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長い準備期間を経て、今年8月、
いよいよ「老松」の制作がスタートしました。
高さ2.4メートル、幅1.6メートルの
檜の板を2枚合わせて、
3.2メートル幅の大きな板にします。
この板は天井のレールから吊られ、
左右にスライドするように設計されています。
合気道のお稽古の時は左右の壁の中に収納され、
能舞台として使われる時には左右から引っ張り出して、
中央に「老松」がその姿を見せるようになっています。
描き始める前に、まずは檜に下地処理を施します。
絵具メーカーのホルベイン社の全面的な協力の下、
処理方法を何パターンも試して、
加子母村の檜に着色できるようにしました。
下地処理をしたあと白色を下塗りしてから、
緑のトーンをつけ、
いよいよ「老松」は描き始められました。
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▲加子母村にて「老松」の下塗り作業中の山本画伯
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画伯の絵には珍しく、筆のタッチが生々しく残るように
緑が塗り上げられます。
上部には墨を流し、
下部は檜の肌がそのまま残されています。
緑のベースを塗り上げるまでの作業は、
中島工務店の本拠地・加子母村で続けられました。
なにしろ大きな絵ですから、
墨を流すのも乾燥させるのも一苦労。
重さも1枚の板が100キロを超えています。
この第一段階を仕上げるのに、
画伯は夏の6日間を加子母村にこもりました。
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▲加子母村で第1ステージが完了した「老松」
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10月に入ってついに「老松」が凱風館に運び込まれ、
山本画伯も現場入りです。
運び込まれた「老松」の圧倒的な存在感に、
道場の空間にぴりっと緊張した空気が流れました。
ブルーシートで囲んだ絵の前には、
絵具、筆、バケツやトレーが並べられ、
さながら画伯のアトリエです。
描き貯めてきた沢山のスケッチに囲まれて、
現場での作業がスタートしました。
大好物であるあんパンの傍らには、
画伯が史上最高の「老松」だという
京都・養源院にある俵屋宗達による襖絵
「松図十二面」の絵が収まった画集もありました。
画伯にはこの宗達の残した松の絵画的実験、
その革命的な造形の成果について、
夜な夜な熱く語ってもいました。
山本画伯のお顔は、
普段からキリっとシャープに引き締まっていますが、
ひとたび鉢巻きをして戦闘態勢に入ると、
それはもう近寄りがたいほどの強いオーラを放ちます。
話しかけるのがためらわれるほど鋭い眼差しです。
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▲作品の前で表情が引き締まる画伯
(撮影:谷口るりこ)
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▲スケッチ片手に構図を何度も確認 |
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背中で大工さんがトントン・カンカンと
音を立てて工事をしていようが、
鋭い眼差しと人並みはずれた集中力で
作品と向かい合います。
何度も何度も道場の中を行ったり来たりして、
全体の構図を確認し、
エスキースを入念に重ねていきます。
そして筆はゆっくりと進んでいきます。
ゆっくり過ぎてついにはただの1本も
線を引かなかった日もありました。
現場に着くなり黒い大きな画板を持って、
「ちょっと夙川の公園で松をスケッチしてくるわ」と
出かけていくこともありました。
そうやって模索に模索を重ねながら、
くる日もくる日も大きな空間と対話しながら
丹念に描いていきます。
そのうちに、凱風に吹かれて
芽を出した若芽がもつ生命力が表現され、
みるみる画面が躍動していきます。
それはもはや、建築現場とは完全に異質の空間です。
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▲丹念に描き込まれていく
(撮影:谷口るりこ)
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▲建築現場で異彩を放つ画伯の制作風景
(撮影:谷口るりこ)
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そうやって命を削るようにして産み落とされたのが、
凱風館の「老松」です。
画伯が凱風館にこもっていたのが
ちょうど仕上げ工事の時期にあたっていたため、
ほぼ毎日現場に通っていた僕は、
幸運なことに
画伯の「できたよ」という言葉とともに、
完成した作品を作者の次に見ることができました。
ハッとしました。
正にパズルの最後のピースが
パチッと綺麗にはまったような感覚でした。
達成感と安堵に満ちあふれた
山本画伯の優しい表情も脳裏に焼き付きました。
完成した「老松」を見た瞬間、
75畳の空間が一瞬にして
倍に広がったように見えました。
画伯が描いた「老松」の中に、
道場と同じだけの空間の広がりを感じたのです。
「老松」は道場の空間を呼吸し、
まるでそこに鏡があるかのように
空間全体を内に取り込んでいて、
まことに堂々とした風貌で存在していました。
エッシャーの騙し絵のたぐいとはちがいます。
画伯がそこに確かに空間を描いているからこそ、
奥行きが生まれて、「鏡」のように迫ってきたのです。
僕はそれまで絵画を見て
このような体験をしたことがありません。
それほど強烈に語りかけてくる、はじめての衝撃でした。
建築は敷地という特定の場所があって初めて成り立ちます。
凱風館の道場に佇む山本画伯の「老松」を見て、
絵画もまた特定の場所のために命を与えられ、
存在するんだということを強く思い知らされました。
この「老松」を画伯は自分のアトリエで
描くこともできました。
しかし、最終工事でバタバタしている時期にも関わらず、
わざわざ現場に「老松」を運び込んで、
実際の空間の中で描き上げる必要があったんです。
なぜなら、この場所だけのために描かれる
特別な作品だからです。
凱風館にある山本画伯の「老松」は、
いわゆる能舞台で見られる具象絵画としての
「老松」とは様相をまったく異にしています。
しかしそれは、能を演じる演者にとって、
自身のパフォーマンスを向上させる
緊張感を放つもののはずです。
深い森のごとくひっそりと、
しかししっかりとした存在感をもって佇んでいる
この「老松」の前では、
のびのびと能を舞うことができるのではないでしょうか。
この絵の中には間違いなく
山本画伯の生命が宿っているんですから。
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▲道場の畳がめくられて、姿を現した能舞台と完成した「老松」
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