POMPEII
「ポンペイに学べ」
青柳正規教授と、鼠穴で対談しました。

第10回 常に決断を迫られる
    
[今回のみどころ]
さて、この連載もあと2回を残すのみになりました。
今回はまたけっこう対談の「きも」とも言えるところ。
制度というのがどうやってできたか、なぜ続くか?
「ポンペイに学べ」のタイトル通りの真骨頂だっ!

糸井 政治をおこなうための思想的基盤や
憲法的基盤は、どういうものだったのですか?
青柳

いろいろあります。
例えばもうそれこそギリシャの時代の
プラトンなどが共和国論の指針を出しています。
それはもうギリシャのギリシャたるゆえんで、
素晴らしい理念はあるだろうけど応用がないから、
使いようのないほどに粗いものなんです。
ギリシャ人たちはそのまま使おうとするから
がたがたになっちゃったのですが、
ローマ人たちはそれをうまいこと翻訳して使う。

糸井 カスタマイズするわけですね。
青柳 ギリシア人たちは理念をちゃんとわかっていたし、
現実を分析してはいたのですが。
ローマではそれをどう適応するかということを、
キケロにしてもさまざまに考察して
それを皇帝たちがうまく活用していくわけです。
皇帝たちのまわりに知恵をつけるシンクタンクが
ちゃんと存在してるんです。シンクタンク内には
ギリシャ系の解放奴隷という当時で言うと
最高の知識人たちも入っていました。
糸井 今で言うとシンクタンクって
どのようなジャンルのものなんですか?
青柳 やっぱり一番活躍したのはおそらく
経済面の若いひとたちでしょうね。
糸井 エコノミストですか。
青柳 そうです。あとはギリシャの残した文化を
易しい言葉で皇帝たちに教えられるひとです。
糸井 情報的な、メディア戦略家ですね。
青柳 当時、ギリシャ語は国際語だったんですね。
だからギリシャ語を知る解放奴隷たちはまさに
情報の仲介者であって、そういうひとたちを
当時の皇帝はちゃんとうしろに持っていたんです。
しかも解放奴隷としての身分が明確なので、
その知識人たちはそれ以上の身分になって
皇帝を脅かすような出世をすることはできない。
騎士階級にも元老院にも上がれないんです。
だから皇帝も安心してそばにおいておける。
糸井 奴隷から最高でどこまで行けるんですか?
青柳 最高になると今で言う大蔵大臣くらいです。
だけど大蔵大臣から首相にはなれないんです。
糸井 当時のひとって現世的な富を
蓄積することはできたのですか?
青柳 はい。国の富よりも個人の持つ富のほうが
多い、なんて噂話もあったくらいですから。
糸井 それはエコノミストたちの富?
青柳 そうです。
糸井 それは堺屋太一さんだなあ。
青柳 (笑)そういう環境にあって、
だからある意味でとてもいい政治環境があった。
政治の天才がでるのはだからなのでしょう。
糸井 答えられないといけないような
問題の出されかただったんですね。
青柳 常に決断を迫られていましたね。
糸井 構造的に肥沃な大地があって商業はまかなえる。
貿易がある。それに経済を支えていた奴隷という
大きな階級、このあたりが生産力の源ですよね。
その人口配分はどういうものだったんですか?
青柳 ポンペイで1万5000人という総人口だとすると、
おそらく4〜5000人は固かったでしょうね。
糸井 3分の1。
青柳 そういうひとたちに労働のインセンティブを
どうやって与えるかがポイントなんですよね。
そのためには、奴隷に出世の飴を与える。
そして、奴隷の所有者であったとしても
理由なく殴ったり殺したりしてはいけない
といった法律がきちんと存在していたんですね。
糸井 奴隷は所有をされはするものの、
大事な生産力であり生きものだと。
経済現地からそうとらえられていたのですか?
それとも倫理原理から来るものなのでしょうか。
青柳 古代人というのは神さまに敬虔であると同時に
他方では我々からは想像できないくらいの
違う意味での残虐さを持っていたのですから、
もともとは経済原理からだと思いますね。
経済原理内でのよさが証明されていくので
社会的な倫理観のなかに組みこんだ、と。
糸井 思えば、他の倫理もみんな
そういうものなのかもしれないですね。
青柳 そうなんですよ。だいたいのことは。
例えば紀元後1世紀のはじめごろまでは
外で侵略戦争をしかければ、そこで捕虜たちを
がばっと連れて来ることができたんですね。
だけどそのうちに、もう国が広がっちゃったので
そういうことができなくなっちゃったんですよね。
すると国の中にいる奴隷に子供を産んでもらって
奴隷の再生産をやってもらわなければならない。
そこで「子供を産んだほうが得だよ」という
インセンティブを与えないといけなくなります。
その奴隷たちはかつかつのお金で生きのびれるし、
子供を産んで育てることはできるのですが、
でも財産はない、そういうシステムでしたね。
糸井 それはもう見事に「現代」ですね。
ハリウッドの左翼的な考えで撮った古代の映画は
やまほどあるんですけど、アメとムチで言うと、
ムチだけで奴隷制度が補われていたと
信じこんでますよね。あれを変えたいですよね。
青柳 そうですね。無理なシステムだったら
そんなに長く継続しないんですよね。
糸井 非常にフィルターのかかった左翼思想で
歴史が伝えられてきたというのがあったので、
「人間を牛馬のごとく使う時代が長かった」
という認識を変えさせるというのは、
ほんとにむつかしいものですよね。
青柳 だからおそらく為政者としてはその国民に
たくさん収入を与えるかわりに義務も与えるか、
あるいは収入も義務も少しずつにするか、の
どっちかだと思うんですね。
奴隷は少し与えて少ししかとらない、
そういうシステムだったんじゃないかなあ。
糸井 今、日本なんかだと妻帯者の「妻」で
婦人労働をおぎなったりさせていますよね。
今後60万人の労働者が足りなくなるそうですね。
青柳 大問題です。まだ深刻化していないけど
せまっているという、大変な問題ですよね。
糸井 労働力が足りなくなると、
子孫にお金を残せるかもしれないひとの
労働時間が倍になったりするわけですよね。
働き手はもう休めなくなってしまった。
アメリカ映画を観てるようになってきている。
このシステムが最高でないことは確かですよね。
青柳 アメリカでも10年以上も前ですけど
性差をはじめいろいろな差別を撤廃させて、
労働者を年齢で区別してはいけなくした。
表面的にはかっこいいんですけど、
これはむしろ良質的な労働者というのは
社会的に使い尽くそう、ということですよね。


[第10回目のひとくぎり]

奴隷のシステム、経済的に最適な倫理、
さらっと言うけどこれは実はすごい話ですよね。
このままいっきに最終回につづきますのでした。

(つづく)

2000-02-10-THU

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