老人になるための練習
(「コンビニ哲学発売中」の特別篇)

第4回 ノーアイデアの世界での、投稿もの。


まだ投稿コーナーにならないぞ、と言いながら、
たくさんのメールが着いていて嬉しいので、
今回は、届いたメールをご紹介することにします。

できれば、このコーナーを、いつもとは
少し違うかたちで「投稿もの」にしたいと思っています。
「投稿もの」の抱える行き詰まりをなくしながら、
「投稿もの」のよさを引き出す実験をしたくってさー。

ところで。
読んでいる人にメールを募集して、そこで
「そうほうこうせい」とかゆう感じを出すのって、
実は、けっこう難しいことだと思いませんか?

なぜなら、募集を呼びかける問いかけ自体が、
内容に関しても制限をしてしまうかもしれないから。

例えばここで、哲学の学術論文にするコンセプトで、
閃光のようなナイスアイディアを募集したとします。
なんだか、いいものは、来ないと思いませんか?
たぶん、この「学術論文コンセプト」という問いかけだと、
「面白いことを、普段から哲学の文脈で考えている人」
という、ものすごい少数にしか通じないよね。
・・・そんな奴は、世界で数人だっつーの。

ぼく個人は、基本的には、世界は、
ノーアイディアの焦土の中でできていると思います。
学会でも、出版界でも、テレビ界でも、
そこに関わる多くの人は、生み出してはいないでしょ?
「誰かの具体的で『ナイスなものに近い』アイディア」
を、わかりやすくしたり、売ったりして生活をしてるから。

そういうノーアイディアな人たちに囲まれていて、
自分だって、いつでもアイデアに飢えている・・・
そういう土壌にいるのに、多くの雑誌やテレビで、
あふれかえるほどにアイデア募集を行っているのは、
どうも、現状とマッチしていないんじゃないのか?
ぼくは、そう思ったことがありました。

つまり、そのやりかたでは、
ナイスなものが、投稿されないのではないか。
ナイスな問い自体が、なかなか見つからないぞ、と。

そこで、木村としては、いい「投稿もの」は、
次のふたつようなものではないのかな、と思ったの。

(1)問題意識だとか問いかけかたが
   よっぽどかっこよくて答えたくなれば、
   きっと、誰かのひらめきも生むだろうな。

(2)むしろ「投稿もの」は、
   天才のひらめきを求めるものではなくて、
   読んでいる人たちがじわじわじわじわ
   毎日感じていることに触れて、
   感じているままの思いを出せるものがいい。
   「アイデアの鋭さ」というよりは、
   「そういうの、そうだよねぇ」という
   納得感とかをを求めたほうがいいのかも。

あ。ふたつにしたのに、根拠はないよ。
何か、ふと、ふたつ思いついただけですけど。
で、なんだか(2)をやってみたくなっちゃったの。

と言うか、ふだんから「ほぼ日」を編集していて、
せつないメールに明らかに感動したりしているのが、
ぼくの日常なわけです。
そこを、ただ、豊かに楽しみたい。

「痛い経験をしていた人特有の優しさ」だとか、
「年齢を経ていろいろな喜びを知ったからこそ、
 こういうのがほんとに大事だとわかった」みたいなのを、
人に会って感じることが、ぼくは好きなわけで。

だから、これを読んでくださっている人たちの、
「ふだんの経験から考えていること」
にひきつけて、話を聞いてみたくて、
このコーナーをはじめようと思ったのです。

そして、それが「投稿」であるがゆえに、
いろんなメールがいろんな人の目にさらされて、
誰かがそれを見て、
突拍子もつかないことを感じるといいなと。
と言うか、俺が突拍子もつかないことを感じたい。

もちろん、そんなに
うまくいかなさそうだとは思いますが、
ま、試しに、ごく一部ですが、
感想メールを2通ご紹介します。


>この春7年間勤めた会社をやめて
>専門学校に入学したんです。
>この前30歳になった私は、
>あっという間に「ねーさん。」と呼ばれるようになり、
>モー娘。の中澤のようなポジショニングにおさまった。
>
>いつも18、19の子たちと同じ目線で
>授業やテストを受けたりおしゃべりしたり、
>ごはん食べたりしていて思っていたのが、まさに
>「若い子たちって何でこんなに不自由なの!?」
>
>ある日。私が自転車でガッコーに向かってたら
>すんごい空が青くって。
>「こりゃ、学校なんか行ってる場合じゃないっしょ。」
>と思った私はくるりと方向を変え、
>川向こうにある美術館へ向かったのでした。
>「平日に美術館に来れるなんて、
> なんて贅沢なんだろー!」と、
>学生ならではの贅沢を存分に味わっていたところ・・・
>PHSガふるえはじめたのでした。
>発信元は同級生の女の子(18)。
>
>「ねーさん、授業どうしたのっ!?」
>「いやー、天気が良かったからさー。
> 思わず美術館にいるんだよー。」
>
>「なーんだ、サボりかぁ。じゃ、楽しんでね。」
>という会話を想像するでしょ?
>違ったんですよ。
>
>「・・・。」
>電話の向こうで絶句してるの。
>そして、彼女はこう聞きました。
>「そんなことで授業休んでいいの?」
>
>「そんなこと。」でいいか悪いかは
>私が決めること、そう思っていました。
>私が、私のセキニンで。
>でも話してもわかんないだろうなと思ったので、
>私はこう答えておきました。
>「いいでしょー、大人って。」
>
>彼女が特別、真面目な子だとか
>そういう感じじゃないんです。
>なんだろ、
>その世代の子たちに妙に共通した「不自由さ」。
>ずっと、ずっと気になっていたんです。
>
>こういうことが他にも本当にたくさんあるんです。
>例えば、「若い」ってことだけを
>若い世代は絶対的な優位だと思ってるんだなぁ、とか。
>もう「見えやすいランキング」を目指すことすら
>できないとこまで来てるような気もしたり。
>(NM)


>私の尊敬している人は、過去に他人を散々傷つけ
>(その時はその傷がどれだけ痛いか知らずに)、
>様々な経験を通して大人になった時に、
>昔の自分がしてきたことが
>どんなに酷いことだったかを思い知り、
>過去に傷つけてしまった人の便りを聞き、
>たとえ小さな事でも今その人が抱えている問題があれば、
>時間や労力を惜しまず力になっているようです。
>自分も、もっともっと豊かな人間になりたい。
>(匿名のかたです)



こんな感じのメールを読むだけでも、
何となく、なるほどな、と感じまして・・・。
なので、実はまだ「老人」に興味を持つ動機とかを
木村がしゃべっている最中だったのですが、
なにぶん「短期集中連載」にしようと思うので、
動機をしゃべりながらも、その途中の今回から、
地味めに投稿の募集をしてみます。

残念ながら、
エクセレントな問いかけではないんだけど、
普段感じているであろうことについてです。

「経験」という言葉を聞いて思うことや、
「年齢」に関して何となく感じることを、
おずおずと、自由課題っぽく、教えていただけますか?


↑これについて、ナイスなメールが、
 矛盾しながら並ぶのを願っているのじゃが・・・。

表題(Subject:)を「rojin」として、
postman@1101.com
まで、お送りくださいませ。
まじめなのも、受け狙いも、せつな系も、オッケーよ。
ふつうの感想も、よかばい(筑後弁で、しめてみたぜ)。

2000-10-27-FRI

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