スポーツする身体。
大川達也のトレーニング教室。
いままで、「アブラミブラザーズ」の鬼コーチとして、
控えめに登場していた大川さんですが。
やつらのアブラをしぼるのが本業ではないわけで、
「ほぼ日」は、この方に、
ある意味シツレイなことをしてきたわけです。

が、野茂英雄投手のトレーニングコーチを、
「アブラミ野郎共」の
「モテたい欲望」のためだけに使うのは、
もったいないということは、承知しておりました。

スポーツ選手たちの、知的身体をつくってきた人の、
とっておきの情報と知識を、
ぼくらもわけてもらうことにしましょう。

第5回 「女子プロテニス界、1999年の現在 その4

大川です。
当初、今回のテニスは3回連載の予定でしたが、
予定よりも書くことがたくさん出てきましたので、
急遽「その4」ということでお伝えしましょう。



前回までお話ししてきた、杉山愛選手とぼくが、
試合前にどういうウォームアップをしているか、
その様子を、少しですが紹介します。

ウォームアップは長いです。
ひとによってアップの方法はさまざまですが、
ぼくのウォームアップは長いんです。
それだけ準備にはすごく時間をかけたいほうです。

基本的にはストレッチを、まず寝た状態で始めます。

テニスの試合中は、第一試合の開始時刻が
朝の9時30分とかなので、会場入りは7時頃。
時には駐車場も空いていないくらいの時間です。

で、朝イチなんで、じっくりストレッチをしてもらって。
時間にして30分くらいはみっちりやります。
テニスの、あれだけの動きをするためには、
ストレッチはものすごく大事ですからね。
これっていわば挨拶みたいなものでもあって、
「どう、昨日は眠れた?」みたいなところから
ゆっくりと入っていくんです。

次に、足首の怪我の予防を兼ねて、足首の運動をやって、
その次に肩の運動です。
テニスにとって、肩は消耗品ですから。
このときはチューブを使って、ウォームアップします。

それが終わったら、初めてコートに入ります。
そこでは「ダイナミックストレッチ」というものをします。
それまでのストレッチは、寝て行うもの、
つまり「静」のストレッチでした。
今度は「動」のストレッチを行います。
その他に「切り返し」のアジリティなども入れながら、
徐々にテニスが出来る身体にしていくのです。
これらはすべて、動きながらするものです。

ここでやるべきことは、身体全体をほぐして、
神経系統を目覚めさせ、脳からの命令と
筋肉の動きをスムーズに行うようにしておくことです。
適度のストレスを、ここで身体にかけておくわけです。
その前に行う、「静的ストレッチ」だけだと、
筋肉がほんとに目覚めるところまではいかないので、
試合本番になって、筋肉が驚いちゃいますよね。
「えっ?そんなの聞いてないよ」ってことになるわけ。
なので、この「動のストレッチ」で目を覚まさせておく。

ただ、これは、そんなに長くは行いません。
時間にするとせいぜい、5分から10分程度です。

このときに大事なのは、その動作のなかで、
本人が「今日は足が動いてない」とか「反応が遅い」とか、
身体の調子を見るのに必要な時間であるということです。
ぼくらトレーナーも、選手がそう言うことで、
反応だったら反応を高めるウォームアップを、
さらに追加する、ということをします。

ここでのアップがさらに大事なのは、
その日の身体の調子が掴めることで、
それに合わせたプレイスタイルに、
自分で調節することが出来るということです。

意識の高い選手だったら、そこでわかりますから。
いい選手というのは、そこで、その日の自分の
プレイスタイルを、体調に合わせて決めるんです。
あ、今日は少し、いつもよりも動きが鈍いから、
早め早めに勝負しないと持たないな、とか。
だから、毎日やり続けることっていうのは、
そういう意味でも大事ですよね。

例えば、足をすごく速く動かすメニューがあります。

いいときは、足が地面を蹴る音が、
キュキュキュキュッて、一定のリズムで、
すごくいい音するんですよ。
でも、足がうまく動かないとき、
気持ちは早く動かしてるつもりなんだけど、
実際にはドタドタしてるときや、
地面を擦るような音を出すときは、
足がちゃんと上がってないってことですよね。
そういうところをチェックするわけです。

アメフトの選手なんかでも、ウォームアップのときに
「今日は反応が悪いな」って思ったとしたら、
試合のときに守る位置を、いつもよりも
ほんのちょっと前にする、ということをします。

野球もそうです。
例えば、ちょっと疲れがたまってるな、
今日は腿の裏が張ってるな、柔軟性がなくなってるな、と
いう自覚があったら、
その日の守備位置も変えないといけない。
というのは、その分、筋肉の反応が鈍くなってますからね。

つまり、打球が後ろに抜かれるのはリスキーだから、
いつもの定位置よりもちょっと後ろめに守っていて、
打球が飛んだら前にダッシュする、とかね。
反対に、可動範囲が狭いから、なるべく前でさばいて、
それで後ろにこぼれたものは仕方ない、とか。

毎日同じ事をやり続けていて、
昨日は出来たことが、
あれ?何で今日は出来ないんだろう、
ということがあるときには、
出来ない理由があるんですね。
神経の伝達系が遅いのか、疲労がたまっているのか。
疲労も、筋肉から来ているのか、
精神的なストレスなのか、脳が疲労しているのか。
そこを見極めるということ。
そのための、本番前の「ウォームアップ」です。
実際に、何かスポーツをしているひとは、
このことを意識したウォームアップを心がけると
いいと思います。



愛ちゃんのトレーニングの段階は、
現在のところは、ぼくのイメージでいうと、
60%くらい、というところでしょうか。

この1年のあいだに、2回の怪我をしたことが、
やはり痛かったですね。
いきなり最初にやっちゃって、よくなってきたときに
もう1回やっちゃって。
スタートがゼロからのリハビリで、
積み上げたものが、また崩れて、
さらにもう1回、積み直さなくてはいけなかったこと。
そして、身体が前のように動かなくなったことによる
ストレスを克服するのにも、時間がかかりました。

今は、だいぶ身体が絞れてきましたので、
それと同時に調子が上がってきて、
USオープンのミックスダブルスに優勝したことで、
本人が乗ってきて、かなりポジティブになってます。
だから、本当はこれから、かな。

やらなきゃいけないことは、まだいっぱいあります。
もっと動きもよくしないといけないし、
もっとパワーもつけないと。
もちろん、やればやっただけ、
もっと伸びるはずだと私は思ってますし、
そう思ったから引き受けたんです。
まだまだ、開拓の余地はある、と思ってますよ。

今後の杉山愛選手の活躍に、注目していてください。


それではまた。
大川達也さんへの激励や感想などを、
postman@1101.comに送ろう。

1999-11-21-SUN

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