レストラン。
カフェ、喫茶店。
居酒屋、食堂。
あるいはバー。
さまざまな呼び方、呼ばれ方で街のそこここにある飲食店。
飲食店の呼ばれ方が異なる理由は、
お店によってお客様としている「約束事」が異なるから。
安さであったり、おいしさであったり。
あるいは、どこにもない贅沢であったりと、
お店の人たちがお客様と約束したコトを守り続けることで、
飲食店は飲食店としてあり続けるコトができるのですネ。

約束をし続ける。
約束を守り続ける。
時間がくればお店をあけ、料理を作りもてなして、
そしてお店をしめ掃除をして明日に備える。
日が昇りそして沈み続けるこの世のならわしそのままに、
飲食店は日々、約束を繰り返す。
この「繰り返す」コトが大切。
ほんの一瞬、飲食店を流行らせることはとても簡単。
けれど何年も、ずっと人気を保ちつつ
老舗とよばれるようになるのは大変なこと。
繁盛し続けてはじめて、「よいレストラン」
「よい飲食店」と呼ばれるようになるのです。

飲食店が繁盛し続けなくてはならない理由が
いくつかあります。
お客様の思い出の一部になってしまっている
飲食店がなくなると、お客様が寂しく思う。
だから、お客様のために、
ずっと繁盛しなくちゃいけないんだ。
たしかに飲食店というのはどんなに小さく、
そんなに有名なお店でなくとも、
誰かにとってなくてはならない存在。
なくなってしまうと悲しく思う人がいる、
半ば公な存在だったりするのですネ。

けれどそれよりもっと重要な理由がひとつ。
それは「そこで働く人たちの人生」のために、
ずっと繁盛させ続けなくてはならないというモノなのです。

そもそも飲食店は誰のためにあるのか?
という、素朴な疑問。
お客様のためにあるという人がいる。
古い経営者の人たちは、「お客様は神様」だといい、
お店で働く人たちにお客様のために働けと言い続けてきた。
だって飲食業はサービス業で、そこで働く人たちは
お客様のサーヴァントでなくちゃいけない。

サーヴァントとは無条件に従う人のコトを言うなんて、
とんでもないことを言う人が、
結構、人気を博した時代がありました。
間違いじゃない。
お客様がいてこその飲食店。
しかもこの世の中の数ある商売の中で、この商売ほど
お客様の人気あっての商売は考え得ないほどに、
お客様にシアワセになってもらうことは必要なコト。
けれど、他人のために働けと、そればかり言われては、
働くことが続かなくなる。
働く人が続かないお店が
ずっとその繁盛を続けることができるわけがない。

ボクは飲食店はあくまで、
そこで働く人たちのためにあると思ってる。
正確に言うと「お客様のシアワセを思いながら
一生懸命働いている人たちのためにある」場所こそが、
よき飲食店と呼ばれる資格を得ていると思うのです。




ボクのおばぁちゃんの話をしましょう。
カウンター12席ほどの小さな鰻専門店を、
四国で一番人気のお店に育て上げ、
死ぬまでそのお店一軒を守り続けた頑固な人。
働いていたのは祖母夫婦。
下働きの10年選手の女性が一人。
その下働きの女性のご主人が、
バイクで出前を担当していた。
週一回の休みをとって、
朝11時に店をあけ夜の9時には店をしまって、
それでも充分、4人がシアワセに生活できた。
当時の飲食店はだいたい家族と
その知り合いが働くことでなりたっていたモノでした。

ボクが小学校に上がった頃。
だから1960年の後半のコト。
祖母の店は、
地元の名士と呼ばれる人たちが贔屓にしていて、
こんなコトをしばしば祖母に進言をする。
アメリカでは、調理を仕組み化して
アルバイトにもできるようにしたチェーン店が
沢山あるんだ。
アルバイトを雇えば儲かるようになるだろうし、
社員にしても経験のない若者を
即戦力化することができれば、
大きな商売ができるようになるだろう。
それまでずっと「水商売」と呼ばれていた飲食業が
「外食産業」に生まれ変わろうとする前夜の出来事。

けれど祖母はそういう言葉に一切耳をかさなかった。

人を雇うということは、その人の人生に責任を持つこと。
給料を出し続けなくちゃいけなくなる。
新卒の若い子を雇えば、
確かに最初は安い給料で働いてくれる。
でもうちの給料で結婚をして、子供を作って家族をもつと、
それに見合った給料を出さなきゃいけなくなるだろう。
子供が学校に通いはじめたら、
飲食店の稼ぎどきの日曜日にも休みをとらしてやらないと、
子供がさみしい思いをする。
参観日やら運動会やら、父親がいないといけないときに、
笑顔で休みをとらせてやれる。
それほど利益を出せる自信が自分にはないからネ。
だから今のままでずっと我慢をするんだ。
飲食店の経営者ほど、安い人件費の労働力はありゃしない。
安いばかりか、休みもとらず起きたら働き、
店を閉めたらお風呂に入って、
晩酌したら気持ちよく寝て目を覚ます。
こんな都合のいい労働者なんて、
他にありはしないだろうよ。
だから人を沢山雇って店を大きくし、
それでも利益が出せるような
そんな商売の仕方を自分は知らない。
だから今のままでがんばれるまで、がんばるんだと
死ぬまでそういう働き方を守ったのが祖母。

その一方で、ボクの父は
祖母の作った料理のレシピをフル活用。
大きなお店を次々たてて、
新卒社員やアルバイトを大量に使った、
つまり外食産業的なる経営に血道をあげて
中四国でも一番大きな
外食企業を作りあげることに成功した。

一軒を守った祖母も、大きくなることを選んだ父も、
それぞれのシアワセをそれぞれの店や
会社の売上で手にすることができた。
それぞれにそれぞれの「利益の出し方」が
あったというコトなのですね。
さて来週。
レストランの利益って、どう生まれ、
どう使われるかというお話をさせていただきましょう。

 

2013-10-31-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN