考えてみれば、ボクはお客様に自分の想いを伝えるのに
一生懸命のあまり、お客様がどう感じているのか
聞く余裕なんかまったくなかった。
真剣すぎて、隙がなかったのかもしれません。
お客様から声をかけてもらうこともほとんどなかった。

すばらしく高級なレストラン。
完璧なサービスと完璧な料理がある上に、
伝統と数々の賞賛に彩られたようなお店において、
お客様はただただ受身でいれば良い。
お店の人が言うとおりにふるまえば、
天国のような時間を
彼らが用意してくれるようにできているのです。
お客様は王様、女王様であって、
サービススタッフは「サーヴァント」。
身分違いの両者が語り合うことは、基本的にありえない。
命令はある。
「ああしてほしい」というお客様の言葉に対して
絶対的な「服従」がある。
それが高級レストランという場所における人間関係。

ボクらはそうしたレストランが大嫌いで、
レストランというのはお客様とお店の人が共にたのしみ、
シアワセになる場所であるはず‥‥、と思ってた。
お店が勝手に用意した基準にあわせてする食事。
お店の人から話しかけられるコトからはじまる
サービスなんて、それがどんなに洗練されていても
押し付けでしかないだろう。
そう思っていたはずなのに、
気づけば自分のレストランがそんなお店になっていた。
本当のサービスって、
お客様ひとりひとりにあわせて用意しなくちゃいけない。
しゃべり上手な人が、友達作りの名人かというと、
決してそんなコトはなく、
聞き上手でなくては人間関係が上手くいかない。
レストランもまるでおんなじ。
だからまず、お客様から声をかけてもらえる
ボクにならなくちゃ‥‥、
とそれでボクはまず装いを変えてみた。






実は当時、ボクは100kg超えの
おデブちゃんだったのでありまして、
その愛らしい体を一層、愛らしくみせる装い。
真っ白なドレスシャツに
レジメンタルストライプの蝶ネクタイ。
その日、お店に穿いてきていた
七分丈のショートパンツに、赤いソックス、黒い革靴。
そしてその日は、ほとんどボクは
サービスらしいサービスをせず、
ニコニコしながら客席の間を行ったり来たりする。
ニコニコ顔それ自体には、なんの役目も働きもない。
けれどニコニコしている人に、
人はなぜだか話しかけたくなるもの。
お客様はボクに聞きます。
あなたはなぜ、そんなズボンを穿いているの?
太りすぎちゃって今までのズボンが
入らなくなっちゃったんです‥‥、
とかって言いつつニコッとしながら
「お飲み物は何をご用意いたしましょう?」。
すんなりお客様の懐の中にしのんでいける。

ニコニコしている人は、
話しかけられたくてしょうがないんだ。
ボクは今でもそう思ってます。
だからレストランでニコニコしている人をみつけると、
何か話をするキッカケはないものか?
って声をかけるためのヒントを探す。
サロンエプロンの前がちょっと汚れていたら、
「今日は忙しかったんですか?」。
ちょっと独特の髪型をしている人を見つけたら
「それ、表参道のカリスマ美容師の仕業です?」とか。
お店の人と、お客様である私たちの間にある、
目に見えぬ壁をとりはらい
友達付き合いをするための挨拶がわり。

ニコニコ顔の他にヒントは多ければ多いだろう‥‥、
ってそう思ってついでにボクは、
大きな名札を作って胸にぶら下げた。
そこには大きく「ロバート・サカキ」と書いてみた。

アメリカ時代、ボクはロバートと呼ばれていたのです。
ルールばかりで、人の生活や生き方に干渉したがる
日本の人間関係に息が詰まる様な気がしてボクは、
アメリカにまで逃げてった。
そのアメリカで、最初、
ボクが住んだエリアが日本企業の駐在員が多く住む街。
そこはまるで日本の小さな田舎町を煮詰めて
凝縮したような、うわさ話が渦巻くところで、
ボクはすぐさま、這々の体でそこを去る。
たまたま学校の友だちが、
中国人のコミュニティーに住んでいて
ボクは彼らをたよってそこに移り住む。
ここが住み心地がよかったのです。
細かなコトには干渉しない。
困ったコトがあると親身に相談にのってくれるし、
力を貸してくれたりもする。
なによりみんな食べることを大切にする。
どんな家にも大きな鍋が置かれてて、そこでクツクツ、
料理やスープが炊けていて、
誰かの家を尋ねるとまず第一声が
「お腹はすいてない?」って質問。
「おなかが空くと人は悪いことを考えるから」、
だからまずはお腹を満たして、
それからたのしい話をしましょ!
調子にのって、ボクはいろんなおいしいモノを
ゴチソウになった。
中でも一番好きだったのが、豚の醤油煮。
中華スパイスと醤油とお酒でコトコト煮込んで、
ホロホロになったその煮豚がありさえすれば
ご飯を何杯でもお替りできた。
その食べっぷりが良いからと、
しばらくたってそのコミュニティーの
人気者になったボク。
シンイチロウという名前が彼らに呼びづらく、
アメリカンネームを付けたらどう?
って彼らがいつしか言い始め、
そうだ、それならロバートはどう?
ボクが大好きな豚の煮込みの中国名が
「ローバー」といい、
日本から来たローバーが好きな
子豚みたいな男の子‥‥、って、
ボクのイメージにぴったりだからと、
ボクの名前が決まった次第。




へんてこりんなかっこうをした、
日本人にしか見えないボクの胸にある
「ロバート」って言う名札をみつけて、
なんであなたはロバートっていうの?
って聞いてくれたお客様には、
この顛末を面白おかしくボクは話した。
お客様は必ず笑う。
ニコニコしながら、おいしそうなお名前ネ。
ぜひ、そのローバーを食べてみたいわ、
と言うお客様に
「えぇ、今日のお肉のメインにご用意しております」と。
ボクらのお店は、名物スタッフと
名物料理を同時に手にするコトとあいなった。

気取りをすてて、肩の力を抜くコトを知ったボクらは
それから毎日、お客様からのいろんな意見や
話を聞いた。
その店は、ボクらの学校になったのです。
お客様から愛される経営者としての学校でもあり、
レストランから愛されるお客様としての学校でもあり、
貴重な勉強をさせてもらった。
例えばこんな勉強を‥‥。




2011-04-07-THU
 


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN