』、
うちの若い子も歌います。
糸井 あ、やっぱり。
『天城越え』、なんですか、あれは?
横石 (笑)
糸井  誰かに盗られる くらいなら
 あなたを殺していいですか

殺人事件の歌ですよ?!
横石 大好きです、うちの子は(笑)。
糸井 でしょう?
やっぱりこういうものの中に、
人が歌いたい何かがあるんです。
すばらしいですよ、『天城越え』。
横石 ほんとね、すごい歌やね。
糸井 もっと言うと、
百人一首の中にはそういうのが
いっぱいありますからね。
「忍んで行って、えらいこっちゃ」
みたいな歌が。
横石 ああー(笑)。
糸井 そういう時代のお金っていうものは、
自然や暮らしと1枚の絵の中に
いっしょにあったはずなんです。
抽象絵画じゃなかったんですよ。
「お金の抽象化」っていうのは、
「歌の抽象化」というものと、
やっぱり時代をひとつにしてるなぁと、
そんなふうに思えますねぇ。
横石 なるほど。
糸井 ある時代には、
「俺、100億あるんだ」っていうやつが
山ほどいたわけで。
おかしいですよね? 100億円って。
そのお金を具体的には見てないでしょう?
抽象画なんですよ。
横石 うーん。そうですね。
糸井 上勝ではたらきたいと思った
1500人の若者っていうのは、
目を閉じれば絵に描けるじゃないですか。
「ちゃんと目に見える価値からはじめる」
っていうのは、
「いろどり」から
ぼくが学んだことのひとつですねえ。
  (つづきます)
2010-06-18-FRI
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