サービスの神様と呼ばれた人がかつていました。
とあるホテルで何十年もつとめあげた人。
大きなホテルには、何ヶ所も飲食施設があって、
しかもカフェやラウンジ、コーヒーショップに宴会場と、
いろんなタイプのお店が用意されている。
そのお店を一軒一軒。
最初はラウンジのような
高度なサービスを必要とせぬ場所からはじまり、
ちょっとづつ、複雑なサービス知識と
経験を必要とするお店に配属されながら経験をつみ、
10年ほど前に
メインダイニングレストランの担当になった。

昔から日本のフランス料理をリードしてきた、
見事な料理がふるまわれるので有名な店ではあったけれど、
彼がそこの担当になるやみるみるうちに
サービスのレベルが高くなり、
5年ほどで彼がマネージャーになったのをきっかけに
「サービスが素晴らしいお店」
としての名声が揺るぎないものになったほど。

その人の話が聞けるというので、
レストランに伺ったコトがありました。

メインダイニングのランチと
ディナーの営業時間の合間のお休み時間。
お客様のいらっしゃらない静かなお店の、
すべてが見渡せる一等席に案内されて、
しばらくお待ち下さいと
コーヒーを飲みながら5分ほども待っておりましたか。
厨房の方から穏やかな笑顔とともに
ゆったりとした歩き方でやってくる、
まさに「おいしい姿をした」白髪の紳士。
サービスの神様は、明るい声で
「お待たせしました」と挨拶をして、それから1時間ほど。
それはそれは、たのしい話をしてくれました。
「いいサービス」がどのようにして生まれ、
どのようにしてお客様をシアワセにしていくか
という話のあれこれ。
ボクにとってはちょっと意外で、
新鮮な話をたくさん聞くことができたのでした。


まず、サービスの神様はこう言います。

「多くのお客様が、高級なレストランの方が
 大衆的なお店よりも
 よいサービスが受けられるはずと思ってらっしゃる。
 けれどそれはサービスの本質を
 ご存じないからと私は思います。
 例えば、朝のコーヒーショップでは、
 早く正確であることがよいサービス。
 けれど同じ朝の時間でも、
 メインダイニングにいらっしゃるお客様には、
 タップリ時間をかけた優雅なサービスこそが
 よいサービスとして受け入れられる。
 午後のラウンジでお茶を飲まれるお客様には、
 気配を消してプライベートな時間を
 邪魔せぬサービスこそがよいサービスで、
 つまり『お客様が快適でありたい』と
 思う気持ち叶えて差し上げる。
 それこそがよいサービス。
 お店や時間帯によって、
 その基準は違って当然なのですネ。

 だからどんなに安いお店でも。
 どんなに気軽なお店であっても、
 そこには『よいサービス』が潜んでいる。
 私たち、サービスのプロは、
 お客様が必要とされるよいサービスを
 提供できる準備があります。
 あるのですけど、そうさせてもらえないことが
 あまりに多くて、悔しい思いをすることがあるのです。
 つまり、いいサービスをしたいのに、
 サービスをさせてもらえないお客様がいる。
 勿体なくてしょうがないとは思いませんか?」

サービスはするものではなく、
させていただくものというのが彼の持論で、
このお客様は良いサービスをさせてもらえるな‥‥、
と思うお客様には共通の特徴があるとも言う。
それは‥‥。


「まず、サービスのヒントを出すのが上手なお客様。

 手渡されたメニューをたのしそうにみつめながら、
 ここぞというタイミングで顔をあげ、
 私たちの方をみてニッコリ微笑む。
 そのニッコリがほんの少しだけ戸惑いに満ちたものなら、
 何か質問をなさりたいから。
 そのほほ笑みが自信に満ちた明るいものなら、
 ご注文が決まった合図。
 料理がひとつ片付いたら、
 ナイフとフォークをキレイに揃える。
 そして私たちを探してニッコリ。
 それが、お皿を下げてくださいませんか‥‥、
 と次の料理への準備を促す合図にもなる」

テーブルマナーのさまざまは、すべて
「サービスのヒントを正しく出すための」
キッカケの集大成でもあるんですよネ‥‥、と。

「海外旅行が好きな方が、海外の、
 特にアメリカのサービスはすごくいいねぇと
 おっしゃるコトがよくあります。
 笑顔がとびきりで、フレンドリーでわかりやすい。
 はじめて行ったお店でも
 まるでおなじみさんであったかのように
 もてなしてくれて、
 しかも店中の他のお客さんもサービスをたのしんでいる。
 『アメリカ人ならではの気質なのかなぁ‥‥』
 『それとも、やっぱりチップのある国は
  サービスがよくなるのかねぇ‥‥』と、
 それに比べて日本のサービスは
 地味でわかりづらいというような、
 お叱りを頂戴することもございます」

たしかに自分のサービスがチップの多寡によってすぐに、
しかも直接的に評価されると、
いいサービスをしてやろうと一生懸命になれるという、
アメリカのような国のサービスはわかりやすい。
けれど本当に素晴らしいのは、欧米のお客様の
「いいサービスをたのしんでやろう」という参加意識。
サービスは受けるものではなくて、してもらうもの。
私たちのようなプロの知識と経験を、
引き出してやろうとさまざまなキッカケを
作ってくれるところなのです。

「海外に行くとメニューに写真がのっていることは
 ほとんどないでしょう?
 それぞれの商品がどんなものなのか、
 イメージできなければお店の人に聞くしかない。
 ニッコリしながら
 『このお料理はどんな料理でなのですか?』
 と聞いてくだされば、そのお料理がどんなものか
 説明すると同時に、どんな料理やワインと合うのか、
 あるいはそのお料理に似ている
 今日のオススメ料理を伝えることができるのです。
 質問はよいサービスへの最高のキッカケ。
 なのに日本の方々は、質問するのが面倒なのか、
 恥ずかしいのか、写真のメニューを好まれる。
 そうして、良いサービスのきっかけを
 自らの手で潰してしまう。
 勿体無くてしょうがないとは思いませんか?」

いいサービスはお金で買うものじゃない。
いいサービスは待っていればやってくるものでもない。
笑顔と質問、楽しんでやろうという参加意識を持つことで、
勝ち取るものだというのです。

「そして実はもうひとつ。
 大切なことがございます‥‥」

続きは来週といたしましょう。


2014-03-06-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN