スポーツする身体。
大川達也のトレーニング教室。

第3回 「女子プロテニス界、1999年の現在 その1

こんにちは。
トレーナーの大川達也です。

今回から3回にわたって、
女子プロテニスプレーヤーの杉山愛さんを取り上げながら、
プロテニス界の現状について話をしてみたいと思います。

愛ちゃんといえば、先月の全米オープンでは、
ミックスダブルスで優勝という
素晴らしい成績を収めました。
その勢いをかって、先月末に日本で行なわれた
トヨタプリンセスカップでも好調を持続し、
あのモニカ・セレシュ選手を相手に、
あと一歩と善戦して、
ベスト4という結果を残しました。

今年後半、愛ちゃんは調子が上がってきてます。
私が愛ちゃんのコンディショニングコーチに就いてから、
まだ1年余りと、日は浅いんです。
その意味では、まだ彼女は、ぼくがディレクションする
トレーニングの過程にあるわけですが、
短期間である一定以上の成果が出てくるのは、
我々スタッフにとっても、とても嬉しいものなんです。

ミックスダブルスという種目は、
4大大会<全豪・全仏・全英・全米>にしかないもので、
いわばお祭り的な要素の強い種目ではあるのです。
もちろん、どの選手も、シングルス、ダブルスでいうと、
シングルスで優勝することが基本であり王道であり、
最終目標であるわけですが、
メジャー大会のタイトルを獲ることの
意味や価値には、シングルスもダブルスも
分け隔てはありませんからね。
種目がどうこう、ということよりも、
大会中、ひとつの試合も落とさずに勝ち抜いていくことで、
選手に自信がついていくものなんです。
そして結果が残せて、実績が作れたということ。
そのことが何よりも大事ですし、よかったことです。

もちろん、彼女が今年後半に調子を上げた、
よい成績を残せるようになったのには、
やはり、ちゃんとした理由があるんですよ。
それはまた、のちほど述べるとしましょう。


今のスポーツ界、何の競技でもそうですけれども、
例えば先日のラグビーのワールドカップでもそう、
なんにでも言えることなのですが、
まず、なんといっても基本は「体力」です。

ラグビーだったら前半・後半あわせて80分間、
パワーがあって、走れて、持続する、体力。
体力のない選手は、はっきりいってノーチャンスですよね。
もっとも、体力がなくても
そこそこやれるスポーツもないわけじゃありませんよ。
日本の野球とかね(笑)。
でも、世界に出なくても
日本国内で食っていけるならともかく、
いま、「世界に出なきゃ食べられない」
競技をしてる選手にとっては、
体力作りはまさに死活問題です。

テニスもそうです。
日本だけでは賞金も低いし、食えません。
世界に出なくちゃ稼げないってことが
はっきりしてますよね。
だから、日本人選手も、世界で通用する身体を
作っていかないと、戦えないんですよね。
世界各国、それは同じです。
アメリカ、フランス、中国、台湾。
どこの選手もきっちり身体を作ってきています。
そこでの勝負なんですね。

まして、今の女子テニス。
はっきりと、「大型化の時代」でしょ(笑)。
アメリカのダベンポート選手、
全米オープンで優勝したウィリアムズ姉妹の
妹セリーナと姉のヴィーナス。
あんな選手たちと戦わなくちゃいけないんですよ(笑)。
モーレスモっていうフランスの選手もいい身体してます。
全豪オープンで決勝まで進んだんですけれども、
後ろ姿は男性なみですよ。
そんなのを相手に戦わなくちゃいけないとしたら、
もう、まずは体力つけないと、話になりませんよね。
ヴィーナスのサーブが時速200kmですもん。
女子で、ですよ!

女子テニスも間違いなく、
「スピード&パワー」の時代になってきました。
試合内容がものすごくハードになってきています。
1試合で、今までの1.5試合分くらいの体力を
消耗してしまうんですよね。
それを毎試合こなしていって、優勝するためには
5、6回は勝ち続けなくちゃいけない。
どれだけ過酷な状況にあるか、わかってもらえるでしょう。

ただ、ぼくらにとっては、ちょっといい材料も
ないわけではないんです。

今の女子テニス界が、10代の選手、
ヒンギス、ウィリアムズ姉妹、クルニコワらに代表される
10代選手たちの天下かというと、そうでもないんです。

グラフやノボトナは、今年30歳を迎えました。
2人とも、今シーズン中に引退してしまいましたけれども、
30代直前まで、世界のトップランキングにいたわけです。

男子のアガシ選手は、ケガでいったん成績が落ちてから、
またリハビリとトレーニングによって復活して、
今年の全仏と全米オープンを獲りました。
グラフもケガを克服した後、再び世界一に返り咲きました。

杉山愛選手は、今ちょうどそのまんなかの
20代半ばの世代に位置するのですが、
10代がテニス選手にとってのピークで、
20代半ばになるとがくっと運動量が落ちて
勝てなくなる、というだけでないことは、
そのように他の選手たちが証明していることでも
あるのです。
ただ、若い選手がパワーだけで押しているようにも
見える今の時代なんですが、
ある程度は、幅の広い年齢層の選手が
活躍する要素もある、というところに、
我々は光を見いだしているんです。
そういう時代なんですよ。
だから、トレーニングをちゃんとすれば、
まだ伸びるし、そのチャンスはあるんですよね。

ただ、これは日本のテニス界への批判めいた
言い方にもなってしまいますが、
日本のテニス界をあげて、
そういう認識をきちんと持って、選手の育成に
取り組んでいるとは、ちょっと言い難いのですね。

ですから、ランキングで見ても、
男子・女子あわせて、世界の100位以内に
入っているのは、愛ちゃんだけです。
ちなみに、愛ちゃんの今のランキングは23位です。
今までいちばんよい時で、16位かな。
悪くてもずっとトップ30には入っています。
彼女ひとりだけでもいないと、ね。
じゃないと、日本のテニスは、
世界から見たら、「お話にならない」レベルに
なってしまうでしょう。

それでいいのか、と思うんですよ。
そのままでいいのか、と。
そして、あるとき偶然のように現れる「怪物」を、
例えば、
女子中学生ですでに身長が180cmあって、
ずばぬけた身体能力を備えてる、というような、
天才選手の出現を、ただ待ってるだけなのか?

それじゃ、あまりにも寂しいでしょう。
ある程度ちゃんとした下地のある選手に、
正しいトレーニングをぼくらがすることによって、
何年に一度の怪物をただ「待つ」のではなくて、
世界に通用する、強い選手が「出る」要素を、
ぼくらが作っていかなくてはいけないと思っています。

そのために、愛ちゃんを通じてね、
彼女には影響力があるのでね、
やっていかなくちゃいけないなと思っています。

じゃ、実際に杉山愛選手のトレーニングは
どんなことをやっているか、ということについて、
次回お伝えしましょう。

(つづく)

1999-10-31-SUN

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