手紙66 ミスを防ぐために5
ニアミス・カンファレンス
こんにちは。
このところ医療事故を防ぐための
取り組みなどについて書いていますが、
今日もその続きです。
前回は、起きてしまった不幸な事件の原因を
不注意なレジデント個人の問題から
レジデント・トレーニングのプログラム全体まで広げて
再発を防いでいこう、という姿勢を明確に打ち出した
Libby Zionのケースについてご紹介しました。
病院で働く人は誰も、
自分が間違いをおかさないように
細心の注意を払って仕事をしているのですが、
残念なことに、それでもやはり
やってはいけない、起こしてはならない間違いを
起こしてしまうことがあります。
そこで大切なのは、
起きてしまった失敗について
「なぜ起きたのか」
「どうすれば二度と起こさないようにできるのか」という
2点について
当事者と、いつでもその当事者となりうる人たちが
その予防策を講じる機会を持つことだと思います。
前置きが長くなりましたが、
今日はその予防策について話し合う機会のひとつについて
ご紹介しようと思います。
わたしの病院の朝は、
7時半のカンファレンスから始まります。
チーフレジデント、という親分が
びしばしと司会をするこの集まりは
実践的な話ができる
とても役に立つカンファレンスなのですが、
毎朝行くのに気が重いのは、
担当のレジデントが患者さんについての話をした後
チーフが、その日の犠牲者を指名するからです。
当てられてしまうと、
発表されたケースを要約することから始まり、
患者さんの症状から考えられる病気のリストアップ、
必要な検査、レントゲン写真の診断、治療方法の選択まで
「もうだめ、ごめんなさい」となるまで
しゃべりつづけなければなりません。
わたしはいつも
「当たりませんように」と
お祈りをしながら出席しています。
そんな中で、月1回開かれる
「ニアミス・カンファレンス」は
とても楽しみなカンファレンスのひとつです。
この日はレジデントだけではなく、
内科やその他の科の
偉い先生方もたくさんおみえになります。
カンファレンスの題材は
病院や外来で起きた、
あるいは起ころうとした事故です。
ここでは
関わった個人の名前が明らかになることはありません。
事実だけが報告され、
事故を招いた直接・間接の原因についての
検討が行なわれます。
それから、
このような事故を防ぐためには
どうすればいいのか、ということについて
出席している人たちが、自分の意見を述べ合います。
もちろん、アメリカ人ですから
「俺にも言わせろ」という感じでみんな黙っちゃいません。
際限なく誰かがいつもしゃべっているので
わたしが当てられる心配もなく、
気楽に話を聞いていられます。
さんざん話が出尽くしたところで、
今後の方針がなんとなく明らかになっていき
出席している偉い先生方を通じて公式に、
また、レジデントを通じて非公式に
病院の中へ広がって行く、という感じです。
事例によっては、
もうすでに解決策が得られたことについての報告という
形をとることもあります。
カンファレンスで過去に話し合われた事例は
多岐に渡っています。
カルテに書いた指示の字がとても汚かったので
看護婦さんが内容を読み間違えてしまった、というような
レジデントの誰もが身に覚えのある、
しかもちょっとした気遣いで防げるミスの事例もありますが、
伝説になってしまうような
大きな医療事故が報告されることもあります。
CTを撮るときに、体の内部がよくわかるように
造影剤という薬を注射することがあるのですが、
これはふつう、機械に造影剤の瓶をセットして
撮影の直前に一気に注入します。
この造影剤の瓶が空であることに気がつかず、
薬の代わりに空気を一気に
静脈の中に押し込んでしまったケースがありました。
薬を機械にセットした放射線技師は経験豊かな人でした。
彼が瓶をセットしたときに中身を確認しなかったことが
事故の直接の原因であることは明らかなのですが、
その瓶が工場から出荷されたとき、既に空だったのか
それとも、使用済みの瓶を
誤ってもう一度機械にセットしてしまったのか、
ということについては調査を進めましたが
明らかにはなりませんでした。
検討の結果、病院では一度使用した瓶を
二度と機械へ取りつけることができなくなるよう、
機械のアタッチメントを変更しました。
起きてしまった事故が
噂として病院内を駆け巡るのではなく、
事実関係を明らかにした教訓として
働く人たちの注意を喚起し、
その再発を防ぐ対策を検討するという
このニアミス・カンファレンス。
当てられる心配がない、というだけではなく
その内容も、とても気に入っています。
では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。
本田美和子
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