ファミリーレストランという言葉が、
安くお腹いっぱいにしてくれる
合理的な洋風レストランという意味ではなかった時代。
人と人とがふれあうコトで、
互いにシアワセになっていく場所としての
レストランを作り出そうと、
外食産業の人たちは一生懸命な時代でもありました。

当時、料理といえば技術と経験を持った
人の手で作り出されるモノ。
当時、サービスと言えばお客様とお店の人の
ココロとココロが触れ合うコトで、
互いがシアワセになっていくためのモノ。
そう信じて、ファミリーレストランチェーンの人たちは、
人材教育に力を入れた。
そして教育に力を入れる過程で、
ほとんどチェーンはマニュアルを整備しやすいように
調理手順やサービスの内容を、
どんどん簡単にしていったのです。

どこに行っても同じサービス。
誰がつくっても同じ料理。
マニュアル用語しかしゃべれない、
まるでロボットみたなスタッフが働くレストランが
日本中に増えていった。
「人が人をもてなす場所」にしようとがんばった結果が
「人の個性を無視した働き方」に向かっていった‥‥、
外食産業にとってとても不幸な出来事がおこりはじめた。
今から四半世紀ほども前のコトだったでしょう。


みんなに同じ働き方を押し付けるような
教育を拒んだ経営者がいらっしゃった。
数あるチェーン店の中でも最も、
サービスのよいファミリーレストラン、
と呼ばれたお店を作り出した人。
仕事のお手伝いをさせて頂いたコトをきっかけに、
懇意にさせていただく栄誉をいただいた。
飲食店をよりよくすることに対する情熱はすばらしく、
まだ20代のボクにいろいろ教えてくれたものでした。

「よいサービス」は教育で作り出すコトができる。
けれど「すばらしいサービス」は
その人の資質を引き出すコトでしか
手に入れることができない、
というのがその経営者の持論でした。

例えば二人連れのお客様がいらっしゃるとしましょう。
食後のコーヒーをたのしみながら、
打ち合わせのような話をされている。
コーヒーのおかわりが自由のお店です。
そのお代わりのタイミングを、そのお店では
「コーヒーカップの傾く角度」で見極めようと、
そうマニュアルには書いてあります。
カップの中の飲み物の残りの量が減ってくると、
カップの傾く角度が急になっていく。
大体何度くらいになったらそろそろ、
お客様がコーヒーをお代わりしたいと
おっしゃるタイミングだから、
そっと近づいて「いかがですか?」と聞きましょうと。
そう教育されたスタッフが、
そのお二人のテーブルに近づいていく。
そして「おかわりはいかがですか?」と聞くと、
大事な会話を中断させる無粋な邪魔になってしまう。
‥‥、コトもあるのが、
レストランでのよいサービスのむつかしいとこ。

いつ呼ばれてもいいように、そのテーブルに気を配る。
呼ばれたら、すぐにコーヒーの入ったポットを手にして、
テーブルに近づいていく。
そのタイミングでお願いされることと言えば、
大抵はコーヒーのおかわり。
そのとおりだったら、コーヒーを注いでおしまい。
もし、追加注文のようなコトであれば
その注文を聞きながら、
一緒にコーヒーのおかわりなどはいかがでしょうか?
と聞けば良い。
それが気の利いた人のする
「すばらしいサービス」なんだよ。

ついでに一緒に食事をしている人の
コーヒーカップの中を見る。
まだ半分ほど残っていたといたしましょう。
おそらく中のコーヒーは冷え始めていて、
もしそこにお替わりのコーヒーを注ぐと
すべてがぬるくなる。
ぬるいコーヒーは
香り、風味に味わいとすべてを損なうモノであります。
だから一言。
「お客様にもコーヒーのお替わりをお持ちしましょうか?」
と聞いて、 一旦立ち去り、
新しいカップにコーヒーを注いで持ってこれたら最高。
「とてもすばらしいサービス」が
提供できたということになる。


つまりすばらしいサービスというのは、
「自分がしてほしいコトをして差し上げる」
ってことなんですよ。
そういうサービスができる人のコトを
ワタシは「おいしい人」って呼んでいる。
お店にやってきて、働いている人をみると分かるんですよ。
あぁ、この人は「おいしい人」だって。

まず背筋がしゃんと伸びている人。
スッと伸びた凛々しい背中は、
この人が信頼するに値する人という目印になる。
次に、どんなに忙しいときでも、
自分の歩くペースを崩さない。
それはお客様に安心のリズムを提供することになる。
そういうサービススタッフを見つけた時には質問します。
「おいしい顔をしてごらんなさい‥‥」
即座にステキな笑顔になる人は、
心からおいしい経験をしたことがある人。
おいしいコトを知らない人が、
おいしい料理を提供できるはずがないでしょう?
だから「おいしい顔」ができる人は
おいしいサービスができる人の必要条件。

私のレストランでは、おいしいサービススタッフと、
おいしいお客様が出会う場所で
あってほしいと思うんですよ。
それが「とてもすばらしいレストラン」。
さて、おいしいお客様の条件は?
また来週といたします。


2014-02-20-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN