PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙98 ニアミス・カンファレンス再び。
     5・外科からの疑問


こんにちは。

患者さんについてのプレゼンテーションは
食事を楽しみながらのお話とは違って
話の流れが決まっていますし、
同じバックグラウンドを持つ人の集まりですから
わたしの話し方が少々悪くても、
聞いている人たちの想像力で補ってもらえます。

いつものように、
どうして患者さんは病院へ行こうと思ったのか、という
わたしたちが「主訴」と呼んでいる症状から
話を始めました。

このケースでは、シリーズの2回目でご紹介したように
「熱と咳と胸の痛み」が主訴になります。

ケースの詳しい内容については
2回目をご覧になってみてください。

病院に来る前の出来事、ERでの検査結果、
入院初日の話などを終えたところで
一息ついて、質問を受けました。

話が少し戻りますが、
最初にチーフに呼ばれた時に
わたしが抱いた最初の疑問は
「いったい誰がこのケースを持ちこんだのか?」
ということでした。

当時の治療のチームは、
患者さんに対しての全ての責任を負うスタッフの医師、
(スタッフの医師はアテンディングと呼ばれます)
3年目のレジデントのわたし、
1年目のレジデントの男の子、2人の医学生の
総勢5人です。

チーフに呼ばれた初日、
わたしはすぐにアテンディングと連絡をとりました。
「ねえ、MHさんのことが今度ニアミスに出るんだけど、
 この話がどうして選ばれたか知ってる?」

彼女は去年のチーフレジデントで
強固なヒエラルキーが存在する病院の中での
天と地ほど違うアテンディングとレジデントの立場の差を
それほど気にせずに、気楽に話せます。

「え?何で?」

彼女もわたしと同じ反応でした。

「ともかく絶対このケースを使いたいらしくて
 わたしの休暇に合わせて日にちまで変更したんだよ」

「そう。全然知らなかった。誰かなあ。
 あ、申し訳ない。わたしはその日は休暇でいないわ。
 アテンディングが出ない、っていうのは
 ちょっと美和子に悪いけど、大丈夫だよね。」

本当なら援護射撃をしてくれるはずのアテンディングは
カンファレンスに来ない、ということだけがわかりました。

更なる事前調査の結果、
このケースを持ちこんだのは
CTを撮って胸水が溜まっていることが確認された後、
胸に管を入れるために依頼した外科の偉い先生でした。

もちろん、当日もご出席になりました。

病気の進行についてや、診察の結果などの質問が
一通り出た後、その外科の先生が立ち上がりました。

病院で働いていて、
不思議に思うことがいくつかあるのですが、
その中の一つは、
「外科、とくに心臓・肺を専門とする胸部外科の人は
なぜか背が高い。」ということです。

その先生もその例に漏れませんでした。

「入院時のレントゲン写真は
 正面からのものしかないようですが、
 どうして側面からの写真を撮らなかったのですか?」

ごもっとも。

「先ほどご覧にいれましたように、
 正面からの写真では両側に、
 “わずかに”胸水があるのが確認されています。
 ERで患者さんの側面からの写真は撮れませんでした。」

「これは、胸の痛みがひどくて、
 X線撮影室まで移動することを、
 患者さんが拒否なさったため
 やむを得ずポータブルの写真を
 撮るしかなかったからです。」

撮影機械をベッドサイドまで運んで撮影する
ポータブル写真では正面からの写真しか撮れません。

「拒否」というのは語感がちょっと強すぎる感じがしますが
「refuse」という言葉は病院での基礎単語の一つです。
言葉を尽くして再度お願いしてみても、
それでもやはり、患者さんがいやだと言えば、
それまでです。

「それじゃあしょうがないですが、
 しかし、入院後患者さんは熱が続いて
 咳や胸の痛みもひどくなっていたようです。
 肺炎の悪化を考えて、
 その時点でCTが撮れなかったのであれば
 どうしてX線の側面写真を撮らなかったのでしょうか。」

撮りました。

「先ほど入院時のX線写真について説明した時には
 申し上げませんでしたが、
 抗生物質開始後も臨床的に改善が見られませんでしたので
 肺炎の悪化を疑って、入院の翌日、
 正面と側面の胸の写真を撮りなおしました。
 こちらがその写真です。」

あー。撮ってて良かった。

しかも、その写真には、放射線科の正式な診断文
「左の肺炎像。“少量の胸水”が確認されるが、
胸腔穿刺には十分ではない」がつけられていました。

胸腔穿刺というのは、
肺にたくさんの液体が溜まっている時に
その原因となる病気を知るために
針を刺して液体を抜いてみることです。

肺での液体の溜まり方はさまざまです。

時には、正面からの写真では
ほとんど無いように見えているのに、
角度を変えて側面から見ると、
かなりの量の液体が溜まっていることもあります。

入院時には正面の写真しか撮れていませんでしたが
もし、側面の写真も同時に撮っていれば、
この時すでに胸水が溜まっているのを
確認できたかもしれません。

もし、針を刺せるくらいの液体が溜まっていたならば、
少しサンプルを採取して
迅速な診断をつけることができたでしょうし、
早めに外科に相談して
数日早く胸にチューブを入れることができ、
更には数日早く退院できただろう、と思います。

外科の先生がカンファレンスにこのケースを選んだのは
こういった理由からでした。

入院時に横からの写真が撮れなかったので
その後もう一度撮りなおしておいたこと、
そしてこの写真を読んだ放射線科の医師が
診断文の中にわざわざ
「胸腔穿刺には十分ではない」と明記してくれたことは
わたしにとって、とてもラッキーでした。

肺に膿が溜まる、膿胸という病気は
急速に進行する、ということを、話には聞いていましたが
“ほんのわずかの”胸水が、2日も経たないうちに
“肺全体の3分の1”まで
あっという間に溜まってしまったケースは
わたしも初めてで、とてもいい経験になりました。

とりあえずの大きな山を越えた感じで
わたしはますます気が楽になっていきました。

今回は話が前後したり、説明が多かったりして
読みにくかったかもしれません。すみませんでした。

ちょっと長くなりましたので、
カンファレンスの後半とその反省については
次回に。

では、みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2001-05-30-WED

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