PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙95 ニアミス・カンファレンス再び。
     2・ケースのおさらい


こんにちは。

病院の中で起こった、または起こりそうになった
患者さんの不利益となる出来事を、
今後どのようにしたら防いでいけるのかを話し合う
ニアミス・カンファレンスに
わたしが担当したケースが選ばれたので、
チーフ・レジデントに会いに行くことになりました。

病棟からチーフのオフィスのあるビルまでは、
ビルをつなぐブリッジを2つ渡っての長い道のりです。

廊下をとぼとぼと歩きながら、
このケースについて
できる限り思い出そうとしました。

この患者さんは40代の男性で
これまで特に大きな病気をしたことのない、
健康な方でした。
3週間ほど前に、熱と咳が続いて
かかりつけの内科医を受診したところ
肺炎の診断で、抗生物質を処方されました。

薬を1週間飲みつづけて、
その後一時、症状は良くなったのですが、
再び熱と咳、さらに胸の痛みも感じるようになって
水曜日の夕方、救急外来を受診しました。

以前、ここでも御紹介しましたが、
救急外来ERで患者さんに必要なものは忍耐力です。

レントゲン写真や、血液検査の結果が揃って
ERのスタッフと内科の主治医が相談した結果、
肺炎の再発を疑って入院が決まり、
その日当直だったわたしたちが呼ばれたのは
日付が変わった後でした。

入院時のレントゲン写真では
肺には肺炎を疑う所見とともに、
わずかに水がたまっていました。

血液検査では、白血球という
体に外敵が入ってきた時に戦う兵隊の役割をする
血液の成分がとても増えていて、
それと、数日続いた高熱や、胸の痛みを考え合わせて
わたしたちは肺炎の治療を始めました。

入院した時には
正面からのレントゲン写真しか撮れていなかったので
翌日に横からのレントゲン写真も撮りなおしました。
肺に溜まった水の量はわずかで、
入院時とくらべて、あまり大きな変化はありませんでした。

実は、この翌日に撮った2度目の写真が
カンファレンスでわたしを救ってくれることになるのですが
このときは、ただ
「ふーん、あんまり水は溜まってないね」と
眺めただけでした。

翌日の夕方になっても
患者さんの具合は全然良くならず、
さらに胸は痛くなるし、熱もどんどん上がって行きます。

肺炎の状態を詳しく知るために
X線で体の断面を見る検査・CTをオーダーしました。

病院のCTはとても混んでいて、
緊急性があまりない、と思われるケースは
後回しにされてしまい、ちょっと時間がかかります。

自分の患者がいかに重症で、
治療方針の決定のために、
このCTがどれほど重要か、ということを
放射線科のフェロー(レジデントを終えて
更にトレーニングを積んでいる人たち)に
せつせつと訴えて、
スケジュールに押しこんでもらう、というのは
レジデントの大切な仕事のひとつです。

「治療を始めて2日になるのに、
  臨床的にはぜんぜん良くなっていないんです。
  レントゲンでは肺炎像と胸水が確認されていて、
  胸に膿が溜まってるんじゃないかと疑っています」
「肺炎の状態と、膿胸の可能性についてCTを
  急ぎで撮ってもらえませんか」

運の悪いことに、もう週末になってしまって
医師も検査も手薄です。

結局CTが撮れたのは月曜日の未明で、
そのときには左の肺3分の1くらいに
液体が溜まってしまっていました。
そこで、外科を呼んで胸にチューブを挿入してもらい、
肺の中の液体を排出させることになりました。

液体は、ほとんど膿でした。
チューブを入れた日から、
患者さんの具合は急速に良くなって
その週末には退院となりました。

CT撮るのが遅くなったことがまずかったのかなあ。
もし、CTをオーダーしてから実際の撮影までに
あんなに時間がかかったことが問題なら、
わたしの放射線科との交渉技術が足りなかった、
ってことか。
などと考えているうちに、チーフのオフィスに着きました。

何だか今回は仕事の報告っぽい内容になって、
おわかりになりにくくなってしまったかもしれません。
すみませんでした。
ま、ともかく、
こういうケースが取り上げられることになった、
ということで
ざっとおさらいをしてみました。

次回はチーフと一緒に考えた、
このケースについての問題点について
整理してみようと思います。

みなさま、どうぞお元気で。
本田美和子

2001-05-13-SUN

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