ほぼ日 | 初心者の場合、基本的に屋号 というのはわかりました。 そうなると、次はタイミングだと思うのですが、 どういうときに声を掛ければいいのでしょう? |
堀越 | そうですね、やっぱりいちばん簡単なのは、 役者が見得をするときに、 ツケ打ちが2回ありますよね。 |
ほぼ日 | 「ツケ打ち」というのは、 タン、タンと、 木を打ちつける、あの音ですね。 |
堀越 | そうです、それの2回目のときに、 屋号を掛ける。 1回目で掛けちゃうと、 役者はまだ体が動いてるんです。 グーっとこう首を振って、 このくらいでひとつ目が鳴って、 グーっと決まって、ふたつ目が鳴るので、 そこで‥‥ |
ほぼ日 | なかむらやあ! と。 |
堀越 | はい(笑)。 |
ほぼ日 | 1回目はまだ「ため」の段階なんですね。 |
堀越 | そう。 「ため」の段階で入れると間が抜けちゃう。 文章でいえば、 丸を打ったところで行く。 コンサートでいえば、 楽曲がちゃんと終ってから行く、みたいな。 そういう感じですかね。 |
ほぼ日 | はい、わかりやすいです。 |
堀越 | あとは役者さんの出入りですね、 誰でも掛けやすいのは。 ああ、でも出てくるときは、 誰が出るのか知らないと掛けられないので ちょっと難しいか。 ――まあ、引っ込むときですね。 だいたい「花道七三」といって、 花道からちょっとこっちに来たところで 何かやるんですよ、主人公クラスは絶対に。 |
ほぼ日 | そこがチャンス。 |
堀越 | 主人公が花道に入ったらチャンスです。 あとは決めゼリフも掛けやすいですね。 ある程度は雰囲気でわかりますから。 「そいつぁ、春から縁起がいいわえ」 とかってやってくれれば、 ポンと掛けられるでしょう。 |
ほぼ日 | 聞いていてドキドキしてきました。 掛けられるでしょうか‥‥。 |
堀越 | あとは勇気とタイミングです(笑)。 |
ほぼ日 | どうしても自分から行けないときには、 たとえば誰かが掛けた声に、 便乗して言うのは‥‥どうなんでしょう? |
堀越 | あ、それ、ぜんぜんありなんです。 うちの会長がよく言ってますよ。 「ちょっと掛けたいと思ってるお客さんは、 ぼくが掛ければついてくるから、 そうすると劇場が賑やかになる」って。 |
ほぼ日 | いいんですね、それは。 |
堀越 | 乗っかるのはありなんです。 |
ほぼ日 | わかりました、 それで、誰かに乗っかって、 声を掛けるわけですが、 同じ「中村屋」という言葉でも、 大中小がありますよね。 |
堀越 | 大中小、強弱、いろいろあります。 |
ほぼ日 | それはやっぱり、 物語の起伏に合わせて センスで判断するのでしょうか。 |
堀越 | センスというか、 感動に正直であれば大丈夫だと思います。 うわーっと盛り上がってるときだったら、 強めに言えるでしょう。 シーンと水を打ったようなところで、 ひとりだけ大声で言ってもしょうがないんで。 でも逆に、沈みそうになったときには、 スポットライトをあてるような気持ちで あえてちょっと強めに声を掛けてみる、 っていうのもありますけどね。 |
ほぼ日 | あー、それは上級すぎます(笑)。 ‥‥上級といえば、 ぼくらが観にいったときに驚いたのは、 舞台にふすまがあったんですよ。 そのふすまが「ターン!」と勢いよく開いて 役者さんがあらわれたんですが、 その「ターン!」とまったく同時に、 「なかむらや!」と鋭い声が掛かったんです。 それはつまり、 そこで出てくる役者さんを すでにご存知だということですよね? |
堀越 | そういうことになります。 さっきも言いましたが、 役者さんが花道から出てくるときもそうです。 どの芝居で、どのタイミングで、 誰が出てくるかっていうのは、 ぼくらはもう、わかっているので。 |
ほぼ日 | すごいなあ‥‥。 素朴な質問なんですけど、 同じものをそこまで何度も観て飽きたりは‥‥。 |
堀越 | 不思議と歌舞伎では、それがないんです。 とくに古典というか、 長い間、何回もやってこられたものほど 飽きるということがないですね。 理屈がつきすぎないもののほうが おもしろいと思ってて。 新しい作品も好きなものいっぱいありますけど、 あまりに理路整然としたお話は、 1回観ればわかりましたっていう 気分になっちゃうときはありますね。 |
ほぼ日 | なるほど。 |
堀越 | 昔の人は何考えてこんなことやったんだろう? みたいなのが楽しいんです。 そこに役者さんの解釈の余地が深くあるので、 この役者がやるとこういう話に見えるんだ、 という楽しみがあるんですよ。 前に観たときとは違うものが見えてきたり。 芝居は生き物だから、日々おもしろいんです。 白いごはんは毎日食べても飽きない、みたいな。 |
ほぼ日 | 白いご飯は飽きない‥‥。 ほんとにすごいです。 大向うの方々は観客というだけでなく、 演出効果の一部でもあるわけで‥‥。 やはり、お芝居づくりに参加している という意識がおありなんですよね? |
堀越 | うーん、そこは微妙なところです。 そこまでおこがましく思ってしまうと、 たぶん踏みはずしてしまうというのは 自分たちの中ではありますね。 あくまでも、お客さんの側にいなきゃいけない っていう気持ちは強いと思います。 「おれがいなかったら芝居が始まんねえ」 なんて偉そうに思うようになっちゃったら、 やっぱりだめなわけで。 実際、「おれ」がいなくても 芝居はやれますから(笑)。 |
ほぼ日 | そうですか、あくまで観客であると。 |
堀越 | ただ、それでも、 声の掛からないお芝居はさみしいな、と。 ここで自分が掛けなかったら、 拍手が来なかったかもしれないと思うところで、 拍手がきたりすれば、 すこしは役に立ったかな? っていう気持ちにはなります。 |
ほぼ日 | 「よし」って。 心で、ちいさななガッツポーズを。 |
堀越 | そうそう(笑)、そうです。 今日はよかった、と。 自己満足なんです(笑)。 |
(つづきます!) |
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2010-01-20-WED
(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN