スポーツする身体。
大川達也のトレーニング教室。

第2回 「日米プロ野球の違いについて考えました」

こんにちは。
トレーナーの大川達也です。

先月もほとんどアメリカに行っていまして、
野茂さんやマックの調整をしてきました。
日本に帰ってきてから、久々に日本のプロ野球を
見てみたいと思い、先日東京ドームに行ってきました。
巨人の試合を見ながら、日本のピッチャーについて
思ったことを、今回は書こうと思います。

最近は日本の野球を生で見る機会がなかったのですが、
球場で試合を見るのって、やっぱりいいですね。
ひいきのチームはあまり作らないようにしてますけど、
ジャイアンツは昔から好きでした。

今年はなんといっても上原投手がいいですね。
ひとことで言うと全体のバランスがとてもいい。
上半身と下半身との連携がスムーズで、無理のない
自然なフォームです。
彼は大学に入る前まで、本格的に投手だったわけでは
ないそうですね。
経験という意味では、他の選手よりも劣るはずなのに、
一年目のルーキーでここまで19勝という成績を
挙げているのですから、たいしたものです。
本人に非凡な才能が備わっていることはもちろんですが、
特に彼は、精神面が素晴らしいのではないかと思います。

野球というスポーツは、ある程度「確率」の勝負ですから、
対戦する打者についてはもちろん、走者の有無、
得点差やイニング数、球場の特徴、その日の天候など、
さまざまなデータがどれだけ頭のなかに入っているかが
重要なので、データを多く蓄えている経験豊富な選手ほど
有利、とも言えますが、
経験だけではやっぱりだめなんです。

打者との対戦の一球一球ごとに、さまざまな局面のなかで
組み立てていく「投球術」というものがありますよね。
組み立ての幅が広いか狭いか、が、
その投手のレベルを決めるといってもいいと思います。
組み立ての幅は、その投手のフレキシビリティを表します。
幅があることで、打者との対決の一球一球に
アジャストできるというわけです。


野茂さんから聞いたことですが、彼は
「ランナーを出してからのピッチングをどう組み立てるか」に
非常に神経を使って投げている、と言っています。
それは言い換えれば、
「本当のピンチのときに投げきる自信があるかどうか」と
いうことでもあり、
それだけ自分の投球、投球術というものに
自信を持てるピッチャーは、ピッチャーとして
一流であると、私は思います。

もっとも野茂さんは、
真っ向勝負を挑んだのが裏目に出たりして、
ずいぶん痛い目に遭ったりもしてますけどね。

例えばですけど、まだ彼がメジャーに行く前の話。
5、6年前の近鉄と西武の開幕試合だったと思います。
野茂さんは、確か8回までノーヒット・ノーランの
ピッチングを続けていました。
そして回ってきた清原選手との対決の場面。
調子が良かっただけに自信もあって、燃えたのだそうです。
つまり、ストレートで思いっきり勝負した、と。
結果はライトオーバーのヒットを打たれてしまいました。

まあ、でも、そういう、真剣勝負を挑みたくなる気持ちを
私は「良し」と思うんです。
勝負する気持ちを持っている投手は、
それだけ攻めの投球が出来るということです。
攻めるコツ、攻めのポイントを知っているということは、
勝負どころの緩急を自在に操れる、「洗練された投球」が
出来る選手だと言えるのではないでしょうか。

今年の開幕前まで所属していたNYメッツでも、
彼は同じようなことを体験しています。
オープン戦で、マグワイア選手と対戦したときの話です。
1打席目は野茂さんがばっちり抑えたんですが、
2打席目に一発をスタンドに運ばれてしまいました。

オープン戦ですから、打者のキャンプでの仕上がり具合を
チェックしておくのも、大切な要素です。
どのコースに強いか、弱いかというデータをとるために、
わざと相手の打ちやすいタイミングに合わせてみたり、
相手の好きなコースに投げてみる、という確認作業も
そういう意味があってのことなのですが、
そのとき、野茂さんは、マグワイア選手を相手に
それをやってみたらしいんです。
結果は、スタンドイン。
「いやぁ、やられた」と、本人もニガ笑いしてました。
これはシーズン前の笑い話としておいてください。

相手が去年のホームラン王のマグワイアだからこそ、
「つい、どこまで飛ばすか見てみたいって思った」って
言うんですから。
いい打者と対戦するときほど、相手の力を試したくなる、
自分の球威やコントロール力が、どこまで通用するのかを
つい試したくなってしまうらしいんですね。
それが「一流と一流」のぶつかりあいってものですね。
本人たちだけに通じる、すごく高度な「遊び」とでも
言いましょうか。


上原投手もそうですね。
ストレート、ストレートで気持ちよく押していきますね。
お客さんの目を意識したプロの投球、というか、
これは経験とか本人の投球技術というよりも、
精神的なものとして、彼は勝負への意識のレベルが
予め高く備わっている、という気がします。
もともと持っていた資質ではないでしょうか。
見ていてほんとに気持ちがいいですもんね。
守ってる野手にも、そのいいリズムが伝わって、
いい形での試合運びが出来るんだと思います。

