はじめて行くお店で、
自分はどういう人なのかを表現することはむつかしい。
ボクもいまでこそ自分らしさを伝えるコトが
得意になってきましたけれど、最初は失敗の連続でした。

それはボクの母も同じで、
なにしろ母が若かった頃の日本の飲食店はほぼ100%、
おなじみさんで出来ていた。
一見さんお断りという言葉が
今では、特別は言葉のように思われてるけど、
かつてちょっとしたお店にはじめて行く時には、
誰かに紹介してもらうのが普通だった。
なにしろクレジットカードなんか
普及していないときのコト。
はじめてやってきたどこの誰ともわからぬ人から、
果たしてお代を払ってもらえるものなのか。
どういうもてなしをしてもらいたいと思っているのか、
わからずサービスすることなんてできないから、
どうしても飲食店は
「閉ざされた場所」にならざるを得なかった。
人の行動範囲も小さかった時代でしたし。
その時代には、お店の人から
どのようにみられているかなんて意識しなくて
おいしい料理をたのしむコトができたのです。

ところが飲食店が増えてくる。
人も移動を頻繁くりかえすようになってくる。
東京のような街では見知らぬ人がやっている、
見知らぬお客様が集まっている、
見知らぬお店を訪れる‥‥、
というようなコトが当たり前のようになってくる。
そんな場所ではまず
「ワタシはこういう人なんです」
ってコトをアピールする必要がでてくるのです。


ちょっとでもいいお客様のように
みられたいじゃないですか。
だから母もボクも一生懸命、がんばりました。

例えばあるとき。
2人ともがとびきりの買い物をして、
それでゴージャスに食事をしましょうと、
ちょっと贅沢なお店に行った。
母は買ったばかりのシャネルスーツにハイヒール。
ボクはドイツ製の機械式の腕時計に、
誂えたばかりのスーツを来て、
お店に入ればそれはそれはうやうやしく、
一段上がった客席ホールを見渡せる特上の席に案内された。
手渡されたワインリストはビンテージものの、
つまり高価なものばかり。
薦められる料理はどれも、
世界三大珍味まみれのごとき贅沢。
「私たち、カモがネギしょって来たみたいに
 見えるんだねぇ‥‥」
別に、高級なものを金にまかせて
食べたいわけじゃないのにネって、
なんだか切なくなったりした。

と思えばあるとき。
急においしいものが食べたくなって、
予約もせずに普段着で行ったビストロ。
トイレの前のテーブルならば用意が出来ます。
おいしいものが食べられるならと、
そこに座って注文しようとするのだけれど、
忙しいのかなかなかサービスがスタートしない。
我慢の末にやってきたギャルソンが、
今日の定食はサラダニソワーズにブフ・ブルギニョンで、
すごくお得になっております‥‥、って。
一番安い料理をすすめる。
「せっかく脂がのったカモなのに、
 ネギを与えてくれなくちゃ、
 おいしい客にならないのににねぇ‥‥」
やっぱりそこでも切なくなった。

気前のいい客。
金払いがよくて贅沢な料理を好んで食べる客。
ケチな客やしみったれた客。
お店の人は、客を値踏みするものなんだと思うと、
どんどん、お店との付き合いがつまらなくなる。
財布の中身以上の個性や、メッセージを伝え損なうから
お店の人は値踏みをするんだとわかると途端に、
お店とのつきあいかたがわかってきたりするのです。


そもそもステキなお店という場所。
おいしい人たちで満たされている場所であろうと
思うのですね。
お店におけるおいしい人たち。
サービスをする人たちと、調理人、
そしてお客様がそれぞれ「おいしい人」であれば
そこはステキなお店というコトになるのです。

おいしいサービスマンは、
その人に聞けばおいしいモノを教えてくれそうな人。
おいしい調理人とは、その人が作る料理は
おいしいに違いないと直感できる人。
そして、おいしいお客様とは
必ずおいしく料理を食べてくれるにちがいない人。

おいしいサービスマンとおいしい調理人がいるお店に
運良くあたったら、思い切り
「自分はおいしいお客様」なんだというコトを伝えてみる。
まず大切なのはお店に入って注文を終えるまでの第一印象。
いくつか見せ場があります。

大きく息をすって、お店の空気をたしかめる。
ユッタリとしたリズムで案内されたテーブルにつく。
サービスを決してせかさず、ひたすら待つ。
時間は十分ありますから、
タップリ、サービスしてくださいね‥‥、ってメッセージ。
背筋を伸ばしてメニューを受け取る。
「本日のおすすめは‥‥」
とメニューを説明してくれる人の目をみて
にこやかな表情で真剣に聞く。
なによりメニューをたのしげに読み、
時間をかけて食べたいものをシッカリ決める。
注文はテキパキと。
注文を始めてから迷ったりしないこと。
サービスをする人をひとりじめすることなく、
言うべきことを言い終えたら
テーブルの上に会話の花を咲かせはじめる。

お店の人はこう感じます。
もしかしたらこの人たちは、
おいしいお客様なのかもしれないなぁ‥‥、と。
つかみはオッケー。
「またのおこしをお待ちいたします」
とココロから、お店の人から言ってもらえる
おいしいヒント。
また来週といたします。


2014-02-27-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN