プロジェクトP。 「ほぼ日」以外の東京糸井重里事務所の仕事。 |
第1回 1940年の映画が、2003年の人々によろこばれる? 今回例になる仕事は、『ピノキオ』です。 「プロジェクトX」の ナレーション風にいえば、 こんな感じになるのでしょうか。 1940年に ウォルトディズニーがそそいだ情熱が 60年以上の歳月を超えて、 人々を動かし続けている。 その作品の名は『ピノキオ』。 2003年6月20日にピノキオの スペシャルエディションが再び世に出るにあたり、 いつの間にかひとりまたひとりと夢を語り、 走り始め、星にかけられた願いがかなったのです。
2001年、ブエナビスタ ホームエンターテイメント (以下、BVHE)の塚越さんと飯を食ってたときに 「糸井さん『ピノキオ』って興味ありますか」って 言われたんです。 この会社とのおつき合いは、もともとは 「スタジオ・ジブリ」の鈴木(敏夫プロデューサー)さんが ジブリの映画をビデオで発売するときに、 手伝ってくださいと紹介されてはじまった関係です。 去年、『千と千尋の神隠し』のキャンペーンなんか、 みんなの記憶に新しいんじゃないかな。 あの「おにぎり」のフィギュアなんかも、 東京糸井重里事務所の仕事なんですよね。 ジブリの映画のビデオ化や、DVD化のときには、 ぼくらが仕事として受け持っていたんですが、 ディズニー本体の映画については、関係なかったんです。 だから、単純に『ピノキオ』に興味あるかと訊かれたら、 多いにありますよ、というだけのことだったんですね。 ものすごく好きだったんです、これ。 こういう映画があってよかった、とさえ言ってましたから。 まだビデオソフトが1万2000円くらいだった時に、 「ベータマックス」のソフトとして買って、 子供と一緒に観たんです。 とにかく、泣けた泣けたという映画なんです。 『ピノキオ』というのは、 その後のあちこちの作品に引用されているくらい、 おおきな影響力を持った作品なんです(※)。 これは、ぼくの直感だけで言っているんですが、 S・キューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」とか、 S・スピルバーグの「A.I.」とか、 手塚治虫の「鉄腕アトム」とか、 『ピノキオ』の大きな影響があると思うんです。 何かその、すごい奥行きみたいなものがあるんですよね、 そういうことも含めて、 「みんなが見ればいいな」って思っていたんです。
塚越さんが、なぜ 「ピノキオに興味ありますか」と訊いたかといえば、 2003年に、この映画を スペシャルエディションとして また世の中に出すって決まりかけた状態だったんですね。 古い映画ですから、フィルムもけっこう傷んでいるけど、 それをデジタル技術で、きれいにして いまのお客さんに届けるということです。 だから、仕事をするしないに関係なく、 『ピノキオ』という映画がどういう映画で、 現在のお父さんお母さんや子供たちに、 どういうふうに観られるんだろうとか、 どう観てほしいとかいうようなことを、 メシを食いながら雑談としてずっとしゃべっていたんです。 塚越さんとぼくで、趣味のブレインストーミングですね。 「ああしたらいいんじゃないか。 こうしたらいいんじゃないか」って。 核になったのは、 「あれは父と子の物語だ」ということと、 お母さんにくらべて影の薄い感じのする 「お父さんっていう存在を中心として キャンペーンを立ち上げるべきだ」 というような話をしていました。 それからややあって、ある時、 「あのコンセプトを、ください」と。 「あの考え方を元にして仕事としてやりませんか。 2003年にDVDとVHSがまた出ることになったんです」 ということになったんです。 ぼくとしては、その場で「あ、やります」と。 そういう起点があったわけです。 仕事で、すべてに近いくらい大事なのはコンセプトです。 今回の場合は、「父と子の物語を、いまの時代に」という コンセプトが先に諒解されていたわけですから、 大きなブレは、ないのです。 これは、とても大事なことなんですね。 「仕事」として、東京糸井重里事務所が引き受けるのは、 テレビCMや、雑誌広告などのメディアを使う広告の表現と、 それ以外の、大きな意味でのコミュニケーション戦略、 ということになります。 この「それ以外の」ということばは、 東京糸井重里事務所にとって、とても重要なんです。 それは、テレビなどのメディアをある分量買って、 そこにメッセージを乗せて宣伝するということでは、 伝えられないような「気分」とか「気持ち」とか、 「シンパシー」とか、そういったもの全部を、 まとめてコミュニケーションするチャンスが、 そこにあるはずだからなのです。 こういうことは、とにかくクリエイティブの勝負ですし、 大きな成功を得る可能性があるんですね。 ここの部分が、糸井事務所の 仕事のフィールドのひとつなんです。 テレビのCMの企画をつくるとか、 新聞や雑誌の広告制作とかについては、 これはもう、コンセプトが明確なんだから、 しっかり練り上げていけばいい。 さぁて、他に何をどうするか、です。
『ピノキオ』のよさを伝えるために、 テレビでコマーシャルを流すのはいいとして、 他に、何をしたらいいのか? 「いいんだよ、あの映画!」ということの 広がりと奥行きを、 どうやったら伝えられるのか? ちょくちょくとミーティングをやり、 ああでもないこうでもないが続きます。 いくつか軸になる考え方があって、 一つは『ピノキオ』のテーマ音楽 『星に願いを“When You Wish Upon a Star”』です。 『ピノキオ』も好きだけどこの曲も ほんとに好きでした。 昔やっていた『ディズニーランド』というテレビ番組が、 シンデレラ城とこの曲で始まるんです。 夢そのもの、という曲です、ぼくらにとっては。 あの曲が『ピノキオ』の主題歌だと知ったのは、 ずーっと大人になってからだったのですが、 「あの曲がぼくに与えてくれた大きな影響みたいなものを みんなにちゃんと伝えられたらおもしろいだろうなあ」 って思ったんです。 ヒットチャートが3週間で入れ替わる時代に、 1940年から1回も消えなかった歌。 そんな歌があること自体が、いいですよねぇ。 そこを、もっと掘り起こしたかったんです。 「この歌はいいんです」って しつこく言ってもしようがないので、 この歌を、またあらためて聴いてもらう機会をつくろう、 って考えたんですね。 誰かヒットチャートを一瞬過るタレントじゃなくて、 ながい時間、スターであり続けているような人に、 「あの歌は大好きだから歌う」って歌ってもらえたら、 いまあらためてあの歌のよさが見えてくるかな、と。 遠山の金さんみたいにパーンっと袖抜いて、 桜吹雪見せて「俺がやる!」って人は、いないかなぁと。 そんな、「あいつがひと肌脱いだか」みたいに 見える人っていうと どうしても、 理屈や条件をこえて「矢沢永吉」という・・・・。 関係者一同、「できることなら、実現したい」と、 半信半疑なのに、熱く賛同しているという状態。 エーちゃんの事務所の「Tさん」に、 ダメ元でとにかく聞いてみたところ 「おもしろいですねえ。 そういえば、昔、日比谷か何かで 待ち合わせの場所でその曲が流れてた時に、 ボスが『いい歌だねえ』って 真剣に言ってたことがあるんですよ」って言うんです。 事務所の経営にも関わるTさんにとっては、 矢沢永吉が他人の歌を歌うということで、 印税が入るわけでもなければ、 契約料をたくさんもらえるというわけでもない。 単純にビジネスを考えたら、 条件もあんまりよくない仕事だったと思うんですよ。 ただ「それは、おもしろい!」という気持ちから つながりがはじまったのです。 「お金」は動かない。動くのは「思い」だけ。 「ダメです」って言われたらそれまでなんです。 Tさんが早速ボスのエーちゃんに聞いてみたら、 「おもしろいね」と、即決だった らしいです。 そこから難題が山ほど浮かび上がってきます。 「星に願いを」の曲の権利、エーちゃんのレコード会社、 ディズニーの契約、ディズニーの決めごと もうものすごく複雑でした。 非常識なプランでもあるわけですから、 そりゃ、ことは簡単に進むはずもない。 決まり切ったことをやっていれば、 すいすい流れるんですけどね。 ほら、パック旅行とか、定食ランチを頼むのといっしょ。 特別なことを思いついてしまうと、タイヘンなのは確か。 ビジネスについての話をしているのに、 あんまり儲からない趣味の集まりみたいに聞こえるかな。 でも、現実に、コミュニケーションとか クリエイティブとかの仕事って、 「はじめにマネーありき」でうまくいくことって、 ほんとに少ないというのが事実です。 たくさんの人が、音楽を聴いてくれたり、 映画のDVDを観てたのしんでくれたり、 それがきっかけになって仲良くなったり、 夢を持てるようになったり、と、 そういうことを言うと、キレイゴトだと言われるんだけど、 ぼくも、あえてキタナイゴトを言わせてもらえば、 「そのほうが回り回って儲かるんだよ」ということかな。 みんながよろこぶことを思いついて、 それを実行するということは、本気でやれる仕事だからね。 みんなは嫌がっていることだけど、 これが儲かるからやらなくちゃ、ってことは、 どこかで本気という大金を賭けられないんだよ。 ちゃんと、ビジネスとして成り立っているから、 また次の仕事もたのしくやれるしね。 でも、気がついてほしいんだよ。 『ピノキオ』が、ほんとにいい映画だったこと、 『星に願いを』が、ほんとにいい歌だったということを。 それがダメなものだったら、 みんなをこんなに本気にさせられるわけがない。 ウオルト・ディズニーっていうおじさんの、 なんだかものすごい熱情が、すごかったから、 60年以上経っても、こういうことができるんだ。 エーちゃん自身も、やりたいぜってのが前提だから、 自分の強烈なキャラクターを、 ぐっと抑制して実現に協力してくれた。 だって、この歌に関しては、個人の名前は一切出さずに 「グスタボボーナーオーケストラ」っていう楽団のさ、 いちボーカリストとして参加するわけですよ。 俺はYAZAWAだ、って部分は、表現のなかにしかない。 こういうことも、珍しいと思うよね。 ちょうど、音楽スタジオも、プロデューサーも ロスアンゼルスにいるということだし、 エーちゃんもそっちに暮しているし、 じゃ、ロスでレコーディングしましょう、 ということに話は進んでいくわけです。 もう、最初にしゃべったことを 忘れちゃってるかもしれないけど、 こういうプランニングというのは、 東京糸井重里事務所の仕事です。 ね、テレビの媒体を用意して広告制作するってことと ちがうということが、ちょっとわかるでしょう?
ここまで見えてはきたけれど、歌ってカタチがない。 もっと、カタチのあるもので、 『ピノキオ』と、その主題歌の『星に願いを』の 世界を豊かに肉付けしていきたいんです。 でも、答えはずーっとわかっていませんでした。 歌について最終的な詰めをやってる時に、 なにかカタチのあるものが、 カタチがあって、夢があるようなものがほしいと、 みんなけっこううんうんいっていた時期がありまして。 だって、カタチがあったら、オマケにつけられるでしょう。 オマケというのは、商品の世界観を拡げるカギなんです。 そのカギで、もうひとつの世界への扉を開けるんだよ。 また、『星に願いを』という歌と、 『ピノキオ』という映画について、 しつこくブレインストーミングを やったわけですね。 『星に願いを』っていうのは 「星に願いをかけると、その願いは叶うんだよ」 っていう話だ。 みんなが、妙に合理的で せち辛くなってるこんな時代に、 親子で星を見てるときに、そういうこと言いたいでしょ。 サンタクロースはいるんだよ、ってのと同じですよね。 サンタさんは、いたほうが、いい。 星に願いをかけるこどもが、いたほうがいい。って。 ちっちゃい子供のいる親が窓を開けてさ、 あるいは山小屋で立ち小便とかしながらさ、 夜空の星を見て、 「星に願いをかけると叶うんだよ」って言うんだよ。 子供が、「ほんと?」って言うわけさ。 いいじゃないですか、ウソでもホントでも。 信じていれば、その分だけ世界は豊かだもの。 子供が、親になっても、それを覚えてるんですよ。 そして、また、自分の子供に、そういうこと言うんだ。 それって、いいですよね、と。 その意味で、『星に願いを』っていう歌を聴いて、 親子であのビデオを見て、 星に願いをかけるってことを、実際にしたくなるような、 そんな何かがもうひとつほしい・・・・何かってなんだ? 企画書を何度書いたって、その答えはでませんよねぇ。 しかし、出るんだよ、必ず。 出したことがある、という自信を持っている。 そこで出すことが、そう、東京糸井重里事務所の仕事だ。 エラソー? ・・・悪かった。 (つづきます)
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2003-06-06-FRI
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