私が逆にちょっと残念に思ったのが、
開幕当時の西武の松坂選手の投球です。
開幕直後のオリックス、イチロー選手との初対決。
イチロー選手はたぶん、松坂投手のストレートを
待っていたと思います。
どういう球を持っている投手なのか、
どの程度のレベルのピッチャーなのか、
ストレートがそれを教えてくれますから。
対して松坂投手が投げたのは、スライダーの多用、
いわゆるかわすピッチングでした。
「真っ向勝負」の対決にはならなかったですね。
お客さんも残念でしたが、いちばん残念だったのは
勝負球にスライダーばかり投げられたうえに、
「結果は3三振」と書かれたイチロー選手本人だったと
思いますよ。
松坂投手も、もちろん逸材には違いない選手ですから、
これからたくさんの大勝負が待っていると思います。
野茂さんのように、「ここ一番」のときに、
「打てるものなら打って見ろ」の気概が持てるかどうか、
そういう、お客さんを興奮させ、期待させてくれる
大投手になっていくかどうか、見守っていきたいですね。


巨人投手陣は今、総力戦で臨んでいますね。
かつての先発完投、チームの大黒柱だった
槙原選手、斎藤雅樹選手、桑田選手というエース級が、
中継ぎや抑え役に回ってます。
ピッチャーに「寿命」ってものがあるのかどうか、
「先発完投能力」というものは、年齢とともに
だんだんと衰えていくものなのかどうか、
これはたいへん微妙で難しい問題だと思います。

ひとつ言えることは、ここにも日米の違いが現れると
いうことです。

日本では、先発する投手は「完投」が前提です。
そして、完投とはいかなくても、ある程度の回数を投げた
ピッチャーは、中5〜6日の休みをとりますね。
アメリカメジャーリーグでは、投手の役割分担は
もっとはっきり分かれています。
先発はその日の調子がよくても、だいたい120球まで。
そのかわりローテーションは長時間の移動も含めて中4日。
中継ぎ役、そして抑えの切り札役と、それぞれ役割が
はっきり決まっています。

全体に言えるのは、アメリカのほうが条件は過酷ですね。
ですから選手がタフです。
それに耐える選手だけが残っているとも言えます。
アメリカのピッチャーたちを見ていると、総じて、
桑田選手くらいの経験年数に達したあたりから、
さらに一段階レベルが上がっていく感じがします。
どこのチームでもエースは30歳を過ぎているひとが多い。
今シーズン完全試合を達成したデヴィッド・コーン投手も
今年35、6歳じゃなかったですか?
ランディ・ジョンソンみたいに、30を過ぎてから
最多勝を挙げてる大投手もたくさんいるでしょう。
日本は30歳を過ぎたら「ピークは過ぎた」と言われがちで
実際、尻すぼみに成績が落ちていく選手のほうが多い。

なぜなのか。
理由はいくつか考えられますが、
まずは「身体」に対する考え方が、
日本とは相当違うということが言えるでしょうね。
トレーニングへの意識、コンディショニングの作り方が
長期的な視野に立ったものであるということです。
選手個人もそうですし、球団の考え方が
そのへんについては相当はっきりとしています。

メジャーリーグでは、ツアーに帯同できるのは
1チームに3人まで。
そのうち2人がトレーナーで、
もうひとりはコンディショニングコーチ、
もしくはP.Tといって、リハビリの専門家で、
ケガに関してのケアを専門に行います。

日本の場合は、チームによってバラバラですが、
巨人のように収益の高い豊かなチームですと、
トレーナーは7〜8人はいるみたいですね。
でもほとんどはマッサージのためのトレーナーです。
このへんが日米の考え方の違いです。
私のようなコンディショニングトレーナーの役割というのは
選手の身体が持っている、さまざまな情報のなかから、
不安材料を取り除いて、少しでもいい状態にすること、
ピンチやアクシデントに強い身体にするということです。
スポーツ選手に必要な「心・技・体」のうちの
「体」を管理するということです。
つまり、「持久力」や「筋力」というのは、
「心・技・体」に分けてみたなかでも
「後天的になんとかなる」部分だと言えるのです。
だから、その部分をトレーニングして、
いい状態に保つことが、大事なんですね。

日本の野球チームも、単に練習や試合後の疲労をほぐす
スポーツマッサージ中心の「コンディショニング」という
次元ではなく、選手の身体能力を鍛える、強くする、
「コンディショニング」を意識したチームが
増えていってほしいです。
そうしたら、斎藤投手や桑田投手のように
30歳を過ぎた選手でも、まだまだ長く投げられ、
良い成績を残せるはずだと、私は思っています。
巨人のように球界を代表するチームから率先して、
設備や環境を整えていくと、いいお手本になって、
日本の野球界が変わっていくのではないかと思いますが、
どうでしょうか。

では、セリーグ、パリーグとも、
優勝を争うチームの最後の熱戦を、
引き続き見守りましょう。

次回もお楽しみに。

1999-09-23-THU

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