スポーツする身体。
大川達也のトレーニング教室。

第4回 「女子プロテニス界、1999年の現在 その2

こんにちは。
トレーナーの大川達也です。

3回にわたって、
女子プロテニスプレーヤーの
杉山愛選手を取り上げながら、
現在のテニス界について、また、
プロ選手のトレーニング方法について、
お話ししています。

前回は、現在の女子テニスが、大型化の時代、
「スピード&パワー」の時代であること、
そのなかで、体格の劣る日本人選手が
何を身につけなければいけないかということを
書きました。
では、その続きです。

ぼくらコーチングスタッフが、
気をつけなくてはいけないことのひとつに、
選手の「体重の管理」がありますが、
今年の春先あたり、愛ちゃんは、
少しオーバーウェイトでした。

女子選手の体重管理は、難しいです。
ちょっとしたことで、
すごく太ったり痩せたりして、微妙です。
これは、男にはないことですよね。
男子は、そんなに激しく
体重が上下動することはありません。
年齢的にも24、5歳くらいっていうのは、
変化しやすい時期のようです。
今はもう、あとひと絞りまで、
シェイプされてきています。

運動選手に、ある程度の脂肪は必要です。
脂肪は、運動中にエネルギーに変わりますからね。
男子テニスは、どちらかというと、
体脂肪が低いとされていて、瞬発力を主に使います。
強烈なサーブの応酬ですから、1プレイが、
「サーブ・リターン・ボレー」というように
パンパンパン、で終わるパターンも
少なくはありません。

確か、今年の全米オープンで生まれた
世界記録ですけど、
クライチェクという選手が出した、
サービスエースが48本ってのがあるんですよ。
すごい数字でしょ。
48本っていうことは、
1ゲームが4本で、全部で12ゲーム分だから、
セットでいうと、まるまる2セット分ですよ。
でもクライチェク選手は、
その試合には負けたらしいんだけど。

女子は、1プレイのラリーが、
男子に比べて長く続きます。
前回、時速200kmのサーブを打つ選手が
出てきたと書きましたが、
そういうサーブを打つ選手はまだごく一部ですから、
一般には、男子よりもサービスエースも少ないし、
それだけ1ポイントを獲るまでに時間もかかりますね。

ですから、持久力がものをいいます。
それには脂肪も必要なんです。
女子テニス選手には、あまり痩せてるひとはいません。
ちょっとぽっちゃりしてるくらいが、
ちょうど良いと思います。
ヒンギスもセレシュも、そうでしょう。
でもやっぱり、身体がフィットして動けないことには
もちろん話にならないんで、
そのあたりのウェイトコントロールには
選手自身もコーチも、とても気を使ってるんだけど、
ちょっとしたことのストレスで、食べすぎちゃったり。

また、そのくらいの年齢というのは、
栄養を、より多く取り込もうとする身体に
なるみたいなんですよ。
不思議ですね。
成熟した大人の女性になる、という意味なのか、
出産というものを意識して体内の機能が高まるのか、
24歳、25歳くらいの年齢というのは。

もっとも、一般のひととは比較にならないくらい、
消費するカロリー量も多いですからね。
1日に消費する数千カロリーのエネルギー、
その分はちゃんと補給しないと、
身体機能が維持できないわけで、
そういうメカニズムで動いている身体ですから。
そのへんはきちっと押さえながら、
良い感じに仕上げるのは、けっこう大変なんですよ。

愛ちゃんと会ったのは、去年の夏になる前です。

きっかけは、ぼくが日経新聞のインタビューを受けて、
その記事を愛ちゃんのお母さんが読んだことです。
「愛にもきちんとしたトレーニングをさせなくちゃ」と
思っていたところに、
ぼくが新聞で、いいこと言っていたので(笑)、
この人に見てもらったらいいんじゃないかと思われて、
訪ねていらっしゃいました。

でも、ぼくも職人なんで(笑)。
この選手を手がけてみたい、ということじゃないと、
受けられないんです。
これはもう、お金を持ってる持ってないじゃないし、
有名無名ってことでもないし。
職人ですから、ビビッときて、
「あ、これはちょっとやってみたい」という、
素材としてどうか、という部分もありますし。
基本的なところでの、相手との相性もあります。
ふだんに楽しくトレーニングが出来るかどうかは、
とても大事ですよね。
会話やちょっとしたフィーリングがあうかどうか。
ぼく、これでもムード派なんで(笑)。
そういう意味で、まぁ、できるだけ、
雰囲気やムードを大事にしてます。
そこがあわないと、出来ないですよね。


ぼくのトレーニングの基本は、
とにかく、やってるところを見るんですよ、何でも。
試合とか練習とか、選手のプレイをまず見る。
そのひとが動いてるところを見て、
そこから自分のイメージを膨らませて、
こんなのはどうですか、これはどうですか、
ってことでプレゼンテーションして、
相手がそのイメージを共有するかどうかで、
引き受ける引き受けない、を決めるんです。

動いてるところを、見る。
ぼくはそういうスタイルなんですけど、
最初に「動いてるところを見せてよ」って言うひとは、
あんまりいないみたいです。
男子プロテニス選手の辻野隆三選手に言われました。
「ずいぶんいろんなひとに会ったけど、
『テニスやってるところを先に見せて』って言ったのは、
ぼくと市川先生(市川繁之氏・PNF療法の第一人者)の
2人だけだ」って。

先に何にもないのが「大川流」、って言いましょうか。
かっこいいことがぜんぜん言えない流派ですけど。
大川流のないのが大川流、ということなんで。
いわば「オーダーメイド中のオーダーメイド」。
ぼくは最初っからそういうスタイルです。

だから、その選手のその日のコンディションにあわせて、
疲れてるっていったら、疲れてるにあわせるし、
予定していた10のイメージが7で終わる場合もあるし、
それはもう本人の調子しだいで。
雑誌なんかでいうと、
『これが大川流トレーニングだ』みたいに、
わかりやすいキャッチフレーズがあったほうが、
絵になるんですよね。
ぼくはそういうの、何にもないんで、
すごくマニュアル化しにくいし、
文章にしたときにぜんぜん面白くないって言われるの。
こないだの野茂さんじゃないけど、
やってることというのは、
「毎日、ただ普通のことをしてました」で
終わっちゃうからね。面白くないらしいですよ。


実際には、まず愛ちゃんのテニスの練習場に行って、
練習風景を見せてもらって、
そのあとちょっとあいだが空いたんですけど、
ぼくが去年の夏にアメリカに行くことになったときに、
愛ちゃんもちょうど、ロスにいるのがわかって、
じゃ、ぼくがロスに寄ります、って話になったんです。
それが実質の、初仕事ということになりました。

アメリカに行った時点では、
ぼくはまだ、テニス選手のトレーニングマニュアルは
持ってませんでしたし、
何をどうしていいのかもわからなかったんですけど、
とにかく、ロスに行きました。
そして、愛ちゃんが参戦していた
「アキュラクラシック」というツアー戦を、
毎日観戦させてもらうことにしたんです。

その何日間かは、ただ、「見て」いました。
ぼくのなかにインスピレーションが湧いてくるまで、
ただ、ずっと、観察を続けていたわけです。
愛ちゃんの試合や練習。
対戦している選手の動き、
トップランキングの選手たちの動き。

でも、ただ見ているだけというのは、
簡単なことのようでいて、簡単ではありません。
そこでの短い滞在期間中に、
愛ちゃんをトレーニングするにあたっての
大まかなメニュープランを提出するわけなんだけど、
2日後にミーティングする、というときになっても、
自分に、これというアイディアが湧かなかったときには、
「だいじょぶかなぁ」と思ったりもしましたよ。
ほら、例えば、作家のひとなんかが、
「締め切りまであと何日」とかって追い込まれても、
何もアイディアが生まれなくて苦しむ、と言うけど、
ぼくも、それと同じような状態になりかけました。

でもね、やっぱり、答えはシンプルなことなんです。

杉山愛という選手を知る。
どういう性格なのか、どういう人間なのか。
いろんなことがわかりますよね。
そして、身体を見る。
さらに、プレイを見る。
野球選手でもそうですね。
この選手はどういうタイプなのか、
なんで勝負している人なのか、決め球はなんなのか。
持ち味はどこにあって、弱点はなんなのかを、まず知る。
それがわかってから、その選手のコンディションを、
この動きは大事なのか、この動きは苦手なのか、とか、
そういうところを全部、頭にインプットしていく。

それから、自分の持っているデータと組み合わせてみて、
あ、この動きはあのスポーツのあの動きに似てるなとか、
ここのトレーニングにはあれの応用が使えるから
アレンジしてみようかな、とか、
どんどんやっていくと、ひとつの軸が出来てきて、
そこからまた発展して、
どんどん膨らませていくんです。

だから、本当は簡単なことなんです。
人間の身体はひとつなんだから、そこから入るんです。
ウェイトトレーニング、なになにトレーニング、という
狭いところからやろうとしても、
それだと途中で息詰まるんですよ。
トレーニングっていうのは。
種目は何と何って、頭で決めてしまったり、
しかるべき運動量に見合う数値だけを重視して、
それには何とかスクワットを何回やって、とか、
そういうことからは、ぼくは入らないんですよ。
たまたま、その日にやるべきこととして、
スクワットが適切だったら、それをやる、というだけ。
それが僕のやり方なんですよ。

人間の身体、人間の基本の動きを、まず考える。
人間というのは、目で見て、反応するもの。
反応しなきゃ、動かないですからね。
例えば、目の前にあるものを取ろうとする、
という動きだってね、
まずは目で見て、反応するから、
それを取ろうとして、筋肉が動くわけでね、
その人間の能力を、ぼくは引き出すだけなんで。
人間の身体を考える、ということなんです。
ぼくは。

では、この続きはまた次回にしましょう。

1999-11-07-SUN

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