ほぼ日 | 誰が声を掛けてもいいけれど、 そこにはやはりルールやマナーがある、と。 |
堀越 | そうですね。 まず、大向うは男性なんです。 残念ながら女性は入会できません。 これはもう、そういう伝統なので。 大相撲に女性が入れないのと 同じようなことなんですよ。 とはいえ、「どうしても」という女性を やめさせることはないですけれど。 |
ほぼ日 | そういえば、 女性の掛け声は聞いたことがないです。 |
堀越 | あとはそうですね、 掛ける言葉もあんまりひどいと 注意されることはあるみたいです。 屋号なら、だいたい大丈夫なんですが。 |
ほぼ日 | ひどいというと、たとえば? |
堀越 | 昔、すごいのがあったんですよ。 勘三郎さんが勘九郎だった時代に 『勧進帳』の富樫っていうのをやってたんです。 で、当時、勘三郎さんは 日本酒のCMに出られてたんですね。 そうしたら、富樫が弁慶といっしょに お酒を酌み交わす場面で 勘三郎さんがこうやって飲んだ瞬間に、 「山廃吟醸!」って。 |
ほぼ日 | ええーーー(笑)。 |
堀越 | 「山廃しぼり!」だったかな? とにかくCMのことを。 |
ほぼ日 | 客席は笑っちゃいますよね? |
堀越 | 笑っちゃいます。 富樫って白塗りの顔なんですけど、 その白塗りの顔が青ざめましたから(笑)。 ピリッていう感じが 舞台からすごく伝わってきて。 さすがにそれは劇場の人がお客さんを探して、 なにか注意をされてましたね。 あとは『忠臣蔵』の、もう最後のあたりで、 内蔵助がひとりさびしく復讐を誓いながら 花道を引っ込んでいく場面があるんです。 そういう場面で、内蔵助に向かって、 「情緒たっぷり!」 |
ほぼ日 | うわー(笑)。 |
堀越 | お芝居の雰囲気を壊すようだと、ねえ。 楽しいお芝居で、 楽しい掛け声はありだと思うんですよ? たとえば『身替座禅』っていう演目で、 主人公が浮気に出かけていく場面があるんです。 ウキウキしながら花道を引っ込んでく。 そこへ向かって、 「行ってらっしゃい!」 それはね、ぎりぎり(笑)。 |
ほぼ日 | ぎりぎり(笑)。 |
堀越 | 私はやらないですけどね。 でもまあ、ぎりぎりセーフかな、と。 |
ほぼ日 | 堀越さんは、基本的に屋号ですか。 |
堀越 | そうですね、ほとんど。 大技は「当代一」くらいですかね。 |
ほぼ日 | それは思わず出ちゃったんですね。 「当代一」と言わせるくらいの場面だった。 |
堀越 | そういうことです。 それと、色恋の場面なら、 「ご両人」は言っていいと思います。 |
ほぼ日 | はい、「ご両人」。 それも聞いたことがあります。 |
堀越 | あとは、「何代目」っていうのがありますが、 これも連発するものじゃあないですね。 うちの会長から教えていただいたのは 「何代目」という掛け声には、 「先代と比べても引けを取らない立派な役者」 というほめ言葉の意味があるのだと。 単に数を数えているだけじゃないよ、と。 「四代目」「五代目」「六代目」なんて続くと 出欠をとってるみたいになっちゃう。 場内は失笑モードですよ(笑)。 |
ほぼ日 | 失笑、怖いです(笑)。 |
堀越 | 「何代目」については、 まあほかにもいろいろとあるんです。 ですからやはり、 最初は屋号が安全だと思います。 |
ほぼ日 | 初心者は屋号が安全‥‥。 でも、屋号を調べて掛けようと思っても、 なかなかあの張りのいい声には‥‥。 堀越さんはやはり、 ふだんから練習をされているのでしょうか。 会の人と合同で勉強会とか。 |
堀越 | いやあ、そういうのはないですねえ。 |
ほぼ日 | 個人での練習は? |
堀越 | うーん、実は練習というのは したことがないんですよ。 実際に舞台に向かって声を掛けること自体が そのまま練習ということになりますかね。 そういう意味では、度胸一発というか(笑)。 |
ほぼ日 | そういうものなんですね。 |
堀越 | あえて言えば、イメージトレーニングです。 そのときの芝居に いちばんふさわしい声を掛けたい、 という気持ちをモチベーションにして イメージの中で練習をする感じで。 |
ほぼ日 | それは初めて声を掛けたときから? |
堀越 | そうですね。 あとはまあ、 開幕前にミネラルウォーターを飲んで 喉を潤しておくくらいですかね(笑)。 それと、朝一番から声が出るように、 劇場ロビーで仲間のみなさんと会話をするのは 意外と大切なリハーサルなのかもしれません。 ちゃんと朝起きて、朝食を食べて、会話をする。 そういう当たり前の生活習慣を きちんとしておくことが、 良い掛け声のためには大切な気がします。 |
ほぼ日 | けっきょくは個人個人の管理。 |
堀越 | そうです。 ですから大向うの会は、技量という点でも、 かなり依存し合っているんです。 ギルドみたいな感じですよ、職人集団。 |
ほぼ日 | ギルド。 それぞれに個性がある。 |
堀越 | 個々に技術を磨いているので、 人によって掛け方にかなり差があります。 |
ほぼ日 | 堀越さんはどういう個性なのでしょう。 |
堀越 | うーん、どうなんでしょう。 人から言われるのは、 「世話物が上手いね」と。 |
ほぼ日 | 「世話物(せわもの)」というのはどういう? |
堀越 | 世話物っていうのは、 まあいわば、江戸の庶民たちの話です。 あとは、時代物というのがあって、 それはだいたい侍の世界、武士の世界。 『忠臣蔵』とか、そういうのが時代物ですね。 それと歌舞伎には、唄・舞踊があります。 そんな中で、比較的ぼくは世話物が好きなので、 人からもそこをほめていただけるのかと。 |
ほぼ日 | なるほどおー。 いや、もう、興味深いことが次々と。 そうですか、練習はしないのですね‥‥。 |
堀越 | すみません。 「鉄橋の下で電車の音に紛らせて訓練してます」 などと答えた方が、 おもしろかったのでしょうが(笑) |
(つづきます!) |
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2010-01-19-TUE
(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN